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 その後も何だかんだありながら、結局悠と過ごす時間はほとんど減らなかった。唯一減ったのは昼休みの時間で、そうかと思えば放課後は相変わらず一緒に過ごしている。

 そんな状況もあって、五月の大型連休前半は悠と一緒に過ごすことになった。「俺ってダメなやつだな」と少しだけ反省し、「やっぱ悠と一緒が一番楽しいし」と大部分は喜んでいる。

 勉強なんてそっちのけで、いつもどおり二人でやり込んできたゲームをさらにやり込んだ。ゲームに疲れたら悠が持って来た漫画をああだこうだ言いながら一気読みする。連休中も悠の両親は海外に行っているらしく、俺の家に泊まることになった三日間は文字通り朝から晩まで悠と過ごした。

 そんな楽しい前半のせいで、用事があるからと別々に過ごすことになった後半は退屈でしょうがなかった。


(悠がいないと、やっぱ暇だなぁ)


 やることはいろいろあるはずなのに、どうもやる気が起きない。帰り際に「宿題、忘れないようにね」と言った悠の顔を思い出し、渋々教科書とノートを出す。


(明日は……じいちゃんちに行くんだったっけ)


 適当に宿題を終わらせ、翌日は両親に連れられて親戚の家に行った。久しぶりに会った従兄弟たちともゲーム三昧になったものの、やっぱり悠とやるほうが楽しい。「いまごろ何してんのかな」なんて考えては「だから、そういうところ!」と自分を叱ったりして残りの連休を過ごした。

 こうして長い連休を少しだけつまらなく感じていた俺は、休み明けの学校を密かに楽しみにしていた。「また悠と一緒にいられる」と目標そっちのけで考えていたけど、衝撃的な話を耳にしていろんなことが吹っ飛んだ。


「なぁ、山内が転校するって本当か?」


 職員室にプリントを取りに行ったクラスメイトにそんなことを聞かれて、思わずポカンとしてしまった。


「転校って……誰が?」

「さっき職員室で山内と友ちゃんがそんな話してたからさ」


 友ちゃんというのは担任の中林先生の愛称だ。担任が話していたということは、つまりそういうことなのだろう。


「……いや、知らないけど」

「広樹が知らないってことは聞き間違いだったんかなぁ」


 そういってクラスメイトが去って行く。残された俺は「悠が転校?」とつぶやいて、すぐに「まさか」と思った。


(もし転校するなら俺に真っ先に言うはず)


 でも、連休中そんな話は出なかった。今朝起こしに来たときも普通だったし母さんからも何も聞いていない。転校するのが本当なら悠のお母さんから何か聞いているはずで、それを母さんが俺に言わないはずがないからだ。


(……そういや連休中、悠と一緒じゃなかったのは今回が初めてだ)


 幼稚園のときから去年まで、五月に限らず連休のときはいつも悠と一緒だった。大体はどちらかの家に泊まって朝から晩まで一緒に過ごす。やるのはゲームか漫画を読むかがほとんどで、中学三年のときは連休が来るたびに一緒に受験勉強をした。あのとき悠と一緒に勉強していなかったら、こうして同じ高校に通うことなんてできなかったに違いない。

 そういう休みがこれからも続くんだとばかり思っていた。大学受験のときも悠と一緒に勉強するんだと思い込んでいた。


(だから、そういうとこがダメなんだよ)


 そう思って少しずつ悠と距離を置こうと目標を立てたはずなのに、本当にそうなるのかもしれないと思うと胸がザラザラする。きっと心のどこかでは「高三になっても大学生になっても、案外いまと変わらなかったりして」なんて思っていたんだろう。何より転校のことを一番に話してくれないことにムカッとして、同じくらい悲しくなった。

 この日、俺は昼飯を悠と一緒に食べなかった。顔を見たら余計なことを言いそうで、まともに顔を見ることもできなかった。

 昼休みはまったく用事のない運動部の部室棟の裏で時間を潰した。放課後も悠がクラスメイトと話している間に教室をそっと抜け出した。そうしてこれまた一度も来たことがなかった駐輪場の建物の脇にある花壇の縁に座って、「夕日がきれいだなぁ」なんてぼんやりと空を見上げる。


(結局、無理して一緒にいる時間を減らさなくてもよかったってことか)


 転校するなら自動的に一緒に過ごす時間が消えてなくなる。こんなことならもっと一緒に過ごすことのほうを考えればよかったなぁなんて後悔した。


「後悔先に立たずって、こういうときに使う言葉だったんだな」


 夕暮れの空を見ながら、ついそんな言葉が口を突いて出る。


「後悔って、何を後悔してるの?」

「……悠」


 駐輪場の脇から出てきたのは悠だった。チャリ通じゃない俺たちが駐輪場に来ることはまずない。俺もこっち側に来たのは今日が初めてだ。

 だから悠に見つからないと思ってここを選んだ。それなのに、まさかこんなに簡単に見つかってしまうなんてと驚いてしまって言葉が出てこない。


「今日の広樹、ちょっと変だよ? 何かあった?」


 何かあったもなにも、おまえが転校のこと話さないからだろ。心の中でそう突っ込んだものの、隠していることを俺から話すのもムカつく。モヤモヤしながら「別に」とそっぽを向くと「どうしたの?」と言いながら悠が近づいてきた。


「朝は普通だったよね? でもその後ずっと変だ。顔を合わせようとしないし、昼も隠れるようにいなくなった。放課後もこんなところに来るなんて、何かあったんじゃないの?」


