それぞれの行く道
「…ああ、そういうことか!分かったかもしれない。」
カルロが大きな声をあげると、二人はほぼ同時に驚きの声をあげた。
「ええ、今ので?一体何が?」
「考えがまとまったということかしら?」
カルロは先ほどまで考え込んでいた時とは打って変わって表情を明るくした。
「ああ、おそらく。かなりスッキリした気分だ。」
「そうなの?」
「ああ。それで今、これからのことを考えているところだな。」
「これからのこと?」
彼の頭の中では、トントン拍子に物事が展開していっているらしかった。エリナが首をかしげると、カルロがこちらを向いてニカっと笑った。そんなわけないのに、久々に誰かの笑う顔を見たような気がした。
「この場所のことが分かったろ?それでようやく俺は自分が何者なのかを…というより、何者になるのかを理解したと思う。」
「何者になるか…って、どういうこと?自分のことを思い出したんじゃなくて、将来のはなし?」
一向に話が見えず、戸惑いながらエリナは助けを求めてアンゲリカの方をチラリと見た。しかし彼女は静かにカルロを見つめ話に耳を傾けており、それを見たエリナも一旦カルロに視線を戻すことにした。
「まあ、将来のことって言ったら将来のことだなあ。…エリナ、君にも関係がある。」
「え?私に関係あるの?…もしかして私たち、前にどこかで会ったことある?とか?」
驚いたエリナは急いで頭の中の人物データをめくっていく。だが直近の記憶がないのもあってか、思い当たる節は真全くなかった。
「いや、俺たちはここで初めて出会ったんじゃないかな?…俺もまあ、全部覚えてるわけじゃねえけど。」
「え?じゃあ何?」
当たりが外れたエリナは、ちょっと低めの変な声が出てしまう。
「ははは。だから過去じゃなくて、将来の話。」
軽やかに笑う彼に思わず視線がすい寄せられると、バチリとカルロの瞳にとらわれた。
「俺、エリナのこと好きなんだ。」
「…………え?!」
すぐには反応できなかった。
エリナにとって全くの想定外の言葉。驚きのあまり言葉を失うエリナの瞳を見つめたまま、カルロは話を続けた。
「そう。もしかすると全ては、俺がエリナに一目ぼれしたせいなのかな。けどエリナ、たぶんエリナも俺のこと好きだったりしないか?」
「まあ…!」
隣でアンゲリカが楽しそうな声を上げるのが聞こえ、ニヤッと笑うカルロが首をかしげたままエリナの反応を待っている。エリナの頭の中は混迷をきわめていた。
「…………ええ?!」
フリーズが解けるとエリナはハッキリと「一体コイツは何を言っているんだ?」という顔でカルロを見つめ返した。
「ははは。その顔ウケるな。」
「いや!何それ!…え、ちょっとまって。もしかして今の冗談?なんか恥ずかしくなってきた。」
早口になりながらエリナは自分が赤くなっているのを感じた。今ってこの世界についての大事な話をしていたんじゃなかったのか。エリナが目を伏せるとテーブルの上、カップの手前に置き去りになっていたエリナの手に、カルロが自分の手を重ねた。一瞬びくりとなったが、エリナがその手を振り払うことはなかった。そんなエリナに向かってカルロはひとつひとつ丁寧に話し始める。
「なあ、ここには時間が流れていないって話だろ?」
「え、うん…。」
「あるのは感情とつながり。」
「そうらしいね?」
エリナの心はドキドキと混乱の嵐で、無駄に多くの相槌を打っている。そんなエリナに気づいているカルロは、笑みを深めながら話をつづける。
「だからだと思うんだけどな。」
「うん。」
「あの、くまの執事がいるだろ?…たぶん、アレの正体はおれだ。」
再び沈黙が訪れる。
動揺して、意味もなく触れたティーカップのカチャリと鳴る音が響きエリナはハッとなった。
「……え、どういうこと?」
「そのままの意味だ。俺はここでの自分の行動の結果、あのクマになるんだと思う。」
あまりに突拍子もない内容に思わず目を見開いてカルロを見た。さっきからずっと滅茶苦茶だ。反対側に視線をやると、さすがのアンゲリカも今回は驚いた表情をしていた。
「えと…何でそう思ったの?」
