待ち時間のしゅわしゅわベリー
エリナは今、ひとり外のテラス席に座ってバラ庭園を眺めている。
ぼーっとここに座って、柔らかくテラスに差し込む光を浴びているだけで、心の中のモヤモヤしたものが飛ばされ、消えていくように感じられた。今はもう何がエリナの心に影を落としていたのかすらも思い出せない。
スッと目を閉じる。すると、かすかに吹いている風が、そよそよと自分の髪を揺らしているのを頬に感じる。目を閉じていても、周囲の明るさを感じられた。ゆっくりと目を開けると、目を閉じる前と変わらない景色が広がっている。バラ園のもっとむこうにはキラキラ輝く湖と、そのずっと向こうに山が見える。この景色をみているとエリナは、このまま眠りについてしまえるんじゃないかと思うくらい落ち着いた気持ちになれた。
「エリナ、寝そうじゃん。」
後ろから声を掛けられる。声の主は、最近この洋館で知り合ったカルロだ。
「うん、すごい気持ちがよくて。」
「そのまま寝たらどうなると思う?」
「?どうもしないでしょ。」
「今日のティーはマリーサとグアダルーペがどうしてもエリナに試してみてほしいって話じゃなかったか?そのまま寝たら、文字通り叩き起こされるだろうな。あの、元気いっぱいな姉弟に。」
「ああ、そういうこと?」
話をしながら近づいてきたカルロが、エリナの隣の席に着く。
「あの二人、相当エリナのこと気に入ってたもんな。」
「そうなのかな。だったら嬉しいけど。」
「次のティーでは故郷メキシコのカフェ文化をエリナに教えるんだって、この前初めて会ったばかりの時に、えらく気合入ってただろ?」
「あはは、そうだねえ。あのお茶会、あの勢いは印象に残ってる。特にマリーサ。」
この洋館でシャルロッテやカルロと会うようになり、何度か三人だけのお茶会を経た。その後に、マリーサとグアダルーペというメキシコからきた双子の姉弟とも知り合った。彼らは、最初のお茶会でタマラに教えてもらった「何度も洋館を訪れた記憶のある人間」の内の二人だ。
エリナがメキシコ料理を好きなことと、さらに歴史にも興味があったことで、そのお茶会時のエリナはとても良い聞き役に徹していた。それで火がついたのか、元来世話好きな性質なのか、もしくはその両方だろうか。今日のティータイムにはメキシコのカフェ文化を堪能してもらうと言って二人で張り切っていた。今は、ここの女主人のラウラとくま執事、そしてネコのタマラと一緒に話をして、なにやら準備をしているらしい。
「エリナ、カルロ、そろそろ準備できるみたいよ。」
伝言を携えたシャルロッテが、テラスにやってきた。
「外で待っていてと言われたわ。」
「そうなんだ、教えてくれてありがとう。」
「二人とも、すごく楽しそうだったわ。いったい何をするのかしら。」
そう言いながらシャルロッテは、わくわくを抑えきれていない様子だった。どのくらいわくわくしているかというと、ティー・タイムに大好きなスパゲッティ・アイスをみんなで食べるときくらいだ。
エリナとシャルロッテがそんな言葉を交わしていると、おもむろにカルロが椅子から立ち上がった。今日のシャルロッテはひらひらと可憐な動きやすいティーガウンではなく、ボリュームのあるスカートがふんわりと広がったドレスを着ている。そのせいで一人では座りにくそうなシャルロッテのために、カルロが椅子を引いてあげようとしていたのだった。
「どうぞ。」
「ありがとう。」
シャルロッテがこの服装のときに見られるやり取りだったが、エリナはこの二人の「どうぞ」と「ありがとう」のやり取りが好きで毎回ほっこりとした気持ちになり、とても癒されていた。なんというか、洋館のバラ庭園の前という場所も相まって、すごく物語的な情景なのだ。
「そろそろって、あとどのくらいだろうね。」
「もうすぐってことは、三十分以内には来るだろ。」
エリナがほぼ独り言のような疑問を声に出すと、カルロがいたずらっぽく笑って返事をくれた。あはは、と笑って「そうなの?」と返す。
