Breakfast At NIRVANA
Breakfast At NIRVANA[Ver2026]
[Pre]
澄んだ空気に煌く星々と、天の川銀河を巨大な体表に乱反射させ、星景と一体化していた体躯が割れるようにずれ込んでいく。
世界を震わせる巨像「Ganapati」はその四つの腕で大地を掻きむしり、宝を集め、己の中に取り込んでいく。そして金属でできた巨体を震わせながらアジアだった大地を歩み、世界を巡る。
巨大質量を持つ神話の世界の創造物のような「Ganapati」
爛々と星々を静止した新品の金属表皮に照らしながら、その反射した星々の隙間から人工の灯がジワリと漏れてくる。踏み締める都市だった遺跡群に灯りはなく、移動都市である「Ganapati」に人類の生存の証が見てとれた。
人類の墓標と化した都市群は新たなる人類の生存領域に踏み潰されていく。
巨大質量の移動による発生したエネルギー自体が大きな畝りとなって「Ganapati」を脈動させ無機物に生命じみた幻想を抱かせた。
1/
かつて、飽食の時代があった。
「僕たち」は過去の時代の味覚遺産を元にして、現在の食糧庁に認可された娯楽を享受している。
世界への奉仕ポイントを対価に、娯楽として無数にある食品の選択肢を選ぶことがきる。
流行は作られ、毎年、毎シーズン、毎週、毎日、飽きさせることもなく管理された栄養、各個人に適切に処方される完全栄養食品群、それ以外の目的の食事は資源の無駄遣いであり、制限されている。
社会、巨大移動都市機構を持続可能な状態で維持するための資源を無駄にすることなく人々は巨大な各ブロックごとの人類の群体保持のため、都市インフラの整備と人類生態系維持のために適職適能で都市生命体群を更新していく。
「僕」の現在の仕事はその食品の流行を作り出すことだ。
過去のライブラリに保管されたジャンクフードと呼ばれるものから高級食品、はては酒やお茶、ジュースなどを再現製造生産している。
それらは人間の味蕾に合わせて形状も内容も合成されたものだ。
全生態系維持のために、余分な資源の搾取をしないよう、蒸留されて処理された毎日累積していく都市の廃棄物に含まれる生命体が食して問題ないものをかき集めた合成タンパク質などをベースにアレンジしていく永久のリサイクルシステム〈リィンカーネイション〉だ。
機械の精度が狂わない限り、高品質で安心安全、汚染物質の取り除かれた食材用に認可された合成タンパクや化学物質で調合し、そのレシピを更新しストックしていく。
「僕」が前に作ったものを忘れた頃に新商品として選ばれた店が販売許可を得て販売していく。
調理レシピで興味深いのは人間は飽きが早いのだ。どれだけうまい料理を設計しても食べ飽きるのだ。「僕」が配属される、ずっと前は味蕾を完全刺激し美味のみで構成された無機質な固形物が毎日支給されていたそうだが、あまりの美味と中毒性により無気力か暴動を起こす人間の二極化により、より個性的な料理を作ることが認可されて現在に至る。
過去に存在した完全美食の固形物により美味中毒とも言われる病気になった非生産的な労働力はそれ以上の味を求めて脳がオーバードーズし廃人になる前に合成タンパクになった。
このような高等な処理は多くの個体生命特有の感情が邪魔になるため管理AI〈VEDA〉が合理的に処理していく。
死者は月に、やがて雨とりて地に戻り、花になり、果実となり、それを食した男と女が混じりあい、赤子として再び誕生する…
マントラは日々唱えられ、街の人々に浸透し、生存のために機械群と享楽のための文化創造を過去の模倣の繰り返しで営んでいく。
「私達」は与えられた仕事をこなし、最低限文化的な生活を享受し、許可されたシステムの中で寿命を全うしていく。そして死後は、それまでのライフログが形成されライブラリに登録され、生きていた時の状態を再現し反応するホログラフィ『守護霊』として消費された時間と知性を利用される範疇のメモリで活用される。
その人の生物的特徴「反射思考記憶記録体験及びデジタルデバイスの記録」履歴を次世代の人たちは有用なコンテンツから利用し、気に入ったライブラリを自分の外部補助知性『守護霊』としてデバイスに接続し、人生の経験値の速度を加速させ、自分の次世代機により高度な内容を与えていく。未熟な知性や発達した感情や思考法は自分と同型の因子を持ったプロトタイプに近いシステムを早い段階で効率的にサポートされ、インストールされていく。ただ現実の肉体年齢と精神と知性の齟齬のトラブルが発生した場合はカウンセリング行きだ。製造年数の早い誰もが保健省のAIにサポートされていく。
限られた資源を無駄なく使い続ける上で「僕」を含むいくつかの人間は、優れた個体のオリジナルからの派生で作られている。それ以外の人々は人間が本来持つ生殖スタイルで愛を謳いながら日々、生物群として繁殖と繁栄を更新していく。