「俺が、エリナを好きだから。」
「はあ?……ええっと…。」
「あらあらあら、ふふふ。」
とにかくカルロから目をそらし、頑張って考えようとするけど上手くいかない。助けを求めてチラリとアンゲリカの方を見ると、ニコリと微笑まれた。彼女に助けを求めることは意味がなさそうだ。カルロの告白にエリナがたじたじになっている様子が楽しいのだろう。何の冗談だと呆れたほうがいいのかともエリナは思ったが、こんな状況でカルロがふざるようには思えないので一生懸命考えている。考えているが…
「ごめん、本当によく分からないかも。」
「エリナ、まず俺がエリナを好きなことは受け入れてくれるか?」
「……。」
そう何度も聞かれても困る。エリナは先ほどから真っ直ぐに自分へ向けられる感情を持て余しているのだ。この世界の謎について話していたはずなのに、突然好きだなんて言われても、どうしたらいいのか分からない。
「不安か?」
そう尋ねられて初めて、エリナは今自分が不安を覚えていることに気がついた。
「…うん。そうかも。」
「どうして?」
「だって、せっかく好きだって言ってくれて嬉しいけど。私には、あなたにあげられるものが何もない。私はそういう人間だから恋愛とか結婚にはむいてないし。」
どんどん鋭い言葉が口から出てくるが、それでもカルロは冷静だった。
「混乱させて悪かった。…俺のこと、嫌いか?」
「え?いや、そんなことないよ!」
「そうか。」
それだけは力強く否定すると、カルロはホッとした様子で息を吐いた。
「…エリナは、パートナーがいるのが嫌なのか?」
「……」
「いや、ごめん。話したくないなら話さなくていい。」
「ううん、ごめんね。その…この話には私の生い立ちが関係しているんだけど、それって聞いても全然、楽しくない話だから。」
「そんなことねえよ。俺はエリナと上っ面の話だけをしていたいわけじゃない。エリナのことはもっとたくさん知りたいよ。けど嫌がることはしたくない、ずっと笑顔を見ていたいんだ。だから…」
そこで一旦話すのを辞めると、カルロは部屋の向こう側にいるラウラを呼んだ。
「ラウラ、あとは任せてもいいか?あと、アンゲリカも。」
カルロの言葉に「なんでラウラ?」と疑問が湧く。チラリと覗き見ると、名前を出されたアンゲリカの頭上にも疑問符が浮かんでいるのが見えた。
呼ばれたラウラがテーブルまでやって来ると、カルロはエリナの手を放して立ち上がった。入れ替わりでラウラがカルロの座っていた場所に腰かけると、立ち上がったカルロはエリナの前で膝をつくと再びその手を握った。エリナはというとされるがまま、まるで他人事のように一連の流れを眺めていた。
「俺はあのクマと一緒に、この洋館の主のもとに行こうと思う。」
エリナは目を見開いた。またしても思いがけない内容にまず彼を凝視して、それから勢いよくラウラの顔を見た。
「この洋館の主はラウラじゃないの?」
その疑問にラウラ自身は答えずただ微笑むだけで、彼女のかわりにカルロが話を続けた。
「彼女はたぶん、この『部屋』の主か何かだと思うぜ。詳しいことは分からないが、俺の予想ではこの洋館全体をつかさどる中心的存在が別にいるはずだ。俺はそいつに会ってくる。話の内容によってはもしかすると、洋館で過ごす時間はこれが最後になるかもしれない。」
「それは…」
その言葉には重みがあった。三人が消えてしまった今、この日が自分たちの最後になることは避けられないことのような気がしている。この場所について理解したと言っているカルロがそう言うのなら、今は目の前にいる彼にももう会えないのだろう。
「何をしようとしているの?」
「わからない。けど俺はエリナに、笑っていてほしいんだ。」
「…それと、今の話がどう関係しているの。」
カルロが何をしようとしているのか、そして一体自分の周りで何が起ころうとしているのか。それを知ろうとして必死なエリナに、カルロはややたじろぐと一呼吸をおいて喋り出した。
「…俺の目的はな、エリナだよ。元の世界に戻っても、俺はエリナに会いたいんだ。」
「…!」
