6話. 地獄の二人三脚!?相手は超絶ガチ勢です!
体育祭の競技練習って、普通はワイワイ楽しいものじゃない?でも……なんかおかしいの。
気づけば地獄のメニューが組まれてて、対戦相手のオーラ、すでにラスボス級。
これほんとに学園行事なの!?──って、叫びたくなる日々が始まったのでした。
体育祭に向けて、二人三脚の特訓を開始した。隊長は不在なので、同じ背格好のリンダとペアを組んで。だけど──。
「タッタッタッ……コテッ……コテッ……」
グランドの片隅で、あたしたちは無様に転げまわっていた。
隣ではガレスが顔に手を当てて、心底呆れた顔をしている。
「おいおい~、何回コケるんだ~?」
「でもぉ、あたしたち運動オンチだもん……」
「そうですぅ。足が絡まっちゃうんだもん……」
地面に倒れ込んだまま、あたしたちは完全にふてくされモード。
リンダなんてメガネがずれて、もはや魂が抜けかけている。
「うん、まぁ、確かに。じゃあ気分を変えて、丘のコースでも歩いてみるか?」
「……はぁぁーい」
重すぎる声で返事をしつつ、何気なく丘を見上げて──フリーズ。
えっ、待って。あれって山じゃないの?
岩肌がゴツゴツ剥き出しになった小高い丘。
しかも上り坂がえぐい。見た瞬間、絶望が背中を駆け上った。
「うぅ……キツそうよ、アリアナぁ……」
「うん。てか、二人三脚でこの坂は無理でしょ!? 死ぬんですけど!」
「ねえねえ、ガレスさん!一体どのくらい走るんですか?」
リンダが泣きそうな顔で質問すると、ガレスは軽いノリで答えた。
「ん~、頂上までは四百メートルだから、その往復で八百メートル。で、グランドのトラック半周と合わせて……」
その瞬間、あたしたちの顔は引きつった。
「え、まさか……千メートルの二人三脚!?」
「はぁぁぁぁぁ!?!? 無理無理無理無理!!」
リンダの叫びと同時に、あたしの脳内にも絶望の鐘が鳴り響く。
いや待って、これ絶対ムリだって。しかも二人三脚のまま千メートルとか、どう考えても拷問でしょ!?
「いやぁ、せめて二十五メートルとかに……」
「乙女を殺す気ですかぁぁ!」
あたしたちが必死の抗議を繰り広げる中、ガレスは苦笑しながら、さらっと爆弾発言を投下しようとした。
「あ、一つ言い忘れてた。あのな……」
ガレスが何か言いかけた、その時。
カランカランカラン……
優雅に響く馬車の鈴音と、男子生徒たちの歓喜の声が園庭に満ちた。
「むむっ、あれは誰?」
反射的に視線を向けると、馬車の扉が開き──、そこから颯爽と降り立ったのは、まさに絵画から抜け出したような絶世の美女だった。
ミルクティーベージュのサラサラと流れるロングヘア。
透き通るような薄ピンクの瞳に、上品で華やかなドレス。
整いすぎた顔立ちはまさに「貴族令嬢のテンプレ」とでも言いたくなるほど完璧で、自然と視線を奪われる。
「エリザベス・ラングレー様!通称、お嬢!」
ガレスが突然、動揺して赤面する。
その瞬間、男子生徒たちも「お嬢だぁぁぁ!」と歓声を上げ、我先にと彼女の背後に群がった。
「え、あたしたちの対戦相手?ジョン様を巡って争ってる一人?」
「そうだ……。上級クラスの筆頭ご令嬢……いわば、超絶ガチ勢……」
超絶ガチ勢?
……えぇぇぇぇ!?!?
そんな人と二人三脚で対戦って罰ゲームかい!
