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迷子の友人のお話

 

「ちょっと、聞いてくれますか?!」


「にゃあ!話してみるにゃ!」


 自分がどうやって洋館までやって来たかの話をする中でさゆみは当時の友人の態度を思い出し、腹が立ってしまったらしい。雰囲気は完全に女子会のそれになってきていた。

 とりあえず、エリナは聴きに徹することにする。隣で、タマラがふわふわの両前足をパッと広げている。


「友達っていうのは、今は大学に通ってる私の高校時代の同級生のことなんです。むこうが来て欲しい時はすぐ呼び出すし、来ないと文句言うのに、私がお願いすると機嫌が悪くなるんですよ!私、高卒で春から会社で働いてるから、そんなに自由な時間ないのに。むかつく〜!」


「あらまあ、本当に来るのが難しかったのではなく?」


「絶対違います!もともと、友達の家に集まってみんなで映画見ようって話だったんです。ただ今日は私、仕事遅番だったし無理だから断ったんです。私は休みの日に、終電逃した友達を迎えに行ってあげることあるのに…!今日はお酒飲まない人もいたから、絶対に誰かは来れたはずです!」


「ふふ…そんなに怒るってことは、今日のことだけじゃないのね?」


 ラウラの指摘で燃料が投下されたようで、さゆみはさらにぷんぷんとし始めた。


「そう!そうなんです!」


「そんなに怒るのに、なんでお友達にゃ?」


「タマラさん、それ言っちゃいます?…いや、人脈は広い方がいいっていうか。それに、みんななんだかんだいつも私とつるんでくれるし…」


 さゆみは紅茶に口をつける。香り高いダージリンの風味に落ち着いたかのようにみえたが再び、カッと顔をあげる。


「ていうか!私、周りからはいい会社に入って、いつも人に囲まれて、いろんな場所に遊びに行って、社会人として順風満帆な人生を送っている~とかって言われるんだけど、そんなもん私が努力しているからに決まってるじゃん!私だって色々と気つかってるし!めっちゃ怒られるし!仕事キツイ、しんどい、って話なのよ!会社では、若いからってどうのこうの、いろいろ言われるし…!」


「…そんなに怒るのにお友達と仲良くできるのは、そのお友達のことが好きなんにゃねえ。」


「いや、全然普通!」


 再び怒り心頭モードに突入したらしい。さゆみの勢いに、さすがのタマラも「そうなんだにゃあ…」とだけ返し、ラウラは心配そうな顔でさゆみを見つめている。

 ふと、ラウラと目が合った。

 なんて無いようなことだったが、エリナは何故かドキリとした。そのままの勢いでさゆみに話しかける。


「さゆみちゃん、さみしいの?」


「!」


 さゆみがびっくりした顔で、エリナを見る。


「いま聞いた内容しかわからないけどさ。お友達の行動に傷ついたのなら、嫌だって言ってみたり、提案?とか、意見するなりしたらいいんじゃないって思ったんだけど…そんなに簡単な話じゃないってことなのかな?」


「そんなことしたら、嫌われちゃうかもしれないじゃない。遊ぶ友達いなくなるとか、無理じゃない?」


 意外な言葉が返ってきた。この子の人懐こい明るさは、根底にこういう意識があるからなのだろうか。


「う~ん、なるほど。それやってるとさ、みんなに囲まれていても孤独に思える時ってないかな。私は、あったんだけど。」


「うーん。いや、そこまではないかな。ただ、求められたり期待されると、裏切れないとは思う。」


「あー、優しいんだ。人情味あるってかんじ。」


 意見は違っても、さゆみの率直な物言いがエリナには心地よかった。


「けど、自分が嫌だと思うポイントを無視してやっていくの、しんどくない?…あ、ごめんなさい。あなたのやり方を悪く言うつもりはなかったんだけど…」


 さゆみの素直さにつられて、さっき出会ったばかりなのに長年の友人への話し方と同じようにしてしまう。エリナは反省し、すぐに謝った。怒らせてしまったかなと思いそっと顔色を窺うと、さゆみは何ともないといった様子でカラッとした笑みを見せた。


「いや、大丈夫ですよ。心配してくれてるんでしょ?エリナさんの言っている意味は分かるから。私も、似たようなことは思ったことがあるし。けど、結局そういうのってお互いさまっていうか。人間持ちつ持たれつでしょ?」


