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想いのあとさき

 

 ――私、元の世界に戻ったとして生きてるのかな。


 カルロが自分に会いたいと言ってくれる以上、目下エリナの一番気になることはそれだった。当初は全く気に留めていなかった自身の安否が気がかりになるくらいには、今のエリナはカルロと同じ世界に生きてみたいと望んでいた。


「そういえば、俺がエリナを釣り上げたのって、やっぱりあの石のせいなのか?俺の石を持っていたから、エリナから俺の場所までやって来れたとか?」


「あはは!そうかもだけど、じゃあカルロが湖に移動せずそのままお茶会で座ってたら、私も普通にカルロのところに戻って来れてたのかな?」


 意地悪かと思ったが茶化してみると、目に見えてカルロがしょぼんとなってしまった。エリナには、いつも自信があって余裕のある彼の印象が強かったのでそれがとても新鮮で、今みたいにクルクルと変わる表情がとても可愛らしいと思っていた。


「ふふふ…落ち込みすぎ。冗談だよ、釣り上げられるのも楽しかったし。ていうか、カルロがくま執事になるっていうアレは?どうなったの?」


「ん?どうなったも何も、そのままだよ。」


 精霊や妖精の言葉をかみ砕いた結果、エリナにとってはもはや、くま執事とカルロが同一であるということは矛盾しない事実であった。けれどエリナは彼自身の口から説明を聞いてみたかった。


「…また私と会うためだけに、それと引き換えにあなたの全てを明け渡すの?」


「ああ…いや、まあ。」


 口ごもるカルロに、エリナは信じられない思いでいっぱいになった。エリナだって、今はカルロのことを大切に思っている。けれどその一瞬の想いに、様々な不確定要素を一切無視して、自分の全てを賭けてしまえることがエリナには理解できなかったのだ。


「もし…例えばさ、元の世界ですでに私が死んでいたらどうするの?」


「え?」


「だから、私がすでに死者だったらどうするのって。」


「…そうなのか?」


「いや、例えばの話だけど。」


 ちょっとだけ罪悪感のわいたエリナがそう言うと、カルロは少し考えた後に口を開いた。


「だとすると、二人でエリナが生きている世界に戻ることになるだろうな。厳密には俺が、俺の元いた世界ではなく、エリナが生きている世界に帰ることになる、とかか?」


「…なるほど、なんだっけそれ。多元宇宙論みたいな名前のヤツだ。まあ精霊はなんでもできそうな口ぶりだったもんね。」


「ああ、だから必ず会える。ここにクマが存在していることがその証明だ。エリナは生きているよ。」


「そっか。なら私、生きてまたカルロに会えるのか。」


 そう呟いたエリナは一見嬉しそうな口調だったが、その実はとても複雑な感情に襲われていた。彼女がこの世界へ来た時に抱えていた虚無感はまだ完全には消え去ってはいない。けれどこの世界で、他人と生きる喜びへの希望も宿した。エリナはまだ生きられる喜びと、再び自分の人生へと戻る恐怖と不安で胸がいっぱいになった。


「カルロはすごいね。自分の気持ちに正直っていうか、自分の気持ちをよく理解してあげられている。だからか決断をする時も、後悔のない選択ができる。」


 エリナがうつむいたまま自分の足元を見つめていると、カルロに名前を呼ばれた。顔を上げると、彼はちょっと困ったように笑っていた。


「そんな大層なもんじゃない。なんていうか今回のが特別だ。俺は元来、ひかえめな人間だからな。」


 おどけて見せたカルロだったが、エリナが真面目な顔で顎に手を当てて「それはちょっと分かる」と返すと、照れくさそうに笑った。


「じゃあ私は、何もかもカルロに救われたってことなのかな。自分が確実に生きている世界に、戻してもらえるんだもんね?」


「なんださっきから。もしかしてここに来る前、ホントに死んでたのか?」


「いや、実はここに来る前のことは本当に、あんまり覚えていないんだ。」


 訝しげな表情をしたカルロに安心してもらいたくて、やはりエリナは溺れた記憶について話すことはできなかった。エリナは笑顔で誤魔化そうとして、失敗した自覚があった。


「まあ実際、どうであろうとだ。仮にもしエリナが危機にあった所を救えていたのなら俺は嬉しいよ。」


「…うん。」


「俺のたった一つの願いは『エリナに会いたい』だからな。今からその願いに沿った現実が、俺たちの元に訪れる。エリナの思いとは別に、な。」


「そうだね。」


「…。」


「カルロ、ありがとう。」


 カルロはエリナの言葉に返事をすることはなく、真っすぐに前を見つめていた。エリナがお礼を言う時、時々カルロはどう返事をしたら良いか分からないみたいになることがあった。


「あのね、最初は口にするのが怖かったけど、今は口にしていた方が素敵な気分になれることがあって。」


「おお。」


「私もね、戻ったらカルロと一緒にいたいと思うよ。あなたのことをすごく大切に思うから。」


 エリナがはにかむとカルロはヒマワリみたいに明るい笑顔を見せた。


「…俺は今すごく嬉しいよ。エリナも俺と一緒にいたいと、思ってくれたんだな。」


 それからしばらく、二人は手を繋いだまま他愛ない話を繰り返しながら木々の間を歩いて行った。



 **********



 今、目の前には川がある。対岸にはエリナがこの世界で初めて流れ着いた、誰も存在していない街が見えている。


「なんだここ、街があるな?」


 ここには初めて来たらしいカルロは繋いでいた手を離すと岸辺に近づき、きょろきょろと周囲を見回して対岸の街を眺めた。


「私は初めてこの世界に来た時、あの街からやって来たんだよ。」


「へえ?そうだったのか。どんな街だった?」


「いや、それが誰もいなかった。」


「なんだそれ、怖えな。」


 このヘンテコな世界での出来事でさえ、互いに話したことのないことがまだまだたくさんあるのだ。戻れたら、まだまだたくさんのことが話せるだろう。この世界に滞在する時間の終わりを感じたエリナは、早くも戻った時のことを考えていた。初めよりかなり前向きな気持ちでいるエリナがカルロを見つめると、彼は一、二歩先を歩きながら、ジャリジャリと音の鳴る小石を時々蹴飛ばしていた。