「だからその為にやれることをやりたい。たとえ結果が分かっていても、過程までは分からないから。俺は最善を尽くさないといけない。」
ここでようやくエリナは落ち着いてカルロと目を合わせることができた。彼が具体的にどうするつもりでいるのかは相変わらず分からなかったが、今告げられた言葉に、彼を突き動かしている感情の片鱗が見えた気がした。
「ここじゃない、もと生きていた場所で…また会いたいっていうことだよね?」
「そうだ。細かいことは分からないけど、必ずできるはずなんだよ。」
「…。」
この瞬間、エリナの脳裏にはここに来る直前の記憶がちらついていた。明らかに溺れている様子の自分、そしてそれに抗おうともしていなかった自分。この場所を訪れて以来、元の世界に戻りたいと思ったことは一度もない。もう自分の人生は終わったものだと思っていたし、未練もなかった。そんな人間があちらへ戻るとなった時、あの瞬間から再開するとなった時、それは…
「…大丈夫だ、エリナ。」
一瞬ぼうっとなったのを見逃さなかったカルロに、エリナは左手を取られた。しっかり繋ぎ止められたそれは見た目ほどロマンチックなものではなくどちらかというと、エリナにとっては子供が大人に手を引かれている時のような気分だった。
「たぶん、エリナはラウラと話をした方がいい。俺は、俺のできることをやるが、エリナもエリナでやることがあるはずなんだ。それが何かまでは俺には分からな……エリナ?」
気がつくとエリナは笑っていた。かつて、ここまで何も分からない会話があっただろうか。初めは混乱していたエリナも時間の経過とともに覚悟を決め、気を落ち着つかせて状況を俯瞰してみると、延々と分からないを連呼しているカルロに気がついてしまった。気がついてしまえばもう、じわじわと込み上げてくるものを抑えきれない。
「はは、カルロ。さっきから分からないことだらけじゃん。」
一度笑ってしまえば一気に肩の力が抜け、こうなってから初めてエリナは心から笑うことができた。
「……ははは、本当だよな。」
急に笑いだしたエリナに初めは驚いていたカルロだったが、ポリポリと頭を掻くと照れたように微笑んだ。言葉はなく、二人はほんのすこしの間笑い合った。
「エリナ、ハグしていいか?」
一通り笑いあった後、そうカルロが問いかけると、答える代わりにエリナはハグをした。自分の衝動的な行動の中に、エリナは己の本心を見た。元の世界にいた時の自分には未練などなかったけれど、この洋館の世界での関わり合いはとても大切に思っている。ここにいる自分には、新たに大切にしたいものができたということだった。数秒あって体が離れると、目が合ったカルロはとても嬉しそうな顔をしていた。
「初めて出会った時、エリナは部屋のソファで寝ていただろ。あの時、俺は一瞬で恋に落ちた。いつだって目で追ってしまったし、話してみても悪い所なんて見つからなかった。俺にない芯の強さとか、賢さとか、真っ直ぐな優しさが素敵だと思った。」
「…カルロ」
「そんで、いつでも笑っていてほしいと思ったし、幸せでいてほしいと思ったんだ。」
そう言ったカルロにもう一度ぎゅっとハグをされた。温かさを実感する間もなくすぐに体は離れていく。何か言いたいと思うのに、うまく言葉をまとめられない。
「…じゃあ、俺はちょっと確認に行ってくる。たぶん、またすぐに会おう。」
そう言った彼は、名残惜しさなんて一切感じさせなかった。エリナが何か話しだす前に、カルロはエリナとテーブルのみんなに手を振り、振り返ることなくくま執事と共にテラスの方へと戻っていった。
「……。」
その姿が見えなくなるまで見送った後、エリナはテーブルを振り返った。目が合ったアンゲリカは優しく微笑んだ。
「彼って、とっても真っ直ぐね。」
「…うん、そうだね。」
エリナは力なく笑うとその場に立ち尽くした。頭の中がふわふわしている。するとラウラが隣にやって来て、エリナの背に手をあてて着席を促した。エリナは特に抵抗もせず、それに従って自分の席につくとそのまま隣に着席したラウラと顔を見合わせた。
20241111_修正




