新しい友人とクリームティー
「あら、タマラじゃない。お庭にいたの?」
「ちょっと森までにゃ。ジャムを作るのによさそうな材料を探して、帰ってきたらティータイムって聞こえたんだにゃ。」
真っ白でふわふわなネコちゃんが二足歩行で、前足にベリーを摘んだカゴをさげている。彼女は親し気にラウラと言葉を交わすと、私のほうを見て軽く膝を折って挨拶をしてくれた。
「こんにちは、私はタマラだにゃ。あなたのお名前は何というんだにゃ?」
「こんにちは。私は沢井エリナです、エリナと呼んでください。」
エリナも急いで頭を下げる。
「じゃあ、私のこともタマラってよんでにゃ。私はあなたたちのお茶文化が大好きで、勉強して、学んだことをこのお屋敷で実践させてもらってるん…あ、エリナは好きなお茶あるかにゃ?」
矢継ぎ早にいろんなことを言われた。最後の質問に対しては、先ほどラウラがチラリと話していたお茶の名前を答えてみることにする。
「ええっと、ダージリン…ティーとか、すきです。」
「いいにゃあ!ラウラも大好きなやつ!さっそく、くまに言ってお願いしてくるにゃ。」
「あっ、はい…。」
タマラと名乗ったネコちゃんは、くま執事に話しかけに室内へ嵐のように過ぎ去っていった。びっくりしてラウラのほうを見る。ラウラはちょっと嬉しそうな笑みをうかべていた。
「さっき言ったの覚えててくれたのね。ダージリンティー、ありがとう。あ、こっち降りて来てみて?」
「あ、はい。」
ラウラがテラスの階段を下りていき、エリナもそれに続く。
テラスから見える真っ白なバラの生け垣は、降りてきて鑑賞できるよう足元は石畳で整えられている。たしか、くま執事と森の中で出会ってここまで連れてきてもらうときにも、同じ真っ白なバラの花が咲いていた。
触れてみると、水分を含んだすべすべとしたつぼみが枝ごと揺れた。葉の裏からもポツポツと水滴が滴り落ちる。顔を近づけると、ほんのりとはちみつのような香りがした。見事な花を眺めながら、エリナは気になっていたことを尋ねる。
「あの、タマラ…さんは、ネコちゃんであってますか?」
「そうそう、タマラはネコちゃんよ。あともう一人、ビクトリアって子もいるわ。二人とも楽しいティータイムの実践?のために、うちに来てくれてるの。ワーキングホリデー中らしいわ。」
「………なるほど?」
「ふふ…気になることがたくさんあるでしょう?お茶しながら、いっぱいお話ししましょう?時間はたっぷりあるもの。」
「は、はい。」
気になる言葉がいくつも聞こえたが、ラウラがテラスの方に目線を移したのでエリナもそれにならう。テラスにはタマラが戻ってきており、くま執事とティータイムの準備をしてくれていた。再び階段を上がると、テラスではくま執事がティーテーブルに軽食を並べ、タマラはお茶を用意してくれていた。ポットに入ったダージリンの香りだろうか、テーブルに近づいたところで香ばしい良い香りがした。
「今日はくまがスコーンを焼いてくれてるからクリームティーにゃ!エリナ、クリームティーは知っているかにゃ?あ、こちらにどうぞ?」
タマラにしたがって最も庭側に近いテーブル席に近づく。テラスの柵はそこまで高さがないので、座ってもバラの花がよく見えた。
「ありがとうございます。えっと、クリームティーって何ですか。」
一番近い椅子に腰かけると、ラウラとタマラも両隣に座った。
「クリームティーはイギリス西部地方、定番のティースタイル。有名なのがこの、スコーンにジャムとクリームを合わせたものを、紅茶と一緒にいただくやつだにゃ、ほら。」
白いクリームと赤いジャムが添えられたスコーン、それとこんがり焼けた小さな丸いパイのようなものがティーカップと共に供されている。これらの軽食が載せられた皿の上には、コロンと丸く白い花が添えられていた。
「へえ、紅茶とスコーンを一緒にいただくことってクリームティーっていう名前が付いているんですね。このお花もクリームティーに添える定番?ですか?」
「これは今日のとっておきにゃ、おともだちのミリアちゃんにもらってきた、ダージリンの花!私も初めて見るけど、このお茶の花にゃ。」
白い花弁のダージリンの花は、全体的にコロンとしていた。椿と牡丹の間のようなかわいらしい見た目だ。
「そうなんですね。わたしも、紅茶はたくさん飲んできましたけど、お花は初めて見ました。」