 言い終わるとさゆみはニコっと笑って見せた。


「ラウラさんはどう思う?私の話。」


 ここで、一旦ラウラに意見を求めるさゆみ。ラウラはうーん、と考えた様子をみせ、それから笑顔で話し始めた。


「うーん、そうね。さゆみはとても良い子だから、これからも周りはあなたを独りにすることはないでしょうね。」


「?…うん。」


 さゆみは要領を得ないといった顔だ。ラウラは微笑みをたたえたまま、しかし淡々とさゆみに語り始めた。


「さゆみは頑張り屋さんだってことよ。自分と同じ時間を過ごしてくれる彼らに対して、あなたが優しくありたいと思うことは理解できるわ。さゆみからみて、あなたの周りにいる人たちはどういう人たちなの?」


 先ほどはさゆみの勢いに押されて少し控えめにしていたタマラが、いまはしっかりと話を聞いている。


「わかんない。一緒にいると楽しいけど、全部納得?してるわけじゃないっていうか…けど、わたしも友達も、持ちつ持たれつだから。お互いにいつだって相手のことをかんがえられるわけじゃないし。」


 エリナは、さゆみの反応にほんの少しだけ拒絶の色が見えた気がした。たしかに、初対面でするような話じゃないかもしれない。本来はもっとこう、愚痴の言い合いみたいな、一時の同情とか、慰めとか。そういうもののやり取りに終始するのが、知らない者同士の会話としては無難な気がする。


「ごめんね、気を悪くしないでほしいのだけど、あなたたちの友人関係が悪いものだって言ってるんじゃないのよ。あなたが、努力しているのに分かってもらえてないとか、お友達が自分のことを考えてくれないとか、そういう感情を覚えるのだとしたら、少し心の中を整理してみるのも良いのではと思ったのよ。」


 さゆみがラウラをじっと見つめる。すぐに目線が宙をさまよい、言われた通りに頭の中を整理してみているんだろうことがわかった。


「うーん、友達。…いい思いも、嫌な思いもするってかんじかなあ。一緒に遊ぶと楽しいけど、もっと考えてほしいって思うことはいろいろある。」


「例えばね?あなたのことを考えてくれる人も、あなたに考えてもらおうとする人も、あなたの側からは離れないでしょう?前者はあなたのためだけど、後者はあなたのためじゃない。けど、表面上にみえる行動は同じ。あなたが本当に腹を立てているのは、後者の人たちの態度に対してなのだとしたら?」


 ラウラは体をさゆみの方に向け、表情はやわらかいままだが、真剣なまなざしで話を続ける。


「さゆみ、あなたってとっても良い子でしょう?初対面でも、こんなにたくさんお話してくれるし、嫌な顔一つしない。きっと、誰かと一緒にいるときはサービス精神たっぷりにその場をまとめたり、盛り上げたりしてくれるんじゃないかしら?すごく楽しくて優しいひとなのね。けど、そんなあなたが日々気疲れしまっているとしたら、もしかするとそれをただ「消費」しようとする人たちも寄ってきているってことじゃない?」


 ここでラウラの顔が少し焦ったような、心配そうな表情にかわる。


「お友達がそうだっていってるんじゃないのよ。さっきのあなたの不満は、そういう別の要因によってもたらされたものもあったんじゃないかと思って。それは友人関係なのかもしれないけど、どちらかというと会社とか、家庭環境とか、そういうものじゃないかしらってことよ。」


「…ありがとうございます。まあ、そういう人も周りにはいます。けど、それが人間ってものだとおもっていますから。会社だと、表面上の付き合いも多いですし、友達も全員が信頼できて、なんでも話してるわけじゃない。付き合いの浅い子もいます。」