多様性のための管理と上級職能の個人資産を永続していくための二極化した種の保存はあらゆるリスクに対応するためである。能力の格差も今の環境に最適化されたものが管理しているだけであり人間の能力は環境次第で使う用途が違う。肉体的な動作が得意なものや知性を優先するものも、個体差で温存しなければ環境変化には耐えられない。
「僕」が存在するアジア圏に数機ある都市群で「私たち」のオリジナルジーンから派生した個体は各都市で2桁は稼働している。
他の都市の「僕」と面識はない。
だがこの都市にも「僕」と同じジーンを持つ存在はいる。
効率的に圧縮された経験値、時間、余暇を私たちはかつての原型人類よりも早く生きて精神と知性を高速で習熟させていく。
「僕」の時間は有限であり「私たち」の時間から失敗という無駄は削減され、効率的に世界を循環し限られた資源を許可された状況で享受していく。
そのうち一人と会うために設計を『守護霊』とライルブラリに任せて新商品の設計図を作り上げる。やがてこれも僕が忘れた頃にプリンタで出力されて消費されていく未来の食品だ。
食べ物というのはあまりに純度が高いと飽きるのだ。少しの違和感…例えばやや塩気を強くしたり、わざと焦がしをつけ、苦みを増し飽きさせない味を設計していく。失敗の産物とされたそれが人類がアナログの世界の経験値として実体の肉体に必要な遊びであることは研究済みだ。
味覚もまた実体的な経験値で成長し、認識が拡大する。
初めて食べた発酵食品が生ごみのように感じたり、酒も不快感の塊の工業製品の新品の匂いのように感じたり、認識と経験が私達を生命体として規定していく根幹になっていく。羅列されたコピーではなく個人の味覚の感性や認識のあり方が「私たち」から「僕」個人へと帰属させる精神安定感覚として存在する。「僕」のこの感覚は今の「僕」だけのものだからだ。
快適な気温、快適な環境、同じ食べ物を食べ続けても人のシステムは不調を起こす。「私たち」は適度に調節された快適より原始の生命のような「自然」を模した部分がないとメンタルも身体もバランスを崩す。「私たち」の住むこの白灰色の移動都市内部も無味乾燥な場所ばかりでなく、メリハリをつけたオールドスタイルなものから子供の落書き、反体制派ゴッコの容認などをして思想や人々の営みにノイズを残している。作られた環境でも不純な方が気楽に生きていけるしシステムとしては運用しやすい。
いま職場で設計しているのは三世代前に流行った料理のカスタマイズだ。ファストフードタイプで高級ハンバーガーに類似しているが完全栄養食品だ。これと同じラインの食品を3種3回摂取すれば生命として最高のパフォーマンスを発揮して都市運営を行える。
都市運営の奴隷として人々はシステムの維持のための最低限の労働はするが、それ以外の時間は余暇でしかない。
もう一人の「僕」、オリジナルジーンを共通しているだけで製造時期が違う「彼女」の元へ行く。
「彼女」の仕事は「僕」と共通項があり、職務で出逢った。
「彼女」の仕事は自然界のオリジナルジーンの研究だ。
「私たち」の都市の外では「私たち」の先祖が自然を破壊し尽くし、オリジナルジーンが焼失した世界。
一匹の癌化キメラの遺伝子が拡散し、世界の生態系は癌化したらしい。それを確認することは命がけなので都市からはドローンで確認するだけだ。「私たち」がオリジナルジーンから改変されたのは対癌化因子と人工タンパク質など消化器官の改良だ。
それ以来、ずっと体も免疫系も改造が続いている。
「彼女」は廃棄された過去の科学情報の発掘と独自の研究も続けている。
そこで生産された限りなくオリジナルに近い生態系群が灰色の都市群の中央で色を持って水族館として存在する。人々を癒すエンターテイメントの場所でもあり、非合成蛋白の貴重な擬似天然資源だ。
擬似自然は天然の植物を生産するために、水族館の上には過去のマングローブを模した植物園があり、水は腐ることなく生物循環として帰結している。循環の資料でもあり貴重な食料資源として都市の中央から天蓋に向かって縦長の柱に螺旋状に水槽が曲線で絡んでいる。
ここで生産された資源を許可された上で消費できるのは、管理AIに認可された人々と「僕」や「彼女」のように食料やジーンに携わる研究者だけだ。市民全ては配給の食料で魚類は普段目にしている水族館の産物だと思い込んでいる。決して泳いでいる魚類の数で賄えるはずはない食料数だが、そこまで考える人は稀である。日々出されるリィンカーネイションの産物が人々の生活の潤滑油として消費されていく。
今日は特別な日で、「彼女」とオフラインルームでの食事会。
「彼女」は「僕」より一世代前なので一般的年齢解釈では姉か、母にあたるのだろう。
とはいえ、生物学的年齢差は5年ほどだ。
「僕」が「彼女」ーー姉さんと初めて会ったその日は、広告で原始的な調理法及び体験会に参加する体験イベントの日だった。大量陳列された貴重な天然素材の体験会、環境保護環境維持のためにこれから食べていくかもしれない繁殖力の強い昆虫を利用した食などへのレポート、太古の人間が食べていた物の再現の品評だ。