エリナは素直に魅入ってしまった。こういった、日常では特に気にかけずに使っているけれど、その実よく分かっていないものというのは、いつだって興味深いものだ。ふいに、タマラがエリナの左耳の上あたりの頭に触れた。
「この花をくれたミリアちゃんは、ここぞという時に、ここだ!って場所に、かざるのが一番きれいだって言ってくれたにゃ。」
どうやら、髪飾りにしてくれたらしい。突然触られたのにもかかわらず、全く不快感はなかった。タマラの手はふわふわで、さすがネコちゃんというかんじだ。
「びっくりした、おとぎ話の王子様みたいなことしてくれるんだね。」
緊張していたつもりはなかったのだが、ちょっぴり身構えていたらしい気持ちがほぐれていくようだった。鏡がないので見ることはかなわなかったが、今のエリナの髪型、肩の高さまであるウェーブがかった明るめの黒髪に、この白い花が映えているといいなと思う。
「急にキザなことするじゃない、タマラ。」
そういうラウラもニコニコしながら、席を立ったタマラにダージリンの花を飾ってもらっていた。
「ふふん。お茶会は空間のコーディネートも大切にゃ。二人を見ながら、タマラが楽しめるにゃ。」
「さすがだわ。そういうのも故郷の学校で学んだの?」
「これは、私自身の才能だにゃ。」
――学校とワーホリ…後でゆっくり聞いてみよう。
「このお茶の入れ方は学校で勉強したから、私が淹れたのにゃ。」
いつの間にか動き出していたくま執事がカップにダージリンティーを注ぎ終わると、タマラが誇らしげに胸をはった。カップは全部で三つある。
「あれ?くまさんは、ご一緒されないんですか?」
紅茶を入れ終わったくま執事は、テラスの入り口に置かれた銀のワゴンの側に控えている。
「ああ、彼は基本的に見守る側なの。気にしてくれて、ありがとうね。」
ラウラはくま執事にニコリと視線を送って、エリナにそう教えてくれた。どうやら、お屋敷での役割はそれぞれにあるらしい。
それにしても、ちょっと何かを口にしただけで、褒められてしまう。相手の言葉を真面目に受けとるタイプのエリナは、その都度分からない程度にぎこちない表情になっていた。それでもとりあえず、お礼の代わりに笑顔で応える。そうこうしていると、満を持してタマラが元気よくティータイムの開催を宣言した。
「…さあ!美味しい楽しいティータイムの時間だにゃ。冷めないうちに召し上がれ!」
タマラが紅茶のカップを手にすると、ラウラもカップを手に取った。右にならってエリナも小さな持ち手をつまむ。繊細な薄いティーカップには熱々の紅茶が注がれていた。顔を近づけると、当たり前だが紅茶のいい香りがした。口をつけて、一口いただく。
「!!おいしい!」
渋みなどは一切なく、とても滑らかな舌触りだ。飲み込んだ後も鼻腔が香りで満たされる。上質な茶葉だということがエリナにもわかった。
「よかったにゃ!このお茶は結構、飲みやすいと思うにゃ。」
「どこから仕入れてくれるのか知らないけど、タマラの紅茶はどれも美味しいのよね」
「ゴロゴロゴロ…」
――すごく、ネコちゃん…!!
ラウラに褒められてうれしかったらしく、タマラはゴロゴロと満足そうに甘えた声を出している。通常、二足歩行で人語を話していることとのギャップがすごかった。
「では、スコーンもいただきます。」
エリナはスコーンをひとかけら手に取り、ジャムをぬってクリームをつけた。
「おお!エリナはコーンウォールのタイプにゃね!」
タマラが興奮してエリナの手元を見ている。察するに、ジャムとクリームどちらを先に塗るか、みたいな話だろう。
「イギリスでは、ジャムが先か、クリームが先か、永遠の議論の対象とされているんだにゃ。エリナはどこの出身だにゃ?」
「私は日本です。」
「ああ、じゃあキノコかタケノコかみたいなおはなしだにゃ。」
「!」
突然、身近になった話題に驚いていると、タマラはにやりと笑った。
「私は長いこと、あなたたちの食文化について勉強しているにゃ。有名なお菓子はだいたい知ってるにゃ。」
クリームとジャムを塗りながらそう語ったタマラは最後、得意げにスコーンをかじった。
――あ、クリームが先派だ。
ここがイギリスだったら、たいへんな議論の幕開けになったんだろうか。
エリナはくすりと笑みを浮かべた。
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