9話. まさかの大活躍!?猫かぶり乙女、モブ卒業の危機
「前世のあたしって、どんな人だったんだろう?」
そんな疑問が、ふと頭をよぎった。
だけど、思い出そうとすればするほど見えなくなる。
──でも、もしそれが運命を狂わせるきっかけになるとしたら?
必死に思い出そうとした。前世のあたし……この世界で生きていたであろう、金髪令嬢を。
でも──浮かばない。
まるで、記憶の表面に分厚い霧がかかったみたいに、何も映らない。
焦ったあたしは、無意識に胸元のブローチを強く握りしめていた。
すると、突然。
──ビキッ……!!
頭の中で、何かが弾けた。
目の前に浮かぶのは、魔法学園の園庭。激しい魔法戦闘の記憶。
──エリザベス!
彼女は転移魔法を駆使しながら、瞬間移動でわたくしの攻撃を全てかわしていた。周囲の物を高速で動かし、猛攻を仕掛けてくる。
それに対して攻撃性の高い実態魔法で応戦するも、防御力が圧倒的に弱く、連続攻撃を浴び続け追い詰められる。
やばい──負ける……ッ!!
そう思った瞬間、わたくしの前に立ちはだかってくれたのがセシリアだった。
彼女は転換魔法を駆使し、次々とエリザベスの攻撃を反転させて防ぐ。
「ここは……私が引き受けます!」
あの時の彼女は、まさに命懸けだった。
わたくしの代わりに立ち向かってくれた、唯一の味方……セシリア。
──だけど。
今、彼女は。
あたしの代わりに、悪役令嬢を演じてる!?
待って待って待って……!
だって、悪役令嬢の運命って──だいたい処刑……じゃん……!?
ゾッとする。心臓が掴まれるような感覚。
まさか、セシリア……本当に処刑されちゃうの!?
──あたしの代わりに……!!?
「どうした、アリアナ。何を考えている?」
「隊長、相手を攻撃しなければ大丈夫ですよね?」
「ん?まさか……自分を攻撃するつもりか?」
「試します。リスクは覚悟してください」
……そうだ。もうやるしかない。
あたしは猫かぶりのモブ乙女だけど、それでも十分目立っちゃってる。いろんな意味で……。
なら──もう諦めよう。
この学園の平和を守るため。
リンダと楽しく過ごすため。
そして……セシリア嬢を暴走させないために。
制御のきかないであろう自分の力を、ここで見せる。
あたしはブローチに手をかざし、奥底に眠る魔力を解放──。
「空を切り裂く疾風よ……我が手足となりて集いたまえ!──風魔法、空烈迅風ッ!!!」
「まさか、竜巻を起こすつもりなのか!?」
「風に乗ってジャンプするわよ!」
「リンダといい……何者なんだ、君たちは……」
地面が揺れ、周囲の風はどんどん強まっていく。
空気中の微細な塵や葉っぱが激しく舞い上がり、視界が一気に霞んだ。
やがて轟音が響き始め、木々が悲鳴のようにきしむ。
「くっ……本当に竜巻を……!?」
「今だ、跳べ──!!」
轟音と共に巨大な竜巻が噴き上がる。
二人はその強風に全身を委ね、一瞬で空へと舞い上がった。
「解呪!!」
次の瞬間──
竜巻は一瞬にして静寂へと変わり、風は優しく消滅する。しかし、わたくしとレオンハルトは空高く打ち上げられ、太陽の光の中へと姿を消していった。
「アリアナっ、どこ!?」
「砂埃がひどくて見えないな……」
「アリアナ様に……あんな上級並みの魔法があったなんて……」
「アレクちゃんの力です!猫ちゃんの!」
「あ、そうか!あの猫の魔力か!」
お嬢やリンダ、ガレスが必死に目で追う。
そして──。
ズサァーーッ!
気づけば、丘の頂上に着地していた。一飛びで、500メートルは飛んだのだろう。
膝をつき、肩で息をしながら、わたくしは地面を押さえる。
「はぁ、はぁ……」
膝をついたまま、小さく呟いた。
「銀髪の騎士よ……」
……え?
「執行官の命とはいえ、よくもわたくしを刺し殺したな?お前は王族を守る騎士ではなかったのか!」
「えっ?」
目の前から声が返ってくる。
振り返ると、赤い紐で結ばれた男性──レオンハルト様が困惑した顔で立っていた。
「何をぶつぶつ言ってるんだい?」
「……?」
ハッと我に返る。
ここはどこ? 今、あたし何て言った?
「アリアナ、大丈夫か? 怪我はないか?」
優しい眼差しで、隊長が心配そうに覗き込む。あたしは慌てて意識を戻し、咄嗟に口を開いた。
「……あ、うん。大丈夫……」
そうだ、二人三脚の途中だった。
完全に、金髪のあたしに成りきっていた。
はあーっ……
一度深呼吸し、気持ちを落ち着けるように立ち上がる。
「隊長、このレース、負けた方がいいんですよね?」
「あ……まあ、そうだけど。でも君が勝ちたいなら、このまま逃げ切ってもいいよ?」
「いえ、負けましょう。三人に勝ってもらって、少しでも仲良くしてもらうのがミッションですから」
「……そうだな。じゃあ、ゆっくり戻ろうか」
「はい!」
テテテ……コテッ。真面目に走ってるのに、やっぱり転ぶ。いや、モブ感演出じゃなくてマジで下手なだけ。
途中、丘の中腹でジョン様チームとすれ違った。
──うわ、セシリア嬢の目、めっちゃ刺さるぅぅ……ひぃぃ。
「……もう魔力を使う体力は残っていない。セシリア、追いつくぞ」
そう言うと、ジョン様がグイッと彼女の体を引き寄せた。途端、セシリア嬢の表情がふにゃっと緩む。
── え、効くの早っ。……でも、作戦大成功!
「よくやった、アリアナ」
すれ違いざま、ジョン様がぽつりとそう言った。
──今初めて名前で呼ばれた……うれし……くないわ!いや待って、そんなことより……
ああ、やっちゃったぁ!
上級者並みの魔法、フルスロットルでぶっ放しちゃったし!もうモブじゃなくなったかもぉ!どうしようぉ!
でもアレク先生、見てたかな……。
あとで「すごかったな」とか褒められたりするかな……。
頭の中はそんなことでいっぱいだった。
はい、モブ卒業のお知らせでーす☆
アリアナちゃん、風起こしてジャンプしました!どこ行くねん!
リンダは筋肉爆誕するし、セシリア嬢はツンがデレるし、騎士隊長は抱えてダッシュか空中遊泳してるだけ!
──もうこれ、体育祭ちゃう!魔法バトルフェスや!!
次回、モブらしさ取り戻せるのか!?