第10話 謎の転校生と、魔獣の咆哮
アカデミーでの生活にも慣れてきた頃。
Sクラスに一人の転校生がやってきた。
「初めまして。僕の名前はカイル。隣国から留学してきました」
教壇に立った少年は、サラサラの黒髪に、宝石のような紫の瞳をしていた。
整った顔立ちに、クラスの女子たちが「きゃあ!」と色めき立つ。
典型的な王子様キャラだ。私は興味なさげに頬杖をついていたが――。
「君が、アリスさんだね?」
カイルはいきなり私の席まで歩いてきて、ニコリと微笑んだ。
「え、うん。そうだけど」
「噂は聞いているよ。『殲滅の幼女』って」
「……そのあだ名、広まってるの?」
「ふふっ。よろしくね、アリス。……いや、元・佐藤さん」
――ピクッ。
私の心臓が跳ね上がった。
佐藤。それは私の前世の苗字だ。
この世界でそれを知る人間はいないはず。
「……人違いじゃないかな?」
「とぼけなくてもいいよ。僕も『あっち』から来たんだ」
カイルは声を潜めて、私の耳元で囁いた。
「僕の権能は『鑑定』の上位版、『履歴閲覧』。君の魂の履歴が見えちゃったんだ」
同郷者(転生者)!?
私は警戒レベルをMAXに引き上げた。敵か? それとも味方か?
システムコマンドで即座に攻撃準備を整える。
「怖い顔しないでよ。僕は敵じゃない。むしろ君と仲良くなりたいんだ」
「……目的は?」
「この世界、不便だろ? ネットもないし、コンビニもない。……君の『管理者権限』があれば、もっと面白くできると思ってね」
カイルは悪戯っぽく笑った。
こいつ、私の能力まで見抜いている。
どうやら、ただの平和な学園生活はここで終わりのようだ。
◇
一方その頃。森の魔女の小屋。
――ガシャンッ!!
鉄格子がひしゃげ、檻が内側から破壊された。
「グルルルル……!!」
煙の中から現れたのは、もはや人間とは呼べない異形の怪物だった。
レオンだ。
全身の筋肉が異常に膨れ上がり、右腕は巨大なカマキリの鎌のように変形し、背中からは漆黒の翼が生えている。
魔女の実験により、彼の身体は複数の魔獣の因子を取り込み、強引に進化(暴走)していた。
「す、素晴らしい……! ここまでの適合を見せるとは!」
魔女は恐怖よりも歓喜に震えていた。
しかし、その歓喜は一瞬で終わった。
シュッ――。
レオンの鎌が閃き、魔女の首が宙を舞った。
「ガァアアアアッ!!」
レオンは理性を失った獣の瞳で咆哮した。
しかし、その脳裏には、ただ一つの執念だけが焼き付いていた。
『アリス……コロス……』
彼は床に倒れていたマリアを見下ろした。
マリアもまた、半身が蜘蛛のように変質し、意識を失っている。
レオンはマリアを乱暴に担ぎ上げると、小屋の壁を突き破って外へ飛び出した。
目指すは王都。
自分をこんな目に遭わせた元凶(と彼が思い込んでいる)、アリスのいる場所へ。
「ア゛リ゛ス゛ゥウウウ……!!」
森の木々を薙ぎ倒しながら進むその姿は、かつての勇者ではなく、世界を脅かす『災害』そのものだった。
◇
放課後。
私はカイルを問い詰めるために、屋上に呼び出していた。
「で、どういうつもり?」
「だから言ったろ? 協力しようって」
カイルは手すりに寄りかかり、王都の街並みを眺めていた。
「君の『管理』と、僕の『解析』。二人が組めば、この世界のシステムそのものをアップデートできる。……例えば、魔王なんてバグを消去したりね」
「私はそんな大それたことしたくないの。ただ平穏に暮らしたいだけ」
「平穏? ……残念だけど、それはもう無理かもよ」
カイルが指差した先。
遠くの森から、黒い噴煙のような瘴気が立ち上っているのが見えた。
「あーあ。君の『元・上司』くん、随分と立派になっちゃって」
私の視界に、緊急アラートが真っ赤に表示される。
『Warning: World Boss Class Enemy Detected.(ワールドボス級エネミーを検知)』
『Name: Leon (Chimera form)』
『Target: Alice』
「……嘘でしょ」
私は絶句した。
まさか、あのヘタレ勇者が、ラスボス級の怪物になって帰ってくるなんて。
「どうする? アリス。君が『削除』する? それとも……僕が手を貸そうか?」
カイルが手を差し出す。
迫り来る最悪の再会。
私のスローライフは、音を立てて崩れ去ろうとしていた。




