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 一人で帰宅した俺は、悠としようと思っていたゲームを一人でやった。ゲーム自体はおもしろいし、ネットワークに繋げば悠がいなくてもボス戦を周回することはできる。お目当てのレアアイテムもいろいろ手に入った。


(でも、なんか楽しくないんだよなぁ)


 きっと隣に悠がいないせいだ。ついそう思ってしまう自分にため息が出る。すぐに悠のことを思い出す癖を何とかしないと、この先本当に悠がいないと何もできなくなりそうな気がした。俺がこんなふうだと悠にも迷惑をかけてしまうに違いない。


(大学もその先もずっと悠と一緒なら、こんな面倒なこと考えなくていいのに)


 悠とずっと一緒なら、これからもずっと楽しいのに。そんなことを考えた自分にハッとした。


(いやいや、ずっと一緒とかあり得ないし)


 いくら何でもそれはない。大学までならまだしも、その先もずっと一緒にいられるはずがなかった。そんなことはわかっているのに、悠とずっと一緒にいたいなんて何を考えているんだろう。

 モヤモヤしていると、「ねぇ、悠くんいつ来るの~?」と母さんがキッチンから顔を覗かせた。


「帰るときまた明日って言ってたから、今日は来ないんじゃないの」


 モヤモヤした気持ちのままだからか、つい素っ気ない声で返事をしてしまった。ちょっとだけ反省しながら目はゲーム画面を見続ける。


「あら、そうなの? てっきり来るんだと思って夕飯多めに作っちゃったわ」


 一緒に夕飯を食べる話はしていたけど、約束をしていなくても母さんはいつだって多めに作る。いつ悠が食べに来てもいいようにと考えているみたいで、そのくらい母さんは悠が大好きだった。


(父さんも悠がいるとちょっと嬉しそうなんだよな)


 悠は俺たちにとってもはや家族みたいなものだ。その延長線上に学校生活があるからか、悠と一緒にいることが当たり前だと思い込んでしまっている。悠の隣にいるのが普通で、この先もずっと一緒にいるんだと当然のように考えてしまった。


(そんなわけないのにさ)


 ゲームをセーブして電源を切る。片付け始めた俺に母さんが「悠くん、呼んできてくれる?」なんて言い出して、ついイラッとしてしまった。


「嫌だよ。それに食べるつもりなら勝手に来るだろ?」

「なぁに、あなたたち喧嘩でもしたの?」

「だからしてないってば!」


 思わず強く返事をした自分が嫌になった。そっぽを向いていると「今日からご両親が海外出張だって言ってたんだけど、悠くんご飯どうするのかしらねぇ」と言いながら食器を並べ出す。


「海外出張って、二人とも?」

「そう聞いてるわよ? ええと、お父さんがドイツでお母さんはフランス……イギリスだったかしら? とにかくヨーロッパに二週間くらいって、悠くんが言ってたわよ?」

「そうなんだ」


 悠の両親は仕事でしょっちゅう海外に行っている。小さい頃からそうだったらしくて、だからよく泊まりに来ていたんだろう。ご飯だってほとんど俺の家で食べていたし、俺が泊まりに行くときも悠の両親に会ったことはない。


(そういや悠の両親に会ったこと、一度もなかったっけ)


 卒業式や入学式でも見たことがなかった。悠は「先に帰ったよ」なんていつも言うけど、本当にそうだったんだろうか。一瞬「育児放棄」という言葉が脳裏をよぎる。慌てて「んなことないよな」と思ったものの、胸のあたりがギュッとした。


(悠は俺と同じ一人っ子で、しかも親もほとんど家にいないんだよな)


 そう思うとますます胸が苦しくなる。いまも一人きりなのかもしれないと思うと、急に悠のことが心配になった。それなのに学校でのことを思い出してしまうせいか、どうしても呼びに行くことができない。それならとスマホを手にしたもののメッセージを送ることもできなかった。