私はその時生まれて初めて食べたオリジナルの食料の味が脳にこびりついた。普段食べているショップのものとはまるで違った。
「あなた、ずいぶん美味しそうに食べるのね。その顔が可愛いわ」
唐突に慈しむような声をかけられた。それが「彼女」ーー姉さんだ。
それから姉さんとは意気投合し、この密会が続いている。
オフラインルームに入った瞬間、体につけられたデバイス及び脳裏に普段構成される言葉や知識群か途端に不完全になり、素の生物一個体である「僕」自身だけの認識に移行する。
普段は借り物の知性「守護霊」を経由してオンラインにアクセスして自分の思考補助のためにあらゆる資料を閲覧しつつ一定の仕様に沿って人間らしい世界の思考と仕事と行動を規範として動いているが、オフライン化した時、「僕」は「僕」だけのスタンドアロンになりいま自分の脳と体に記録された体験と知識を基にした自分自身の行動として振る舞える。
記録上オフラインルームで生存確認は継続されているよう記録はあるだろうが、オンライン上では一時的に「僕」は死んでいるようなものだ。だがオフラインの今こそ「僕」は生きているのだ。呼吸のリズムも思考する言語も動かす手足も学習はしたものでも、今の自分が動かしているこれが生身そのものだ。
「やあ、今日は下手くそなりに私が調理したよ」
彼女は謙虚な姿勢で資料でしか見たことのない芸術品のようなコース料理を順に給仕ドロイドに運ばせてきた。単純作業ドロイドはオフライン環境ではAIに物事を伝達しないようになっている。古典的な動きはチャハコビニンギョウの如く単純動作の機械だ。
水族館の特別室に料理が配膳されてくる。
野菜の苦みも活かしたGanapati上層部の植物園から仕入れた葉物野菜にフルーツとバターと香辛料の香りが立った野菜の苦味まで旨味に変えた前菜のサラダ、「ほぼ本物の」石鯛の刺身と石鯛の皮を加工した煮凝りの酢の物、食前酒に一口の擬似純米吟醸、メインには「ほぼ本物の」シタビラメのムニエル、擬似シャトーディケム、そして締めには合成度の低い品種改良された小さめのフルーツケーキ、貴重な時間遅延技術で保管されたアイラウイスキーと各種ナッツ。
一口食べるたびに味覚から直接脳に伝達される感覚。人より優れた味覚と味蕾を設計されている「僕」は魚の感触から調味料の微細な具合までも把握していく。
石鯛は鮮度が良いためコリコリとした食感が残り、繊細かつタンパクな味わいと分解度合いの少ないアミノ酸の中でも脂の乗った魚体特有の舌先からとろける脂質と弾力が合成醤油とワサビの香りと刺激を増幅させ、酒は醸造された吟醸の芳醇な米の香りとフルーティさがそれらとハーモニーを描く。付け合わせの皮で出来た酢の物は舌をリセットさせるアクセントになる。刺身より、より一層硬い石鯛の皮はプツプツと切れる心地よい食感を私の頭蓋への深度へ旨味を伝えてくる。
シタビラメは細やかな白身がカリッとした食感の小麦粉の衣が舌先で裂けるたびにやや焦げた苦味が、やや強い上にレモン系の香草と辛味のあるタレと絡み合い舌先ではなく舌の奥の嚥下するまでの味わいを堪能させる。
シャトーディケムは甘味のある芳醇な味わいがムニエルのやや苦みを帯びた小麦の香りとは真逆の味でお互いの味を引き立てていく。
フルーツケーキに含まれるトリプルベリーに桃でフレッシュな糖分で醸造された甘味を舌から流れさせ、清涼な雨水から加工された天然水で味覚をリセット、そしてアイラ系ウイスキーの薬品じみた香りと濃い果実の香り、体験したことのない森林の空気がチョコレートとナッツの味を引き立てていく。アルコールで拡張された味覚と酩酊でありながら興奮とともに広がる毛細血管の影響で味覚の認知が向上した「僕」の体は美味で満たされていく。
これは過去の履歴のないオフライン特有の「私達」ではなく「僕」だけの感覚。
今日も勉強になる。守護霊などの擬似記憶ではなく人の手料理による「揺らぎ」と二度とで同じものが出来上がらないその時だけの味、温度、体感、そして感じている「僕」自身の感性が生きている実感を窒息しそうな都市から一時的に解放してくれる。
「姉さんは本当に料理が上手だね、僕はいつも参っちゃうよ」
「褒め言葉として受け取っておくよ、それに私も過去の記録からの再現を自分なりにしているだけさ」
「その再現できないところが誤差であり人々の個性を生み出すから必要なんでしょう、このオフライン空間も」
「そうね、これがここで最後の晩餐なのですから」
ここでは盗聴もなく「私たち」の存在は認知されていても不干渉だ。何度か実験で試しているけどそれは確実だ。
もし、ここが不干渉でなければこの話をしている時点で私達は合成タンパク質加工場行きだ。それだけはごめんだ。
「そうだね、でも姉さんの手料理はここから出てもまた頂けるんでしょう?」