「ご機嫌よう──」
凛とした優雅な声が耳に届いた瞬間、全員の空気がピシッと引き締まる。
ガレスなんて、直立不動でガチガチに固まっていた。
「あっ、こ、これはエリザベス様、恐縮です!」
彼はもう、完全に下級貴族の平民ムーブである。
お嬢はまるで舞踏会の貴婦人のように、気品をたたえた微笑みを浮かべていた。
そして、ついにあたしとリンダに目を向け──。
「うふふ。アリアナ様とリンダ様ですね。二人三脚の練習をしてくださって、ありがとうございます」
「い、いえっ!とんでもございません!」
反射的に背筋を伸ばして答えたけど、すでにリンダのメガネは完全に曇りかけている。
やばい。これが上級貴族のプレッシャーってやつか……!?
でも、なんだろう。
この人、どこかで見たことがある気がする。
前世……? いや、そんなはずは……。
「これ、差し入れですわ。皆さまの体育祭が盛り上がりますように」
ふわりと甘い香りを纏わせながら、彼女は手渡してくる。
リボンのついた包みから漂うのは、間違いなく手作りクッキーの香り。
「こ、これは……勿体ないことでございます!ありがたく頂戴します!」
リンダが半泣きで受け取り、あたしも慌ててお辞儀した。
すると、お嬢は優雅に微笑みながら、こう付け加えた。
「あっ、そうそう。せっかくですから、ハンデを設けましょうか」
「……は、ハンデ?」
「はい。貴女たちは魔法を使っても、どうぞよろしくてよ?」
……えっ。
「ですから、私たち上級貴族と対等に渡り合えるよう、存分に魔法でレースをヒリヒリさせてくださいね」
満面の笑みでさらっと地獄のような提案をするエリザベスお嬢。
けれど、どういうわけか、その笑顔に妙な底知れぬ〝圧〟を感じた。
「では、ご機嫌よう──」
優雅にターンし、馬車へ戻る彼女。
その後ろ姿を見送った瞬間、あたしはクッキーの甘い香りにほだされ、さっきの違和感をすっかり忘れ──
「素敵な方ねぇ~」
「ですねぇ~」
完全に平和ボケしていた。
「ねえ、ガレスさん。さっき言いかけたことって……魔法のことですか?」
「ああ、そうだ」
ガレスが腕を組みながらニヤリと笑う。
「エリザベス様からのご厚意で、レース中に魔法使用が許可された。ただし、相手への攻撃は厳禁な」
「……えっ」
魔法、使っていいの?
でも、どんな魔法を……?
瞬発力を上げる強化魔法? それとも反射神経強化?
──いや、待って。
そんな魔法、あたし使えたっけ??
「あ、でもお前らにそんなスキルはないか?」
ガレスが軽口を叩く。
「私やります! 念力魔法の大技にチャレンジします!」
「お前なぁ……そんな高度な技、隊長くらいしかできねーぞ?」
「でもやってみたいです!」
えぇ……リンダ、意外とガチ……。
「で、アリアナはどうする?」
「え、あ、あたしは……」
どうしよう!?
魔法なんて普段からほぼ使ってないのに、今さら上手くいくわけないし……!
葛藤でぐるぐるしていると、ふと金髪のあたしが頭をよぎる。
彼女ならたぶん、ここで派手な魔法を使えるんだろうな……でも、それをやったら確実に目立つし、「アイツすごい魔法使えるじゃん!」とか噂になったらどうしよう!?
やだ、やだ!目立ちたくない!
モブ乙女として平穏に生き延びたいのに……!
でも……ここで何もしなかったら、リンダが単独で頑張ることになるし……。
「……あたしは、えっと、その……」
待って。逆に何もしなくてコケまくったら、それはそれで目立つよね!?
詰んでるじゃんコレ!
あぁ……使うべき?でもバレたら……てか、そもそも使えるかも未知数だし……。
「ま、どのみちお前らがエリザベス様に勝てるとは思ってねーけどな」
「ガレスぅぅぅ!!!」
無神経な一言が火に油を注ぐ。
あぁぁぁぁ、これ……もう地獄の体育祭確定じゃん……!!
案の定、地獄の予感。いや、まだ本番じゃないのに、すでに絶望しかありません!しかも、エリザベスお嬢、なんかめちゃくちゃ強そう……本当に勝てるの?いや、そもそも完走できるの!? もうこうなったら、覚悟を決めるしかないのかな……うぅ、誰か代わってほしい……。