第14話 極寒の要塞と、コタツの結界
北の国境砦。
そこは今、猛吹雪に包まれた死の世界と化していた。
砦を覆う氷の壁は高さ数十メートル。周囲の気温はマイナス50度。普通の兵士なら近づくだけで凍死する極限環境だ。
「寒い……寒すぎるよアリス……」
カイルがガタガタと震えている。彼は薄着の制服にマフラーを巻いただけだ。
対する私は、ぬくぬくとしていた。
「だらしないわね。ほら、入りなさいよ」
雪原のど真ん中に、異様な物体が鎮座していた。
『コタツ』だ。
私がシステム権限で創造した、和室6畳の空間結界(畳敷き・コタツ・ミカン付き)。
結界内は常春の20度に保たれ、外の吹雪を完全に遮断している。
「あぁ~……生き返るぅ……」
カイルは靴を脱いで結界に入り込み、コタツに潜り込んだ。
私たちは砦の正門前で、ミカンを剥きながらお茶を啜っていた。完全にピクニック気分だ。
「で、どうやって攻略するの? あの氷壁、魔法障壁も張られてて硬そうだよ」
「正面突破は面倒だしねぇ」
私がミカンを頬張っていると、砦の上から怒号が飛んできた。
「貴様ら! 何者だ!」
氷壁の上に現れたのは、青い肌と白銀の髪を持つ美女。
魔王軍四天王『氷結の魔女』フリージアだ。彼女はコタツでくつろぐ私たちを見て、血管をピキピキと浮かべている。
「神聖なる戦場の前で、そのふざけた家具は何だ! 我を侮辱しているのか!」
「あ、どうも。王都から来た討伐隊です。寒かったんでちょっと休憩してて」
「討伐隊だと? ふん、たかが子供二人で……凍りつけ!」
フリージアが杖を振るう。
瞬間、絶対零度のブリザードが私たちを襲った。
あらゆるものを瞬時に氷像に変える致死の魔法。
――ヒュオオオオオッ!
猛吹雪が結界を飲み込む。
しかし。
結界の中では、コタツの上の湯飲みすら揺れていなかった。
「……え?」
フリージアが目を疑う。
ブリザードが晴れた後も、私たちはミカンの皮を捨てながら談笑していた。
「あー、外すごい風だったね」
「うん、コタツから出たくないなー」
「な、なぜだ!? なぜ凍らない!」
フリージアが絶叫する。
私はコタツから顔だけ出して答えた。
「設定温度を変えたからですよ。『Environment: Absolute_Spring (絶対春領域)』。あなたの魔法、この結界内では『そよ風』判定になってます」
「ば、馬鹿な! 我が氷魔法を無効化したと言うのか!」
「無効化っていうか、空調管理? ……さて」
私はお茶を飲み干し、コタツ布団を肩まで被ったまま、ずずいと身を乗り出した。
そろそろ仕事の時間だ。
「悪いけど、砦を返してもらいますね。……『System Command: Update_Weather (天候更新)』」
「な、何をする気だ!」
私は空中のウィンドウにコマンドを打ち込む。
ターゲットは、このエリア一帯の気象データ。
『Set Weather: Heat_Wave (熱波) / Temperature: 40℃』
エンターキー、ッターン!
――カッ!!
一瞬で雲が消し飛び、灼熱の太陽が顔を出した。
マイナス50度だった気温は、わずか数秒でプラス40度の真夏日へと急変する。
「あ、あつッ!? な、なんだこれは!?」
フリージアが悲鳴を上げる。
彼女の魔力の源である氷壁が、見る見るうちに溶けて崩れ落ちていく。
氷の魔女にとって、この急激な温度変化は毒そのものだ。
「いやあああ! メイクが崩れる! 汗が止まらない! し、死ぬぅうう!」
「降伏します? 今なら冷たいカキ氷あげますけど」
私がかき氷機(手動)を取り出すと、フリージアは涙目で白旗を揚げた。
「こ、降伏する! 降伏するから冷房を入れてくれぇええ!!」
こうして、難攻不落と言われた北の砦は、わずか10分で(コタツから一歩も出ずに)奪還されたのだった。
なお、カイルはずっとコタツで寝ていた。働け。