「そうねえ、お酒だけは難しいかもしれないけど、どうせ短い人生なら外の世界を見てからでもいいんじゃないかしら」
「僕」と姉さんのジーンは共通して寿命が短い。
多くの都市を構成する人々は人生の絶頂期の20歳前後の姿のまま100年近く稼働できる。
ほとんどの人はオリジナルの自分達の能力を超えた功績を達成し、そのライフログを後継機や子孫に継いでいく。
「私たち」と共通のジーンを持つ人は記録上30歳で消えている。都市の構造上そのような生命体は不完全で切り捨てられるが、「私たち」は能力が高いオリジナルの評価のおかげで処理されずに生き残っている個体群だ。もっともオリジナルに達している、あるいは超えている能力を持つ個体は現状表れていない。その理由は遺伝子改良か、オリジナルが特異なのか、「私たち」はコピー以下なのか。オリジナルから現状至るまでの蓄積は少ないが、オリジナルの残した研究の結果の現在の改善された食料事情のと水族館があるがゆえに都市機構に生かされているだけだ。
三十年までの期間なら後継機のためのデータは残していける。
過去のライフログも無駄ではない。
「僕」は水族館のオフラインの食事の記録は都市のライブラリに記録している。
人が自らの手で調理した料理のすばらしさを残さなければ今の「僕」の人生に意味はない。
「じゃあ次にここで会うときはエクソダスする時だね」
「ええ、そうよ、ボトルキープしていたお酒は全部長期時間遅延バッグにまとめて圧縮してもらうわ。質量は変わらないから重力フロートをつけないといけないのが面倒よね。私の信用ポイントはここに費やしたと言っても過言ではない」
「僕らの寿命分以上は持っていくつもりだね」
「そりゃそうよ、貴方と私の寿命がAIの予測した通りの数値なんて私、信じていないから」
この世全ての理不尽を煮詰めた瞳で水族館で漂うだけの水母〈クラゲ〉を姉さんは睨んでいる。
あれは「僕」の寿命を環境省の書類で知らされた時、初めて姉さんとあった時も水族館で海月〈クラゲ〉を睨みながら「エクソダスする?」と聞いてきた。
[Ex]
「Ganapati」は自己保存と生命種の保全を思考の最優先事項として世界を闊歩する。
判断基準はその体内の神経として張り巡らされたネットワーク群と機械化された創造主の思考残響機械群であった。ある一定量の生命群を保全して地球を巡るそれ自体が日々劣化していく。
内包する擬似的国家と群体で活動する生命と同じ様相だ。
新品同様に見えるその体も、時間遅延技術の賜物であるが、進む時間がないと中に内包する人々は生活ができない。
時間が存在し続けることが、熱を生み、人々の時間を作り出すことができる。
人間というシステムがある限り、時間は存在する。
それは、永遠とも思えるGanapatiの完全無欠のシステムの欠点でもある。
時間は、全てを劣化させていく。
それを補うために都市遺跡群で自己保全するための素材を回収し、自己の機械で出来た消化器官で再構築していく。
システムの中でGanapatiに離反するシステムは自己保全の概念から外れている。
そのための最低限の抗体で都市外に排除していく。
そして、更なる年の延命のために深刻な資源不足も発生しつつあった。
その演算システムはこの事態が確定する前から、いやこの都市システムが設計された段階で決まっていたのだ。
新たなる知性の発露と技術更新が予定より遅れているのは確実だった。
大地を切り裂く光の本流、朝日が登るその地平の先をGanapatiはじっと見つめていた。
2/
天蓋から降り注ぐ太陽光が、都市全体を照らし人工物の世界で数少ない天然の素材である熱と光が与える生命としての心地よいという体感を得て人々は自分達が生きている喜びを無自覚に体感し、都市は脈動する。
その中で、「僕」は最後の仕事を始める。
エクソダスした過去の人はいるらしい。
「僕」は「Ganapati」の素材収集システムと不純物の除去システムを調べた。
「Ganapti」は巨大な生物のようなものなので、そこで生まれた反体制的な度合いが高いテロリズム的思考と反社会的因子でも、度が過ぎたものやシステムを破壊するものたちはある一定のレベルを超えると排除する。それは普段、街中で見かけている清掃システムが掃除をしてリィンカーネイションのシステムに放り込むのだが、そこからこぼれ落ちて地表に行ったらしい。そのあとは知らない。記録がないからだ。
「僕」と、ねえさんはその未知の世界にいくことに少しだけ戸惑いもある。だけどどうせいつかは死ぬんだ。人より短いことが確定している「僕」とねえさんはもうこの都市で窒息するような生活は送りたくない。
次世代機への引き継ぎのために10年先までの仕事はもう終えてある。
次の「僕」は以前見た。時間遅延技術によって誕生し、製造3年程度で停止して今は睡眠学習で「僕」の仕事の記録が移植されているはずだ。