 結局この日は悠が夕飯を食べに来ることはなく、寝るまで俺は一人きりで過ごした。

 こうして若干モヤモヤしたまま迎えた朝はいつもどおりに始まった。


「広樹、起きて。朝だよ」

「んー……」

「起きないと朝ご飯食べる時間なくなるよ?」

「……あと一時間……」

「そこで五分って言わないのは可愛いんだか可愛くないんだか」

「……はるか?」


 瞼を開けると目の前に悠の顔があった。目を開けるとすぐに「おはよう」とにっこり微笑む悠を見るのはいつもと変わらない。


(なんだ、いつもの悠じゃん)


 なぜかホッとした。昨日の俺の態度に腹を立てているわけじゃないとわかって飛び起きる。


「悠!」

「お……っと、どうした?」


 飛び起きた勢いでベッドに座っている悠に抱きついた。そのままぎゅーっと抱きしめると、ポンポンと背中を優しく叩かれた。


「昨日はその……ごめん」

「俺のほうこそ、ゲームの約束してたのにごめん」

「それは! ……俺が用事あるって言ったからで、悠は悪くないじゃん」

「そうだけど、約束してたからさ」


 そう言って今度は肩をポンポンと叩かれた。慌てて体を離すと、すでに制服を着ている悠が「さ、朝ご飯食べに行こう?」とベッドから下りる。


「あのさ、昨日の夕飯どうしたんだ?」


 気になっていたことを聞くと「夕飯?」と首を傾げ、「あぁ」と俺を見た。


「そっか、そっちの約束もしてたっけ。ごめん、昨日はちょっと母さんと電話してて忘れてた」

「悠のお母さんって、いま海外なんだろ?」

「うん。二週間は帰ってこないかな」

「お父さんもなんだよな?」

「そっちも二週間は帰ってこない」


 何でもないことのように話す顔はいつもの悠だ。すっかり見慣れた様子だから気づかなかったけど、両親そろって二週間もいないなんて寂しくないんだろうか。


(それに家に一人きりとか、絶対寂しいだろ)


 少なくとも俺は寂しい。そう思うと悠を一人にしたらいけない気がした。


(悠のやつ、寂しいなら寂しいって言えばいいのに)


 やっぱり俺が一緒にいてやらないとと考えたところで、それじゃあいままでと一緒だということに気がつく。このままじゃ悠に新しい友達ができない。悠だってもっとたくさん友達ができたほうがいいはずで、それを邪魔するのは幼馴染みとして最低だ。


(でも一人にはしたくないし、かといって俺が一緒でもダメだし……どうしたらいいんだろう)


 悩む俺に「ほら、着替えるよ」と言って悠が制服を差し出した。


「はい、シャツを着て。次はズボン。はい、靴下はこれ。タイはあとでしてあげるから、先に顔洗おうか」


 パジャマを脱ぎ、一枚ずつ渡される制服をおとなしく着る。そうして着替え終わると洗面所に連れて行かれた。


「はい、顔洗って」


 顔を洗う俺の背後に立った悠は、俺が顔を上げる前にタオルを差し出した。そうして拭いている間に寝癖がついた髪の毛をいい感じにまとめてくれる。


(こういうのがダメだっていうのに)


 朝ご飯の目玉焼きに醤油をかけてくれたり、母さんに渡しそびれたプリントをカバンから出してくれたり、その後も悠はいつもどおり俺の世話を焼いた。ご飯の後は並んで歯磨きをして、母さんに見送られながら一緒に学校に行く。


(よく考えたら、マジで俺って悠がいないと生きていけなくなってるのかも)


 いまさらながらそんなことを思った。朝から悠に世話を焼いてもらって、きっとこのまま教室でも同じように過ごすんだろう。休み時間も昼飯も昼休みも、放課後だって悠と一緒に過ごすに違いない。


(それじゃダメだってわかってるけど、俺から嫌だなんて言えないし)


 そもそも嫌だなんて思っていないから言いたくなかった。できればいままでと同じように一緒にいたい。でも、それじゃあ悠の邪魔をしてしまう気がしてモヤモヤする。悶々と考える俺とは違い、悠はいつもどおりの様子で俺の隣を歩いていた。


「……っていうか、いつもどおりすぎないか?」

「うん? どうかした?」

「だって、昨日のこと怒ってないのかなと思って」

「別に怒ってないけど。それに広樹だっていろいろやりたいことあるだろうし。俺のことは気にしなくていいから」


 そう言ってにこっと笑うのもいつもどおりだ。


(そういえば悠って怒ったことないよな)


 俺が我が儘を言っても理不尽なことをしても、悠はいつも笑って許してくれる。小さい頃からずっとそうだった。幼稚園のとき、お気に入りにおもちゃを取られたくなくて悠から無理やり奪い取ったことがある。あのときも悠は怒らずに俺に譲ってくれた……ような気がする。


(いや、あのときは怒ってたっけ……?)


