つながるもの
「私が望むのは完全な石です。あなたに渡したその石は『カルロ』の事しか記録しません。だからあなたは、あなたの魂がもつ石の全てをこちらに渡してください。」
――『カルロ』のことしか記録しない石?魂の持つ石全て?
精霊の言葉が、急に冴えわたったエリナの頭の中で一瞬にして妖精たちの発言とつながっていく。
ここへ至るまでの森の中、ミリアは妖精の視点からの世界について話をしてくれた。エリナとミリアでは、シャルロッテの存在やこの場所に関する感覚に微妙なズレが存在しているのは確かだった。
――逆に言えば、一つの魂が複数の石を持つということ?
ミリアが言うには、外側の情報が書き換わっても中身は変わらない。
今考えてみるとそれは、魂はそのままに違う人生を生きることを…いわゆる魂の輪廻のような話をしていたのではないか。彼女曰く、妖精とは違って人間はその外側の情報を一つしか記憶できない。ラウラも、人間には忘れている記憶があると言っていた。
――全ての人間に存在する記憶のない期間、それは…
「生まれる前と、死んだ後、そして夢の中…」
息をのんだエリナのつぶやきは、誰の耳にも入ることなかった。
目の前の精霊は、カルロを指さしたまま言葉を続けている。
「全てのあなたが記録された完全な石…その『所有権』を渡す。そうすれば、あなたの願いを叶えることに協力します。今までも、そしてこれからも。」
――今はカルロとして存在している彼の、魂のもつ石の全てと引き換えに?
「…俺の願いを知っているということか?」
エリナは彼の言う「願い」が、自分に関することなのではないかと察していた。しかしなぜ彼だけが取引のような話を持ちかけられているのか、そこまでは分からなかった。それにカルロの口ぶりは、エリナよりもっと多くのことを理解しているように聞こえる。エリナはそのことに、一抹の不安を覚えた。
「カルロ、願いというのは?どういうこと?」
尋ねるもカルロはエリナを一瞥したのみで、後はただ精霊の目をじっと見据えていた。
「そう、あなたの心は決まっている。」
「わかった、それが条件なんだな。それで俺がクマになるのは、この石を渡すからか?」
「…?いいえ。あの姿はあなたの想いの投影ですよ。」
「…は?俺の想い?」
「あなたはまだ、あなたの全てを体験していない。『そんなわけない』なんて、どうして言えるでしょうか?」
精霊の心に沁み込むような美しい声は、すごく大事な話を理解したいと思うのにうまく頭の中にとどまってくれないような、そんな不思議な感覚があった。
「それに彼女の姿も、彼女の想いの投影ですよ?」
「え?」
突然指をさされてエリナはビクッと肩を揺らした。カルロの願いについて考え込んでいたエリナは、突然舞台に引きずり上げられた形になる。おずおずと精霊に聞き返したエリナだったが、彼女はただ微笑むだけだった。困って隣のカルロに目を向けると、彼は頭をポリポリと掻いたあと、エリナと目を合わせた。
「エリナ。」
「ん?」
「帰るか。」
「え?いいけど。急だね?」
エリナがチラリと精霊を見ると、彼女は表情一つ変えずに微笑んだままだった。
「まあ、いいか。帰ろう。」
あっさりそう判断したエリナの元に、ミリアが急いで戻って来た。
「ねえ、戻ってもちゃんと私のこと覚えておいてくれる?」
「あはは、うん。忘れないよ。ていうか頼まれても忘れられないよ、きっと。」
その様子を見ていた精霊がエリナたちに向かって指を振ると、水で濡れていた二人の服や髪が瞬時に乾いた状態になった。エリナが小さく「おお」と声を上げた隣で、カルロも「おお」と声をあげた。
「大樹の子…石を渡したのですね。精霊や妖精は、あなたたちの世界にも顔を出すことができます。もしあなたにこの子の姿が見えなかったとしても、いつだってあなたの側にいますよ。」
精霊はエリナと妖精を見つめて優しく微笑んだ。すると黙って考え事をしていたカルロが最後に口を開いた。
「なんで石を欲しがるんだ?」
カルロが眉を寄せて尋ねると、精霊はゆっくりと説明を返してくれる。
「そうですね…あなたたちでいうところの『生きがい』のようなものですよ。感情を同時に、そして長く保てない私たちにとっては、石を介して人間の複雑な心に触れられること、それが楽しみであり、成長につながるんですよ。」
精霊の答えに納得したのかしていないのか、カルロは難しい顔をして肩をすくめた。
「なるほど、まあ聞いてみただけだ。」
「ここから真っ直ぐ、あちら側へ向かえば川が見えてくるでしょう。その川を渡りなさい。そうすればいずれ元の世界に戻ることができるでしょう。」
「本当に俺は…俺とエリナは向こうでも会えるのか?」
「会えますよ。そちらの世界での事実の構築は、私たちにとってはさほど難しいことではありません。」
「…わかった、信じている。」
「再びここへ戻るその時までは、石が…あなたたちの心が導いてくれるでしょう。カルロ、エリナ、よいひと時を。」
そう言って微笑んだ美しい精霊は、いつものように瞬きをする間に二人の前から姿を消したのだった。
「私ももう戻るわ、じゃあね!」
精霊が姿を消すと、続いてミリアも森の方へと飛んで行き見えなくなった。
残された二人のもとには今、穏やかな風だけが吹いている。
「すごい、嵐みたいだったね。」
返事をする代わりにふうと長く息をついたカルロに、エリナは自身のポケットから薄黄色の石を取り出した。