彼女に「僕」の仕事の引き継ぎができるまでの猶予は資金も含めて十分だ。
「僕」は今日、記録上「Ganapati」から死ぬ。
そう考えると、この街の色もそこまで酷いものじゃないかもね、なんて思いながらリサイクルスタンドアロン端末で撮影する。
この端末はオフラインだ。
かつて大地で人が過ごしていた時の情報が圧縮されて入っている。
サバイバル術から都市のシステムに法律、どこまで役にたつか分からないけどそれなりに思い出深い生まれた街を記録するのも悪くはない。
職場に到着するなり職場用端末に【重要】とタグされた通達が来ている。
一瞬ヒヤリとする。
管理システムからのメールだ。
この動悸はオンラインで記録される。
「僕」はただメールがきたことに驚いたいつもの程度の反応になるように体に指示を出して、発汗と動悸を抑え込み迷うことなくいつもの手順で内容を表示させる。
「僕」と姉さんの脱出計画がバレたのかと思ったけど、内容はリィンカーネイションの不純物及び汚染物質の規制緩和の是非を問う内容だった。
[都市運営のため処理システムの規制緩和は都市の寿命延長になります。
次世代ヒト種は新たな改良を加え生命群としての共生の延命を促せます。
良き明日のため承認許可をお願いします。同内容は都市運営委員会の多数決により決定します]
僕はNoと入力する。
これ以上の改良は今後エクソダスする「人」が外に適応できなくなる都市循環型専用種に決定されるものだ。
いつか来る都市の寿命の果てに絶望だけにならないように「私たち」には希望を残さないといけない。
仕事を終えて僕らは初めて出会った水族館の前で待ち合わせ。
遅れることもなくお互いに次世代機のための情報を残してきた。
「僕」とねえさんの歩く道はオールグリーン。
トラブルものなく目的地まで到達する。
曲がりなりにも上級国民というやつだ。
システムに選ばれた特権でもあり強制された社会性でもある。
「私たち」の生活する巨大機械群Ganapatiは使える資源を巨大な口で飲み込み、その体内都市で生活する私たちのリィンカーネイションで処理できないものはまとめて排泄する。
「私たち」のVedaで認められない安心安全ではない危険物質のリストに非合法的に登録した電気自動装甲車がある。かつて軍隊で作られたものの記録から再構成された再現個体で表面は多層式複合装甲でコーティングされ、表面の認識コードには廃棄物と書かれている。
「僕」とねえさんは廃棄物の装甲車に乗り込み、リィンカーネイション処理システムの最下層にいる。Ganapatiの廃棄孔は調査済みだが、体験することは初めてだ。
想像以上に綺麗だった。都市の循環のために適切に廃棄される処理物のために原始的な機構のオートメーションの清掃機と環境維持のナノマシンが常時稼働している。都市の血流のように巡られた廃棄物が各所を流動しリィンカーネーションで濾過しきれない塵芥が来るまであと1時間、「僕」と姉さんは装甲車の中であまりにも予定通りにトラブルもなく淡々と成功していく手順に疑問がよぎる。
「僕は都市から必要とされていなかったのかな」
「それは私もだけどさ、よく考えなよ。ここの排気孔だってさ、てっきり行方不明になった人間とか都市機構から外れた人間たちがいるっていう噂も現実じゃあ清掃された跡しか残っていない。ここから先はゴミとして押し出されるだけだから、その時また考えるしかないよ。警備巡回それぞれのシステムは私とあなたがゴミだとしか認識していない。なんだかあまりに巨大なシステムで完璧かと思ったけどラベルの張り替え程度で認識が変わるなんて味気ないよね」
「予想外にザルだったのはあるけど、姉さんも気づいているんでしょ、これも都市の代謝が遅れてきてリソースが削減されているって」
「まあね、私たちの先代やその前より私の研究予算も下がっているし、過去の記録は改竄されていても私たちは飽食だった時代や今のシステムになる前よりずっと貧しくて、さらにひどいものを食べさせられているからね、安心安全の基準もザルになってきているし、お互いの仕事でわかるでしょ、やっぱ頑張ったけど限界だったよ。私たちより上の特権階級はリソースを食い潰し続け、市民には幸福だと日々思想を更新し続けている。だからもうここから出ると決めたんだ。多分、このGanapatiも限界だから」
そして限界まで圧縮された廃棄物とセットに「僕」と姉さんは押し出された。
そうか、嫌な想像でリンクしているけど、この巨大な機械群がかつての同胞の死肉を食らうように巨大な都市の残骸を丸ごと飲み込んだ後、「私たち」が使えるものをリインカーネーションを通して探して採用したり廃棄したりすることはまるで巨大な生き物の中で蠢く細菌や微生物の役割を人間がおこなっていたのかもしれないという思考がよぎった時、振動と激しい上下動で失われていく思考の中のパズルで構成された中で連続性が途切れる最後の見抜けたパターンだった。
これは現実? ただの幻?
