第11話 王都防衛戦(ワンオペ)と、黒い勇者
王都の空が、不気味な紫色に染まっていた。
遠くの森から迫ってくる黒い瘴気。それは意思を持った嵐のように、木々をなぎ倒し、大地を揺らしながら一直線にこちらへ向かってくる。
「キャアアアアッ! 魔物よ! 巨大な魔物が来るわ!」
「逃げろ! 城壁が壊されるぞ!」
王都は大パニックに陥っていた。
警鐘が乱打され、衛兵たちが右往左往している。
私はアカデミーの屋上から、その光景を見下ろしていた。
「……はぁ。本当に来ちゃった」
「すごいプレッシャーだね。あれ、本当に元人間?」
隣でカイルが感心したように口笛を吹く。
私のシステムウィンドウには、レオン(キメラ形態)のステータスが表示されている。
『HP: 999,999 / ATK: 50,000 / Skill: 捕食吸収、再生進化、理不尽な逆恨み』
数値だけ見れば、中ボスクラスを一足飛びに超えて、魔王軍の幹部クラスだ。
魔女の実験と、勇者の素質、そして何より私への執着心が最悪の化学反応を起こしたらしい。
「アリス、どうするの? あんなの王都に入れたら、数分で壊滅だよ」
「分かってる」
私はため息をつき、リュックから愛用の(といっても昨日作ったばかりの)魔導端末を取り出した。
タブレット型のそれは、私のシステム操作を補助する専用デバイスだ。
「街のみんなには悪いけど、ちょっと騒がしくなるよ」
「おっ、やる気だね」
私は屋上のフェンスに足をかけ、フワリと宙に浮いた。
『飛行(Fly)』のコマンドを実行し、私は王都の上空へと飛び立つ。
◇
王都の正門前。
衛兵隊長は絶望していた。
森から現れたのは、体長10メートルを超える異形の怪物。
右腕は巨大な鎌、左腕は触手の束、背中にはコウモリの翼。そして顔は……苦悶の表情で固まった人間の顔が、胸部に埋め込まれていた。
「ア゛……ア゛リ゛ス゛……ドコ゛ダ……!!」
怪物は口ではなく、胸の顔から咆哮を上げた。
その声だけで、数人の衛兵が気絶する。
「う、撃て! バリスタ発射!」
巨大な矢が怪物に突き刺さる。しかし、怪物の肉体はブヨブヨと波打ち、矢を瞬時に飲み込んでしまった。
『イタ゛イ゛……イタ゛イ゛……ユル゛サ゛ナ゛イ゛……!!』
怪物が鎌を振り上げる。
城壁ごと衛兵たちを薙ぎ払おうとした、その瞬間。
――ピピッ。
電子音と共に、怪物の目の前に半透明の青い壁が出現した。
ガギィンッ!!
鎌が壁に弾かれ、衝撃波が周囲に散る。
「な……何だ!?」
衛兵たちが見上げると、空中に一人の少女が浮いていた。
風になびく銀髪。冷徹な碧眼。
アリスだった。
「……久しぶりね、レオン様。随分とイメチェンしたじゃない」
私は冷ややかに見下ろした。
怪物の胸にあるレオンの顔が、私を認めてギョロリと動く。
『ア゛……ア゛リ゛ス゛ゥゥウウウッ!! オマ゛エ゛! オマ゛エ゛ノ゛セ゛イ゛デェェッ!!』
「人のせいにしないでよ。それはあなたが選んだ結果でしょ」
私は淡々と告げた。
彼が自業自得で堕ちたことなど、ログを見れば明白だ。
『カ゛エ゛セ゛……オレ゛ノ゛栄光……オレ゛ノ゛力……!!』
「返すも何も、最初からあなたに実力なんてなかったのよ」
私は右手を天に掲げた。
指先から、青白いデータコードのような光が溢れ出す。
「これ以上、私のスローライフを邪魔するなら……『処分』します」
『コロ゛ス゛! 喰ッデヤ゛ル゛ゥゥゥ!!』
レオンが大地を蹴り、私に向かって飛翔する。
私は空中で静止したまま、コンソールを叩いた。
『System Command: Create_Area (領域展開)』
『Mode: Duel_Field (決闘空間・隔離)』
瞬間、私とレオンを包むように、巨大な立方体の結界が展開された。
これで街への被害はゼロ。誰にも邪魔されず、心置きなく「お掃除」ができる。
「さあ、最後の授業よ、元勇者様。……現実の厳しさを教えてあげる」
私の瞳が、管理者権限を示す深い青色に輝いた。