 チラッと見た悠は不思議そうな顔をしている。そんな顔をすると言うことは、俺が転校の話を知っているなんて思っていないんだろう。それとも俺が気にしないとでも思っているんだろうか。


(なんだよ。俺たち幼馴染みじゃないのかよ)


 それに一番の親友だ。それなのにこんな大きな隠し事なんて、腹が立つより悲しくなってくる。


「あのさ」


 悲しくなりながらも聞かずにはいられなかった。しょんぼりしているのがわかる自分の声に、悠が「なに?」と言いながら隣に座る。


(……俺のカバン持ってきてくれたんだ)


 悠の手には二人分のカバンがあった。一つは悠のカバンで、もう一つは好きなゲームのキーホルダーを付けている俺のカバンで間違いない。


(ってことは、最初から俺を見つける気満々だったってことか)


 そういえば昔から悠は俺を見つけ出す天才だった。黙ってどこかに行っても必ず俺を見つける。おかげで隠れんぼで悠から逃げ切れた試しがない。小学生のときに遠足で俺が迷子になりかけたときだって悠が見つけてくれた。


(……いや、見つけてくれたのは別の誰かだったっけ)


 半泣きになっていた俺の手を握ったのは……やっぱり悠だった気がする。それなのに思い出そうとすると相手の姿がぼんやりしてわからなくなる。


(いやいや、あれは悠だった。俺がいないことに気づくのは悠しかいない)


 いつも一緒にいたのは悠で、小学校も六年間ずっと同じクラスだった。修学旅行も同じ班だったし、集合場所に間に合わなくなりそうになって二人で走ったことも覚えている。そういえば施設を回る順番をどうするかでケンカしたのも悠で……いや、別の誰かだったかもしれない。頭に浮かぶのは悠のはずなのに、なぜか姿だけがぼやけてしまう。


(中学のときの修学旅行はバッチリ思い出せるのに)


 それなのに小学校のときのことを思い出そうとするとぼんやりした。変だなと思いつつも、いまは転校の話だと隣に座る悠を見る。


「あのさ」

「なに?」

「悠、転校するのかよ?」


 聞いた途端にモヤモヤした気持ちになった。「転校」という言葉を言うだけで胸がズキッとする。転校するのも寂しいけど、やっぱり教えてくれなかったことのほうがショックが大きい。「俺って幼馴染みで親友じゃなかったのかよ」と悲しくなりながら半分睨むように見ていると、「あぁ、そのこと」と悠がいつもと変わらない声で答えた。


「そのことって……」


 あんまりにもあっさりした反応に戸惑ってしまった。なんでもないことのように「そうなんだ」と返ってくる。


「マジで転校するのか?」

「うん」

「……いつ決まったんだよ」

「連休中にね」

「……だから用事があるって言ったのか」

「うん」


 悠の表情は変わらない。それが大したことじゃないと考えているように見えて、ますます悲しくなった。悠は俺と一緒にいなくても平気なんだろうか。この先一緒じゃなくてもいいんだと考えるだけで、胸がぎゅっと摘まれたような気がして嫌な気分になる。


「なんで教えてくれなかったんだよ」

「そのうち言うつもりだったんだ」

「そのうちって、」

「まだいろいろ調整しないといけなくてさ。ちゃんと準備できたら言おうと思ってた」

「でも、友ちゃんにはもう話したんだろ?」

「担任だからね。どっちにしても学校は出ることになるし、そういうのって手続きが必要だって聞いたから」


 淡々とした悠の言葉に段々とイライラしてきた。手続き云々があるとしても、幼馴染みの俺にどうして一番に言ってくれなかったのかと腹が立ってくる。「幼馴染みで親友だって思ってたのは俺だけだったのかよ」と思ったら涙が出てきた。


「広樹?」

「……なんで、俺に一番に言わないんだよ」

「だから、ちゃんと決まったら言うつもりだったって、」

「そういうことじゃないだろ! 転校とかって、普通は大事な奴に一番に言うもんだろ! なのにおまえは……っ。それじゃ、俺なんか大事じゃないって言ってんのと……っ」


 そこまで言って言葉が止まった。涙がポロポロ出てきて喉が詰まる。段々何が言いたいのかわからなくなって頭がグルグルしてきた。


「そうか、そのあたりはわからなかったな」


 いつもと雰囲気が違う声に悠を見た。泣き出した俺を馬鹿にしているのかと思ったけど、そういう感じには見えない。


(……悠、だよな?)


 なぜかそんなふうに思ってしまった。隣に座っているのは悠で間違いないのに、どうしてか悠じゃないような妙な感じがする。なんとも言えない違和感に怒りも涙もスッと消えた。


「おまえ……悠だよな?」


 思わずそんなことを言ってしまった。「なに言ってんだよ」と自分でも突っ込みたくなる内容なのに聞かずにはいられない。こんな悠はこれまで見たことがない。突然知らない人になった気がして不安になる。


「そうだね、悠といえば悠かな」


 意味がわからなかった。はぐらかされている気がして「おい」と口にしたけど、俺を見ている表情まで別人に見えて、それ以上突っ込めない。


「それなりにうまくいってると思ってたんだけど、やっぱり難しいな」

「……何の話だよ」

「悠になりきる話」

「なりきるって……だっておまえ、悠だろ?」


 俺の質問に悠がにこっと笑った。これまで何度も見てきた笑顔なのに、やっぱり別人のような気がして背中がゾクッとする。


「たしかに俺は悠だけど、そもそも山内悠なんて人間は存在しないんだ」

「……え?」


 悠の言葉に俺は呼吸も忘れるくらいピタッと動きを止めた。

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