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 翌日、いつもどおり「広樹、朝だよ」という悠の声で目が覚めた。「早くしないと朝ご飯食べる時間なくなるよ」という声を聞きながら制服に着替え、顔を洗った俺の髪の毛を悠がいい感じに整えてくれる。

 今朝は卵焼きだったけど、添えてあった大根下ろしに醤油をかけてくれたのはやっぱり悠だった。並んで歯磨きをして最後にネクタイを締めてもらい、「いってらっしゃい」という母さんの声を聞きながら玄関を出る。


(やっぱり悠と一緒が一番だ)


 並んで歩きながら隣を見た。俺の視線に気づいたのか、少し上にある悠の目が「なに?」というように俺を見ている。


「どうかした?」

「いや、いつもの悠だなーと思っただけ」

「なに言ってんだか」

「それが嬉しいんだからいいんだよ!」

「そっか」


 そう言って笑っている顔もいつもどおりの悠だ。こうしていつもと変わらない朝を迎えられたのも嬉しいけど、これからも悠とずっと一緒なんだというほうがもっと嬉しい。

 正直、俺は悠が宇宙人だなんて信じていなかった。そりゃあそうだろう。いきなり幼馴染みに「宇宙人なんだ」と言われて「そうだと思った」なんて思うやつはいない。


(宇宙人っぽいところがあったら別だろうけどさ)


 でも、悠はどこからどう見ても俺と同じだ。……いや、顔は俺よりずっといいし背も高い。高校に入ってから他校の女子たちにやたらと人気があるのも俺とは違っている。


(そういや後輩にも人気あるんだよな)


 こうして並んで歩いていると、一年生らしい何人かがチラチラと悠を見ていることに気づいた。各学年で数人はそういう憧れの人という存在がいるらしく、悠もきっと一年生からそう思われているんだろう。


(そりゃあチョコ渡すために待ち伏せされるようなイケメンだしなぁ)


 それに面倒見もいい。俺だけじゃなくほかの人にもさり気なく手を貸したりする。悪口を言うこともない。そういうこともあってか、悠を悪く言うやつは一人もいなかった。


(自慢の幼馴染みってやつだな)


 誇らしい気持ちと嬉しい気持ちで機嫌よく校門を通り過ぎたところで「おはよう、神林」と声をかけられた。振り返ると森川だった。


「仲直りしたんだ」

「おはよう、森川。って、ケンカなんかしてないって言ったじゃん」


 文句を言う俺に「よかったな」と肩を叩いた森川が悠を見る。


「おはよう、森川」

「おはよう、山内」


 立ち止まった森川が、なぜかじっと悠を見ている。どうしたんだろうと思っていると、森川が「余計なことかもしれないが」と口を開いた。


「もう少し素直になったほうがいいと思うぞ、山内」

「どういう意味?」

「去年、何か無理してるように見えたから。元クラスメイトからのアドバイス」


 何の話だろう。首を傾げる俺とは違い、悠は「あぁ、うん」とだけ答えた。


「じゃあな」


 そう言って歩いて行く森川は、なんだかすっきりした顔をしている。「なんだったんだろうなぁ」と背中を見ていると、向かった先に友ちゃんがいた。


(そういえば友ちゃんって書道部の顧問だったっけ)


 今年の書道部は新入部員が六人も入って大快挙だと聞いた。だからか話している二人の顔もとても楽しそうに見える。


「無理してる、か」

「悠?」

「ううん、なんでもない」


 一瞬、悠が遠くを見るような目をした。どうしたんだろうと気になったものの、すぐにいつもの笑顔に戻りホッとする。


(いつもの悠……だよな)


 つい、そんなことを思ってしまった。宇宙人だなんて信じていないのに、ちょっとでも普段と違う表情を見せられると不安になってしまう。また俺の前からいなくなるなんて言い出したらどうしよう、なんてことまで考えて慌てて頭を振った。


(そんなことはもうない。っていうか俺がさせない。俺と悠はずっと一緒なんだから)


 改めてそう決意し、右手で拳をグッと握りしめた。


「何やってんの?」

「え!? あ、いや、なんでもない。それより早く教室行こうぜ」

「そういえば英語の宿題、ちゃんとやってきた?」

「あ」

「ノート、見せないからね」

「えぇ~! 悠、頼む!」

「それじゃあ広樹のためにならない」

「今回だけ! 今回だけだから!」

「今回だけってセリフ、これで何度目?」

「ほんと今回で最後だから!」


 必死に頼み込む俺に、悠は「しょうがないなぁ」と言いながら笑っている。その顔だけで俺はやっぱり嬉しくなった。

 放課後、クラス全員のノートを持って行くという悠を手伝って職員室に行った。職員室は特別棟にあるからか、放課後になっても廊下や階段は静かなままだ。二階は美術部が、三階は吹奏楽部が使っていることもあって、廊下を歩いていると楽器の音が少しだけ聞こえてくる。それを聞きながら歩いていると、悠が「ちょっとトイレ行ってくる」と言って立ち止まった。


「あ、じゃあ俺も行く」


 別にトイレに行きたかったわけじゃない。でも、なんとなく悠と離れたくなくて付いて行った。


(トイレまで付いて来るなって話だけどさ)


 そういえば、小さい頃はしょっちゅう一緒にトイレに行っていた気がする。風呂もよく一緒に入っていたし……と、そこまで思い出してハッとした。


(そっか、小学生までの記憶は偽物なんだっけ)


 それなのに鮮明に思い出せるのが不思議だった。


(でも、どんなにはっきり覚えてても本物じゃないんだよな)