「ふふふ。マリーサがもうすぐって言っていたわりには、まだ決めるべきことがあるからってグアダルーペが話を続けていたわよ。」
シャルロッテはその場面を思い出しているのだろう、笑いながら教えてくれた。
「そうなんだ。じゃあもうちょっとここで、三人でおしゃべりしてようか。」
「そうだな。あと一時間くらいゆっくり話そう。」
「うん、あはは!」
「ふふふ。一時間、かかったら面白いわ。」
ここにきて何度目かの三人での会話になるが、お茶会では毎回いろんなことを話すせいで既にお互いの性格も一通り理解しており、三人ともかなり打ち解けた関係になっていた。そのため、三人一緒にいるときはとてもリラックスできている。
エリナから見ると、シャルロッテのことも最初よりかなり年相応か、むしろ少し幼めの印象に変わったし、カルロも初めの印象通りにずっと優しいのだが、なかなか調子がいいというか、楽しいユーモアを見せてくれる側面があることも分かっている。
「お!さすが仕事のできるクマ!」
不意に、カルロがテラスの入り口に向かって大げさに拍手をしてみせたので、エリナもその視線の先を追いかけると、くま執事が銀のお盆に飲み物を運んできてくれていた。
「まあ、ありがとうクマちゃん。…わあ!素敵!」
一番入り口に近かったシャルロッテが、お盆の上の物をみて感嘆の声を上げている。エリナもテーブルに置かれたグラスを見ると、ベリーとミントがしゅわしゅわと浮かんだ炭酸水のようだった。
「わあ~、美味しそう!」
エリナは顔の前で小さく拍手をしながら、ベリーの炭酸水を歓迎した。
「ちょうど喉が渇いたなと思っていたところに、だ。ありがとう。」
カルロがくま執事にお礼をいうと、くま執事はペコリと頭を下げて室内に戻っていった。シャルロッテとエリナもお礼を言い、さっそくテーブルの上の炭酸水に手を付ける。ストローが差してある各々のグラスの横には、ベリーをすくって食べられるように持ち手の長いスプーンが置かれていた。チラリとみてみると、シャルロッテはまず見て楽しんでいるところだった。カルロの方を見てみると、彼はさっそくベリーから味わっているようだ。
「!パチパチしててうまいな。」
その様子を見てエリナは、炭酸水から飲もうとしていた手を止める。こういう時、他人の食べ方が美味しそうに見えてしまったら、自分もそれで食べてみたいという気持ちに駆られてしまうものだ。そういうわけでエリナもパクっと、グラスにうかんだ赤いベリーの実をいただく。
「ほんとだ!しゅわしゅわしてる。」
その様子を見たシャルロッテも、すぐにスプーンを手に取って中のベリーを食べた。
「!すごい、しゅわしゅわベリーになってる!」
その語彙と表情の可愛らしさに、エリナの胸は高鳴った。可愛いものをみてきゅんとするのは仕方がないことなのである。
「ね~、おもしろいね!炭酸水も、なんかほんのりピンクだし、甘いし。」
コクコクと頷きながら炭酸水を味わうシャルロッテに、胸の高鳴りなんてないかのように、あくまで良きお姉さんらしくニコッと笑いかけて、ちゅーとストローで炭酸水を味わう。隣では、カルロがストローを外して、グラスから直接飲んでいるところだった。
「食べれるし、飲めるし、結構忙しいなこれ。」
早くもグラスの中身を飲みほしかけている。
「ハッピーな忙しさですね。」
「まちがいない。」
その後も三人は、故郷のことや、兄弟のこと、好きな本のことなどを話しながら、なんてことのないほのぼのとした時間をすごした。
「もうすぐ行くから!」と言ったらしかった姉弟は、一時間こそ経過しなかったが、シャルロッテの伝言から数十分たってやっと、大きなバスケットを携えて三人の待つテラスにやって来たのだった。
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