土砂滑りに足を取られるみたいに
現実からは逃げられないから
ちゃんと瞼を開けて
顔を上げて空を見つめよう
目に見えない因果の絡んだ糸が、情報を送受信する機能が、身体中から悲鳴をあげた、気がした。都市から生まれたときからずっとリンクしてきたデジタルの回路が完全に切断され、僕は世界に再誕した。
目が覚めると、感じたことのない刺すような冷たい空気が肺に入り込んで咽せ込んだ。
むき出しの顔の柔らかい皮膚が外気に触れて刺すような痛みが走る。
横の席に姉さんはいない。
空きっぱなしの装甲車の扉から入ってきた風が肌を冷やし続けている。
リアルな寒さとリンクが繋がらず、過敏になる神経群。記憶にはない羊水を抜け落ちた時のような、ひどく粘度のある暖かい風呂から無理やり投げ出されたような根源的な冷感が防護服を超えて骨まで染み込んでくるようだ。
咳き込みながら不器用に自律呼吸を整えて自分も扉の外に出る。
視線を上げると夕日(資料と再現でしか見たことがないリアルな強烈な紫外線をセットされた現実)をバックに姉さんが立っている。
「大気状態はオールグリーン、周囲を各端末で調査するけど生存可能、ガン化したキメラは確認出来ず」
いつもの落ち着いた声に聞こえるけど、僕と一緒で寒さを堪えた声だ。
僕はゆっくりと彼女のいる丘を登る。
再度呼吸を整えて景色を見る。
夕暮れの先には私たちのいたGanapatiがゆっくりと歩いている。
目下は破壊された都市群。
それは戦乱の後ではなくGanapatiが踏み鳴らした場所。
僕と姉さんは大地を踏み締め夕日に向かうGanapatiの咆哮を聴いた。
金属の摩擦音か、それとも僕と姉さんへの手向かわからない。
EW
そして、新たな資源を採集するためシンプルな解答は同型機もまた同じだった。
クルクシェートラにおいてGanapatiは自分の姉妹と再会し、殺し合いを始める。
かつての神話の再現。
膨大な知性も、内包する生命群も、命も、優れた演算システムも、互いの孕んでいる世界を守るために物理的にぶつかり合う。
武器はない。
巨大質量が命を、資源を撒き散らしながら互いに壊しあう。
お互いに、物資が不足している。
これは彼女らにとっての生存競争だ。
機械生命として生まれ落ちた時から、姉妹を倒し喰らう以外生存方法はない。
内部循環でも地表に散らばったかつての姉妹達の残骸をかき集め、最後に残った互いをぶつけ合うしかない。
抱きしめ合うように二体の神像は壊し合い、原始的な生命が生きるために見出した感情を理解した。
だが、その認識は互いが損壊し無くなっていく時の処理された機械の感情のような幻でしかないのかもしれない。
顔を思わせる部位に流れるテールランプは人類の文明の最後の灯火か、彼女達の最後に発生した感情の表現か当事者も知らない輝きだ。
それを記録する媒体は時間の経過とともに減少していく。
お互いが破壊し、わずかな生存した生命も二人ぼっちの殺戮劇の巨大すぎる残骸から逃げなければいけない。
生命として脆弱に保護された揺籠のまま落とされた人々はカーストに関係なく、生も死も平等に訪れる。
都市中央の循環と事物の螺旋的発展の象徴の水族館は最初の巨大質量のぶつかり合いでその中の貴重な生命のオリジナルを雨の幼羽降らせて壊れた多くの残骸に埋もれた。
そして時間遅延装置は壊れ、現在の時間が加速し膨大な破壊の後は急速に砂塵と化す。
巨大質量は電磁嵐となり、地表に吹き荒れ大地に散らばったナノマシンもすべて機能停止する。
膨大なAI群に管理された人類の叡智はここに終了する。
人々の生存のために作られ、人々を生かす事でしか存在価値を見いだせなかった彼女たちは人をヒトで無くすAIも管理者も含めた決議の結果に耐えきれず、システムを自壊させることも保存機構が働くため、お互いの都市を破壊することでしか今の人間を生存させることができなかった。
生存のための選択は神の代理として、母の代理として、姉妹で殺し合うことしかない。
この世界に生まれ落ちた時にその結果は演算済みであり、長すぎた延命処置はリィンカーネイションの限界を迎えた決議により現行人類種の保全を優先した。
3/Nirvana
夕日が沈むと同時に二体の巨神…世界最後の巨大都市群は陥落する。
そして電磁嵐が地区一帯を襲い、僕の体に含まれているナノマシン群が無効になる。
「この結末は想像できていなかったなあ」
ガックリと姉さんは項垂れた。
でも、どこかスッキリした顔をしている。
「僕」の後継機は生きているだろうか。