「ここを渡るんだったか?」


「うーん、精霊の話だとそうだったかな?あんまり覚えてないけど。」


 さきほどの精霊の姿を想い浮かべながら桟橋の場所を探す。初めてここへ来た時は、くま執事の案内があって洋館に辿り着いたのだなと思い返しながら、川に沿って川上へと二人で歩いていく。


 ――そういえば、くま執事がカルロなら。私がこの世界で初めて出会ったのはカルロだったのか。


 全く実感は湧かないがくま執事がカルロなのであれば、ここで初めて出会い洋館まで案内してくれたのはカルロだ。くま執事の中に、カルロとしての記憶が存在するのかは知らないが、細かいところまで思い返してみると確かに頷ける部分がある。不安なエリナの気持ちを解きほぐすように友好的に接してくれた姿は、たしかにカルロに通ずるものを感じた。


 ――不思議…二人はお互いにどういう認識なんだろう?


 くま執事とカルロ両方との思い出を回想していると、いつかの質素な小舟が岸に乗り上げているのが見えた。エリナは反射的にそれを指さすと、大きな声でカルロに知らせた。


「あった!」


「ん?…あれか?」


「うん」と返事をしながら小舟に駆け寄る。この頼りない小さな小舟を一人で漕いで、エリナは洋館のある岸までやってきたのだ。ずいぶん昔のことのようにも思えるし、つい最近のことのようにも思える。


「いや、まさかとは思ったが…エリナひとりで、これで向こうからやってきたのか?」


「そう。びっくりするよね?」


 エリナ自身もよくぞこの川をこの小舟で、一人で漕いでやって来たなと思う。縁に立てかかったオールを手に取ると、滑らかに使い込まれた木材のなつかしい感触がした。


「なんで洋館に来るだけでそんな苦労してんだ。俺は気がついたらあの場所にいたが。」


「知らないよ…でも確かにみんな気がついたら迷い込んでいたとか、そんな感じの話をしていたよね。船を漕いできたのは、私くらいなのかな。」


 自分がここに来た経緯、他と少々異なる点について疑問に思ったことはあった。しかし洋館についてからのエリナは自分で思うよりもずっとあの空間を楽しんでいたらしく、早々に洋館到着以前のことに対する興味を失ってしまっていた。今になってここへ戻り、当時を振り返ってみると、自分にとってのこの世界のはじまりについて改めて不思議に思う。


「こっちだよ、さあどうぞ。」


 エリナが先に船に乗り込み、立ち上がったままカルロに手を差し出した。するとカルロは意外にも素直にその手を取り、片足だけ乗り込ませると船が大きくぐらついた。


「エリナ、先に座ってくれ。俺が蹴って、勢いで船を出すから。」


 エリナは「わかった」と返事をして、一歩前に進むとしゃがんでオールを両手に取った。


「いや、俺が漕ぐからそれは後ろに置いておいてくれ。」


「え?いや、いいよ。来るときも一人で漕いで来れたし。」


 エリナがそう言うとカルロは困った顔で笑った。


「ははは!今回は二人分だから来たときとは違うだろ。いいから俺に任せとけって。」


「…ホントそうだね。ありがとう、お願いします。」


 言われてみれば今、船の上にいるのは自分一人ではなかった。エリナは指摘されるまでそんなことにも気がついていなかった自分自身に肩を落とした。


「まあまあ、帰りの便はゆったりとご乗船ください。」


 おふざけ口調のカルロが船内アナウンスを真似し、地面を数回蹴って船を前に押すと二人を乗せた小舟は川へと繰り出した。


「結構流れが速いかもよ。」


「おお、確かに。エリナはボートの経験はあったのか?」


「ないよ。…あ、流れのない池でのボートだけは経験あったけど。川はなかったかな。」


「へえ、それでこの川を?なんで渡ろうと思ったんだ?」


「街に誰もいないから不気味でさ。街の上からは洋館が見えていたから、そこへ行けば誰かに会えるかなって。」


「怖くなかったのか?」


「だってやるしかないじゃん。」


「まあ、そりゃそうか。」


 のんきに会話をしていると、だんだんと川下に流れて言っているのが分かった。船体が斜めを向いている。


「なんか、流されてる?」


「おお…?なんか、下に…」


 戸惑いながらカルロが川をのぞき込むのとエリナがのぞき込むのは同時だった。意図せずして二人ともが同じタイミングで同じ方向に体重を傾けた結果、船体が大きくぐらりと揺れる。慌てて踏みとどまろうとしたが、咄嗟に取った行動すらも二人は同じだった。


「あ、やばいやばい…!」


「あ、エリナ動くなよ!そのままで…」


 エリナは重心を低くして転覆を避けようとしたが時すでに遅し、次の瞬間、船底の方からガツンと大きな衝撃があったかと思うと、エリナの体はそのまま川へと投げ出された。


「は?!マジかよ!エリナ!!」


 そのまま二人が乗っていた小舟は、エリナの乗っていた側から突然の突き上げによってひっくり返された。まるでスロー映像のように彼女が落下していくのを見た瞬間、カルロは大きく息を吸うと勢いよく水に飛び込んだ。その飛び込んだ音もすぐに、川の流れる音にかき消される。あとに残されたのは転覆した小舟のみで、それも流されてじきに見えなくなったのだった。





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