 そう思うと複雑な気分になる。


「広樹、どうかした?」

「え? あ、いや、なんでもない」


 昨日、記憶のことを聞いたときにはなんとも思わなかった。たとえ記憶が偽物でも悠は悠だ。いまもそう思っている。それなのに思い出したことが偽物だと思った途端にショックを受けた。


(これまで一緒にいたことの半分以上が偽物だったってことか)


 そう思うと胸がズキズキした。思い出が一気に消えてしまったような気がして嫌な気分になる。


(でも、これからはもっと思い出作れるわけだし)


 そうだ、これから先のほうがたっぷり時間がある。そう思い、嫌な気持ちを振り払うように少し乱暴に手を洗った。


「そんな洗い方したら制服、濡れるよ」

「……あ、」

「ほら、こっち向いて」


 そう言われて悠のほうを向くと、タオル生地のハンカチで胸やお腹あたりをポンポンと拭ってくれる。「こういうところがダメなんだよな」と反省しながら、もし悠が転校していたらこういうこともなくなっていたのかと思うと、また気分が暗くなってきた。


「はい、これで大丈夫。……広樹?」


 最後にネクタイを整えてくれた悠をじっと見る。


「あのさ」

「うん」

「もう転校しないんだよな?」


 俺の言葉に驚いたのか、悠が少しだけ目を見開いた。


「転校しないよな?」

「しないよ。する必要がなくなったからね」

「そっか」


 はっきり否定する言葉にホッとした。一緒にいられるなら、これから楽しいことを二人ですればいい。偽物の思い出なんて思い出さなくていいくらいの思い出を作ればいい。そう思ったら段々楽しくなってきた。


「急に笑い出して、どうしたの?」

「いや、これから悠と何すっかなぁって想像したら楽しくなってきて」

「これから?」

「そう。夏休みとか冬休みとか。それに修学旅行もあるだろ?」

「ちょっと気が早くないかな」

「そんなことないって。夏休みなんてあっという間に来るし」

「その前に期末試験があるけどね」

「あー……それは、この際置いといて」


 でも、試験勉強だって二人でやればきっといい思い出になる。


「来年は受験だけど、それだって……そうだ! 俺、悠と同じ大学受けることにする。そうすれば大学でもずっと一緒にいられるよな?」

「大学かぁ」

「え? 悠、もしかして大学行かないのか?」

「その前に高校生やめるつもりだったからね。でも続けるとなると、大学生って道もあるのか」

「これまでの進路表どうしてたんだよ」

「適当に書いてた。どうせ進路相談する頃にはいなくなる予定だったし」


「ちょっと真面目に考えないといけなくなったな」と上目遣いでつぶやく悠に、俺は内心ホッとしていた。

 真面目に考えるということは大学に行くということだ。それなら大学でも悠と一緒にいられる。その先はわからないけど、少なくともあと何年かは一緒にいられるんだと思うだけでワクワクしてきた。


「俺、絶対に悠と同じ大学行くから」

「それはいいけど、どこにするかまだ決めてないよ?」

「決めたら教えろよな」

「うーん、そうなるとなかなか難しいなぁ」

「何がだよ」

「だって広樹でも受かりそうなところってことでしょ? そこに俺が学びたい学部や学科があるといいんだけど」

「ば……っかにするなよな! 俺だってこれからマジメに勉強すれば行ける大学だって増えるし!」

「その勉強、最終的には俺が教えることになるんだよね?」

「そ、れはそうかもしんないけど、いまの俺には伸びしろしかないから大丈夫」

「その自信、どこから出てくるんだろう」

「いいんだよ! それに俺、絶対に悠と同じ大学行くって決めたから!」


 そう言いながらグイッと身を乗り出して悠を見つめた。


「俺、これからも悠と一緒にたくさん思い出作りたいから」


 本気だってことを伝えたくて、さらに顔を近づけて睨むように悠を見る。すると、驚いたような顔をした悠がパッと顔を逸らした。初めてされた仕草に「なんだよ」とムッとしていると、目の前にあった耳がスゥッと消えるのが見えた。


(耳が……って、へ?)


 消えた耳の代わりに、頭の上に違う耳が見える。


「それって……猫の耳? いや、犬?」

「え……って、」


 俺の言葉に鏡を見た悠が固まった。気のせいじゃなければ、頭の上にある耳もピンと立っているように見える。


「悠、それって……」

「ちょっと待って」


 悠が慌てたようにうなじあたりを右手で撫でた。しばらくすると頭の上にあった耳は消えて、代わりに横髪から耳の先が少しだけ出てくる。


「……いまのって」

「驚いた。いままで幻影が消えたことなんてなかったのに。デバイスの調子が悪いのかな」

「幻影……?」

「俺たちはほとんど地球人と同じ姿をしてるけど、耳の位置が違うんだ。本来の耳はこっち側にあって、いま見えてるこれは幻影」


「本来の耳は」と言いながら頭を指した悠が、耳を指で摘みながら「これは幻影」と教えてくれた。


「幻影……」

「ホログラムの一種だよ」

「ホロ……?」

「こうしないと地球人に混じって観光なんてできないからね。さ、教室戻ろう?」

「う、うん」


 人気のない特別棟の一階で、しかも職員室が近いからかほかに人は誰もいない。


(誰もいなくてよかった……んだよな?)


 もしあの耳を見られていたら騒ぎになっていたはず。それとも、俺以外にはホロなんとかというやつであの尖った耳は見えなかったんだろうか。


(……あれが宇宙人の証拠……?)


 頭の上でピンと立っていた猫のような犬のような耳を思い出し、俺は前を歩く悠の頭をジッと見つめた。

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