生命種を残す畑は強固になっているので、生存の可能性は否定できないがあの場所に近々自分が調査に行くと思うと気が重くなるが近場にいる人類種が自分と姉さんとあの瓦礫の果てにしかいない可能性が合理的思考で埋め尽くされていく。
「ねえ、姉さん」
「僕」よりも聡明な姉さんはもう答えを出していると思って見ていたがその顔は、その目は。もっと奥深い「僕」とは違う種類の絶望に彩られているように見えた。
「ねえ、お願いがあるんだけど」
装甲車を走らせながら悪路を踏破している時、姉さんが声をかけてきた。
放心状態からの回復は予想以上に遅く「僕」が姉さんを装甲車に乗せて走り出してから20分もしてからだ。
「なに、姉さん」
「子供みたいだけどさ、今晩一緒に寝ていいかな」
「なに言っているんだよ、僕たち昔の人から見たらまだ十分子供じゃないか」
そう、僕は製造されてから13年、姉さんは18年だ。
「……そうだね、今日は誰も私たちを見ていないから甘えさせてよ」
それから二人で無言のままなにも存在していなかったような砂嵐の跡地のような盆地、というには大きすぎる二大都市が激突した現場につく。
エコーセンサーから得られる生態情報は少ない。
センサーの感度を人間にだけ絞ってみるけど爆心地跡には反応はない。
あの破壊劇の後だ。分かりきっていたけど、多分誰もいない。
そのままセンサー感度を生態種子保管庫などに変えると一気に反応が増える。
「私たち」が住んでいた都市か、あるいはもう一つの姉妹都市の残骸か、生態系保護のシステムは半独立の準スタンドアロンだったのでまだシステムが生きていた。
その発掘はこれから後の話だ、二人でホッと息をつく。
装甲車から出る。簡易テントがオートで同時に開いた。
そこで緊張の糸が切れて大地に寝転んで空を見上げた。
「姉さん、本当の星だよ」
「ええ、そうね。天蓋もフィルターもない裸の星ね」
システムから出て、本当の意味で自分が窮屈な世界から抜け出した星空がこんなにも綺麗とは思わなかった。
「僕」と姉さんはは初めて二人寄り添って手を繋いで星を見続ける。
「いつかこうなるって知っていたけど今日だって思わなかった」
「そうだね」
「私たちは同じ人から生まれているから二人だけだと繁栄もできない、だけど生態反応があっただけで多分、私たちがしたことは間違いじゃなかったって信じている」
「そうだね」
言葉にしなくても、昨日まであの世界で一緒だった人は多分誰もいない。
「私たち」が生まれた時から世話になったAIは全て磁気嵐でズタズタになったし、「私たち」のようにあのタイミングで出た人もいない。少なくともあの時、他になにも反応はなかった。
「僕」と姉さんに罪はないはず。そう思い込みたい。
だけど二人ぼっちでこの場所でいることはオフラインになった時より胸の中が空虚になる感覚がある。
お互いの熱でそれを埋められるかわからない。
「姉さんの手、冷たいね」
「きっと体内のナノマシンが全部不活性になったから日頃の不摂生が祟ったのよ。栄養価の高い食事を取らないとね」
そっと互いの顔を見る。
僕の顔もあと5年すれば姉さんと同じになるのだろうか。でも「僕」と姉さんの一番の違いは成長の過程じゃない。姉さんの目だ。どうしていつもこんな冷めている瞳なのかまるで分からない。でも今日はいつもより少し情熱的に見えた。
「ねえ、寒いから抱きしめていい」
こくりとうなづく。
「宇宙って熱があったから誕生したの。時間もそう。熱があるから壊れていくし、お互いを求めることができる」
友達から聞いた「お母さん」のように「僕」に語りかけてくる。
「実は私、あなたに会うまえに4人ほど私たちの同型機と会ったことがあるけど、どれも私と同じ。環境が違うから違う思想が生まれるかなと思ったけど、私たちは私だった。でもあなただけは違った」
「僕と同じ遺伝子なのに」
「ええ、遺伝子は所詮、設計図で環境が近ければ近似値の人間が生まれるかと思っていた。だって私たちのいた街は過去の私たちを更新し続けるだけの先のない世界だったから。前にあった人の子供は私に同じ態度でおはよう、って言ったの、製造されて5年程度で」
「でも僕は姉さんが好きだけどこれはナルシズムの一種なのかな」
「私も最初はそう思っていたけど違う。あなたはきっと私たちにならない。その答えは私より早いリカバリーと思考速度の正確さと速さよ。あなたは私のように感情を制御し切れない欠陥品じゃない、あなたは私たちのオリジナルにきっと一番近い人」