「ミリア…あのピンク色の妖精ね?彼女は本来これを渡したかっただけみたい。けど私がカルロ石を持っていて、あなたのところに行きたいって言ったから、湖を通るルートをとった…のかな?それでたぶんちょうどいいところにカルロが釣りを始めたから、こうなった?」
「なんも分かんねーな。」
「なんも分かんないね。」
顔を見合わせると二人はくつくつと笑いあった。
「とりあえず、行こうか?」
エリナの言葉に、二人は自然と精霊にしめされた帰り道の方を向いた。先ほどより少しだけ強さを増した風が二人の背中を後押しするように吹いている。きっと最後の時は近い。
カルロがエリナの手を取り、二人は並んで歩き出した。
道中、自然と二人は離れていた時にお互いに起こったことを話しだした。カルロが洋館の主について話をした際には、エリナはテーブルに文字が浮かび上がった話になったところで思わず声を高くして「魔法みたい!」とはしゃいだし、カルロもまたエリナという良いオーディエンスのおかげで、自分の身に起こった出来事をいつもより饒舌に話した。最終的に、カルロが湖にいたのは偶然ではなくアンゲリカのおかげだという話を聞いたエリナは拍手をしてここにはいない彼女を褒め称えた。
「俺はそんな感じだな。エリナは?」
語り終えてご機嫌なカルロが期待を込めてエリナを覗き込む様は、エリナには大型犬のように可愛らしく思えた。
「私はカルロの言った通り、ラウラと話をしたよ。私の中の、問題を乗り越えるためのアドバイスをくれた。アンゲリカもたくさん心配してくれて、たくさん助言をくれたよ。」
「そうか。アンゲリカすげえ大活躍だな。」
「うん、アンゲリカすごいよね。」
「それで、ラウラのことはどう思った?」
「ラウラのこと…?どう思ったって言うのは?」
少し唐突に感じる問いに戸惑ってカルロを見つめたエリナだったが、カルロは微笑むと手をひらひらとさせて他意のないことを示した。
「や、ラウラはいつもエリナのことをニコニコ見守っていたけど、エリナって時々ぎこちなかっただろ?だから、彼女と話をしてその辺も変わったのかなって。」
よくエリナのことを見ていたんだとわかる発言に、少し照れたエリナだったがなるべく気にしないようにしながら急いで答える。ちなみに目を合わせることはできなかった。
「うーん。実は時々、身に覚えのない優しさが怖いなって思うことがあったんだけど、さっき話をしてみて、それはラウラのせいじゃなく、私自身が抱えた問題のせいだったって気がついた。」
「そうか。」
「うん。ラウラもアンゲリカも、カルロの力を借りながら頑張れって。」
「!そうか…。」
「あのさ、カルロ。私は二人と話してみて自分の問題点を認識して、それで…」
そこまで言うとエリナはその場に立ち止まった。エリナは同じく立ち止まったカルロの方をしっかりと向くと、今度は彼の目を見てきちんと自分の思いを告げた。
「私はカルロのことを悲しませたくないし、あなたを大切にしたいと思ってる。それが分かったよ。」
カルロの瞳は白目の中に瞳だけが取り残されたように、まん丸に見開かれていた。
「…!そうか。俺もエリナのことが大切だ。」
真っ直ぐに伝えてくれる彼になんだか照れ臭くなったが、それでもなお話をしたい思いが勝ったエリナはニコッと笑うと、そのまま話を続けた。
「…で、たくさん話をした後に別の部屋に連れていかれたの。不思議なスノードームのある部屋。」
「…スノードーム?ひっくり返して遊ぶやつか?」
「そう、クリスマスに飾るような。」
「アレか。それで?」
「それをぎゅっとしたら、気がついたら妖精のいる森の中だった。めちゃくちゃだよね。」
「ここでは起こる出来事の大半がめちゃくちゃだな。」
エリナが笑うとカルロも笑ってくれた。
二人分のざくざくという音音がなる地面には小さな野の花が咲いていて、獣道もない道を精霊に言われた通りの方向にむかって二人で進んで行く。
「ふふふ。それでさっき居た妖精…ほら、ミリアちゃんって子。タマラのお友達だっていう子ね?あの子に会って、それからはもう話した通り。あっという間に、釣り上げられちゃった。」
「それなんだよなあ。」
思い出したのかカルロは頭をポリポリと掻きながら、不機嫌そうに息を吐いた。
「人間は精霊や妖精たちと違う種族なんだから、奇想天外なことする前に配慮が欲しいよな。」
「まあ確かに。たぶん何が必要な配慮なのかもわからないんじゃないかな?同じ人間同士でも配慮できないことだってあるし、結構難しいのかもね。」
エリナが控えめに言うと、口をへの字に曲げたカルロが拗ねたような声を出した。
「まあ面白いっちゃあ、面白いのかもしれないが。でもエリナを釣り上げた瞬間、俺は取り繕えないくらいにビビり倒した。無様さらして少し落ち込んだ。」
「あはは、それはお互い様だよ。私も変な顔して釣り上げられてたと思うし。」
「ああ、たしかにすごい変な顔してたな。」
「ちょっとひどい!やっぱり釣った魚にエサはやらないんだ、悪い男!」
エリナはわざとらしくカルロを非難すると繋がれた手にぎゅっと力を込め、腕で軽く体当たりをして小突いた。カルロの方も笑い声を上げながら、まんざらでもなさそうにエリナの体当たりを受け止める。
じゃれた後のつながれた手が大きく振り子のようにふれた。それを感じながらエリナは、このまま歩いて行った先の「終わり」について考え始めていた。