 ほんの一瞬だけ、沈黙が訪れた。

 気まずさを感じとったエリナは、すかさず言葉をしぼりだした。


「…まあ、二人とも言ってることはよくわかるよ。だからこそ、さゆみはえらいなって思う。わたしはもう、全員と仲良くって、あんまりやりたくないから…。」


 気を利かせたつもりだったが、今のは明らかに変だったきがする。確実に、この沈黙へのフォローだとわかるレベルだった。


「エリナ…」


 タマラが口元を隠して笑っている。


「はは、やっぱりエリナさん、やさしいですよね。…いや、ラウラさんもか。」


 笑いながらも、どこか少し寂し気な表情でさゆみがポツリとこぼす。


「いや、私はそんなことは…ていうか、ラウラの言ってることと、さゆみちゃんの言ってること両方を照らし合わせるとさ、会社という組織について、かなり明確になると思わない?だって、精神面での気遣いや消耗さえも仕事内容に含まれるなら、そりゃあ、仕事って疲れるに決まってるよね。」


「ふ~ん。人間って大変だにゃあ。私はがんばって消耗するよりは、消耗しなくていい努力をする。ネコは、気に入らないときは文句言うし、パンチするし、それで変わらないならトンズラだにゃ。」


「ふふ…まあ、ただでさえ短い人生だからねえ。あ、ネコちゃんたちのことをいってるんじゃなくてね?人間もさ、どのくらい生きるかなんてわからないでしょ?私は、自分の時間とか気持ちとかを他人のために使うのはもう、ツライって思っちゃう。だから、さゆみちゃんはすごいなって思うのよ。自分と周りのよりよい人生のために、頑張っているじゃない?」


 ここで、ラウラの方に視線をやる。


「…もちろん、ラウラの言っていることも分かるよ。私もどちらかというと、私にだけ考えさせる人間より、私と一緒に考えてくれる人たちと仲良くしたい。」


 再びさゆみの方に向き直ると、話の初めにはあんなに怒っていたさゆみがゆっくりと噛みしめるように言葉を口にした。


「そうだよね。…私も高校卒業して働き始めてから、急にいろんな大人と出会う機会が増えて、色々と考えることが増えた。…もしかすると私が腹を立てていた、友達との色んな認識のズレも、そういうのが理由なのかもなあ。」


 今はようやく落ち着いた様子で、自分の手元のティーカップを見つめている。そんな様子に少しほっとして、エリナは思いついたことを言ってみる。


「けどさ、会社の人間関係って小学校とか中学校とあんまり変わんなくない?むしろひどくなってるっていうか。子供の頃って多感なのもあるけど結構、組織的問題があったりするでしょ。学校の人間関係って案外、政治的よね?」


「いえてる!エリナさん、面白いね。たしかに昔からそうだわ。私のとこも、上司同士の好き嫌いとか、派閥があったりとか、いつも揉めてるよ。いろんな考えや思惑があるけど、大人って結構くだらないことでもめたりするよね。」


「そうそう。」


 ははは、と二人で笑いあう。その様子をみて、ラウラもニコニコと微笑んでいる。

 チラリとみると、タマラはマイペースに毛づくろいをしている。


 ――すごくネコちゃん!


「はあ~、たくさん話したらスッキリしたなあ!そろそろ家に帰ろうかな。」


 うんうん!と頷いて同意してすぐに、初めに抱いていたはずの疑問が帰ってきた。


「……どうやって帰るの?」


 さゆみの顔を見つめながらおそるおそる聞いてみる。


「わかんない。ていうか眠たくなってきた。」


 とんでもない無関心さを見せつけられ、その危機感の無さにエリナの方が動揺した。彼女は帰りたくて困って、ここに頼ってやって来たんじゃないのか。気持ち、ちょっと引きながら彼女の眠そうな顔を見つめていると、ついにさゆみが目を閉じた。つられるようにエリナもゆっくりと瞬きをする。


 と、次の瞬間、目の前からさゆみはいなくなっていた。


「え?!あれ?!!」


 ――消えた…!