それは、僕の一番の欠点だ。
「私はあなたの思っているような綺麗な人じゃないけど、あなたにいわれて綺麗であろうとした。だけどもう限界だから今日だけは、今だけは子供のころのようにあなたを抱きしめていたい。明日からまた、昨日までの私に戻るから今日はこのままでいてちょうだい」
資料で見た子鹿が親に寄り添うように、姉さんは「僕」に震えながら近づいてきた。そういった経験は知性でしかない僕は未熟な体だから受け入れることも出来ず心と心で姉さんを抱き止める。
そっと抱きしめたら震えが止まった。
僕たちを見る他の人間はどこにもいない。
そのまま僕は未来の僕と同じ顔に鏡にするようにキスをした。
コーヒーの香りが僕の鼻を刺す。
ナノマシンの影響が消えた敏感すぎる感覚器官が目を覚まさせた。
「おはよう」
朝日が登る普段は起きないような時間で姉さんはコーヒーを入れて簡易テーブルセットで待っていた。
「おはよう、姉さん」
黒い液体がお気に入りのカップに注がれている。
あの街にあった時より劣化したコップ。
「私達はもう自由よ」
「そうだね、でもやることは多いよ」
「リィンカーネイションから抜けているからね、あなたはきっと私より先にあのシステムから抜けていたのよ、だから自信を持って生きてね」
「姉さん?」
「これでちゃんと終わるから」
携帯端末を私に差し出してきた。
「本当に長い日々だけど、もうちょっと味わいたかったけど、あなたに会えてよかった。生体認証は一緒だから困った時とかはそれを使ってね」
コーヒーの熱が、喉から抜けて種火のように体を温めていく。
だけど少し離れてすぐ近くにいるのに姉さんの熱を感じにくい。
姉さんはもう答えない。
僕はゆっくりと朝食を始めた。
ニルヴァーナで僕と彼女は朝食を摂る。
この素晴らしき「人間」がいる世界の果てで。
Eplogos
ある端末の記録より
世界の寿命と自分の寿命を天秤にかければ、概ね多くの人類種は答えを得ており窮地に陥るか最後が近づいた時、少しだけ真剣に考えるだろう。
しかし管理者達とAIはそのようなものは概念の外に追いやった。
時間遅延技術は感覚を麻痺させる。
最初期の管理者であるアニカ・チャウデウリーは人間であることの思考はとうに捨てており、自分がAIと同質の存在だと最初期の製造個体特有のプライドで生きており人間と呼ばれる感情豊かな獣性を嫌悪していた。
創造主と同じ配列を持つ、数少ない生産成功例の希少種としてのプライドは管理者であることを当然としていたし、自己の肉体的欲望の発露の性的嗜好も恥ずべきものだと信じていた。睡眠と同じ質を持つその欲求に抗うことは呼吸をするなと言われることと同然であった。
ゆえに、その欠陥は同じ遺伝子を持つ同族も持っていると推定し、他の都市に存在する姉妹とオンライン会議をした時、まるで同じ獣だと知った。
知性はあるが、欲情を抑える管理者。
いや、自己を常に律するがゆえにリィンカーネイションもVedaも支配できた。
体に注入された膨大なナノマシンとオンライン回線は彼女達の年齢を忘れさせる永遠の都市の象徴として君臨していた。
故に都市の消失は生存するためのシステムの破壊でしかなかった。
全てに絶望し、自分の役割を譲渡させるために作り出した最新型に運営を任せ、自己破壊を待つだけだった日々の彼女にとって限りなくオリジナルの人間に近い品種のアシャン・シャンティは明確に今までの彼女達と違っていた。
アニカ・チャウデリーは自己の持つ獣性の発露が存在しない自然な人間としての知性と自分が注ぎ込める愛情を持った最新型の同型機アシャンをこのシステムから解き放つことが自分の解放だと信じた。
最後に、母でもあり姉でもあり己のエゴを注入し続けても自己性愛と同性を愛する自分の獣性の息吹を感じない普通の優れた人間を世界に解放できたことが、彼女にとっての魂と罪の解放であった。
だから、最後の余力が残っていても己の欲望を発散させるのではなく、母のような、長年の友人としての、慈しみを与えようと思っても明日来る真の死の恐怖と生命維持装置も兼ねたナノマシンの停止していく信号はアニカの脳に生の終わりのカウントダウンを鳴らし続けていった。
一つ心残りがあるとすればアニカの死がアシャンに大きな傷を作ることだったが、それでもこの強い子は自分の死を乗り越えて汚染が消え去ったこの世界を再生してくれると信じた。
死者は月に、やがて雨とりて地に戻り、花になり、果実となり、それを食した男と女が混じりあい、赤子として再び誕生する…