 そうだ、おかげで殴り合い……まではいかなかったにしても、お互いに叩き合う大ゲンカになった。その後、迎えに来た母さんに散々叱られたのも覚えている。


(ってことは、あれは悠じゃなかったんだな)


 ということは、少なくとも幼稚園の頃は悠以外とも遊んでいたということだ。悠も俺以外と遊んでいたんだろう。


(そりゃそうか。それに悠は昔から超がつくほどの人気者だったし)


 チラッと隣を見る。すっかり見慣れてしまったから気にすることもなくなったけど、悠はかなりのイケメンだ。かっこよくて優しいから、昔から女子にモテまくっている。その証拠に小学生のときにはすでに何人もの女子たちに告白されていた。極めつけはバレンタインチョコで、毎年ランドセルに入りきらないほどもらっていた……と思う。


(たくさんもらってたよな?)


 そのはずなのに、なぜか思い出そうとしてもうまく思い出せない。


(いや、もらってた。それが羨ましくて、帰りにいっつも突っかかって……いたよな?)


 駄目だ、なぜか思い出そうとすればするほどぼんやりしてきた。全部そばで見てきたことなのに、どうしても思い出せない。それどころか、小学生のときの悠の姿までぼんやりしてきた。


「広樹?」


 声をかけられて悠の顔を見る。いつもどおりのイケメンで、幼稚園のときからずっと見てきた顔だ。


(そうだ、この顔を俺が忘れるはずがない)


 いくら小学生のときのことだったとしても、たった数年前のことを忘れるなんてあり得ない。


「どうかした?」

「いや、小学生のときのことなんだけど……いや、別にいい。ちょっと思い出せないことがあっただけ」

「大丈夫? もしかして寝不足?」

「そうかも」


 たしかに昨日はモヤモヤして寝付きが悪かった。そのせいでぼんやりしているのかもしれない。


「ちゃんと寝ないと駄目だよ」


 そう言った悠がポンと頭を撫でた。いつもどおりの悠の様子と手の感触にホッとする。安心したからか、小学生のときの出来事が急に鮮やかに蘇った。


「そういや今年もバレンタインチョコ、けっこうもらってたよな」

「え? 急に何の話?」

「小学生のときから悠ばっかりチョコもらってるよなって話。それに今年ももらってただろ? 男子校なのに、なんで悠ばっかりチョコもらえるんだよ」

「そんなこと俺に言われても困る。学校までチョコ持って押しかけてきたあの子たちに言いなよ」


 それはそうだ。それにもらうほうの悠も取り囲まれて大変そうだった。


「悠は昔からイケメンで優しいから、他校でもすぐ有名になるんだろうけどさ」


 俺の頭をもう一度ポンと撫でた悠が「俺、そんなに優しくないんだけどなぁ」なんて口にする。


「そんなことないだろ? みんな優しいって言ってるぞ?」

「そうでもないよ」

「クラスで聞いてみろよ。全員、悠は優しいって答えるから」

「みんなに優しいわけじゃないのは本当だよ?」


「そんなことないって」と食い下がる俺に「生きる術以外で優しくする必要はないからね」と悠が笑う。いつもと同じ笑顔のはずなのに、初めて見るような雰囲気の表情に「悠ってこんな顔だったっけ?」なんて変なことを思ってしまった。そんなふうに一瞬でも思った自分に驚く。


(やっぱり寝不足なんかな)


 新学期早々いろいろ考えすぎたせいに違いない。そう思いながら「うーん」と背伸びする俺を、悠はいつもと同じ笑顔で見ていた。

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