 びっくりしてラウラの方を見る。

 ラウラは全く驚いておらず、優雅に紅茶を飲んでいる。タマラの方を見ると、スコーンにクリームを塗っている最中だった。


「いや、なんの反応もなし?!」


 両隣に座る二人を交互に見る。


「エリナ、ここは森の洋館にゃ。帰り方は、人それぞれ。」


「どういうこと?!どうやって帰ったの、さゆみちゃん!」


「どうやって帰ったかは分からないけど、もう十分だったから帰ったのよ。」


「ええ…なにそれ?じゃあ、私ももう十分って思えたら帰れるの?」


「帰りたいのにゃ?」


「いや、それはわからないけど。」


「まあエリナの場合はちょっと、さゆみとは違うかもしれないわね。」


「けど、怖がらなくていいにゃ。ここは色んな人が訪れ、一期一会のお茶会で交流を深める場所、そういうものなのにゃ。」


「……なるほど?」


 納得しようとしてみるが、どうにもだった。頭をフル回転させて考えていると、ここを訪れる人たちについてラウラが少しだけ教えてくれた。


「今みたいに、頻繁にいろんな人がやってくるのよ。それは、さゆみみたいな実は悩みを抱えた人間だったりするし、たまたま目に入った洋館への興味だけで迷い込んでくる人もいるのよ。だから、案内として私と彼が、そして癒しのためにティーがあるのよ。つまり、タマラたちの存在もとっても重要よ。」


「人間にとっては、わたしたちネコの存在も癒しになると判明しているにゃあ。」


「それはまあ、確かにそう。」


 なんだか、うやむやにして流されてしまった気がする。さゆみは、彼女は、一体なんだったのだろうか。


「…全然意味わかんないけど、さっきの出会いを、さゆみちゃんがよかったなと思ってくれたら嬉しいですね。」


 考えてもわからないので、とりあえずなんかいい感じにまとめてみる。タマラがこちらをむいて、うんうんと笑顔で頷いてくれた。


「そうね。…ふむう、もう最後のスコーンになっちゃったにゃ。これをいただきながらもう少し、例えばこの洋館ついてでもお話するかにゃ?」


 ――!!


 くま執事が全員のカップに紅茶を注いで回る。ふわふわの手元を見つめながら、いよいよこの世界の核心に迫るのかとドキドキしながらタマラの言葉を待つ。


「この洋館にやってくる人間は基本的に一度きり。二度目だとしても、前回のことを覚えてない人がほとんどにゃ。」


「そうねえ。さゆみがまた来るかどうかはわからないし、次に来ても覚えてないかもしれないわねえ。」


 ――それはもう、やっぱ夢じゃん。


 夢っぽいのに、全く覚めない。長い、長い夢だということなのだろうか。


「それに、この洋館にはたくさん部屋があって、ここではない別の部屋を訪れている人間もたくさんいるにゃ。さゆみは、たまたま私たちがいるここにやって来たんにゃね。」


「…そうだ、さゆみちゃんて私と同じあの街からきたのかな?突然、庭先に現れたし。話しぶりからしてその、気がついたら庭にいた、みたいな話じゃなかったです?」


 さゆみは、歩いているうちに気づいたらここに来ていたと言っていた。エリナも気づいたら街の中にいた。共通点は、二人とも「気がついたら」その場所にいたということか。


「それも人によるにゃ。極稀に、洋館の内側に現れる人間もいるしにゃあ。ちなみに私が初めてここに来た時は、ここの主に許可を得て直接この洋館に降りたにゃ。」


 ――あるじ?


 ネコちゃんの母国の話だろうか。気にならないわけではなかったが、ネコちゃんの国の話を始めると色んなことを全部尋ねてしまい、聞きたい話が聞けなくなる気がするのでここは一旦聞き流しておくことにする。


「けど、人間たちはみんなすぐ帰っちゃうんだ?」


 エリナは続きを促す。


「基本的にはそう。けど、エリナはまだここにいることになると思うにゃ。数人だけど、ここのことを記憶している人間がいるんだにゃ。一番長いのがシャルロッテ、次にアンゲリカ、他によく来るのはマリーサとグアダルーペ、そしてカルロ。」


 手振りからして人数を数えているらしく、タマラは肉球のある面を上にして前足をぐっぱと開いたり閉じたりしている。本当にそれで数えられているのかと不思議に思いながら、エリナはどんどん出てくる登場人物の名前を聴いていた。


 ――みんな外国人だなあ。言葉って、みんな何語を話すんだろう。


 真っ先に日本人のさゆみと出会ったのは、珍しいことだったのかもしれない。


 気づけばタマラは自分の分のスコーンを食べ終わったようで、とても満足そうな顔をしている。どうやら話はここまでらしい。洋館について何かわかるかもと期待していただけに、肝心な部分が宙ぶらりんのままになってしまったことに落胆する。こっそりとため息をついたあと、エリナは最後の一口を飲み切った。





20241014_修正

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