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シャルロッテの行方

 

 本日の洋館にはいつものメンバ―がシャルロッテ以外、全員そろっていた。

 ラウラとアンゲリカはバラ庭園の入口で一緒に花の手入れについて話しているし、グアダルーペはすぐ近くでタマラと一緒に紅茶の飲み比べをしている。


 エリナはマリーサとカルロの二人と一緒に紅茶とお菓子を嗜みながら話をしていた。これまで何度もみんなでいろんな話をしてきたせいか、最近は結構ディープな会話をすることも多くなってきている。けれどお互いに頭の中で思い描く「線引き」があるおかげか、今のところ気を遣いながらも楽しく話をできている。今日もそんな「避けがちだけど気になる話」を三人で楽しんでいると、ラウラと話していたアンゲリカがふらりとやって来て、カルロのすぐ側にやってきた。


「みんな本当に仲がいいわねえ!ところでカルロちょっといい?聞きたいことがあって…」


 アンゲリカは快く承諾したカルロを庭へと連れ立っていった。珍しいなと思いながら二人の後ろ姿を見送る。


 元はと言えば「宗教」というある種のタブーなテーマに会話の舵をきったのはカルロだというのに!やはり一般に避けられがちなテーマだけあって、しばらく話してみてもお互いの理解が難しく、このテーマももう一旦終わりかなと思っていたエリナだったが、意外なことにマリーサはこの話を続けようとしているらしかった。


「ねえエリナ、さっき言ってたのもう一回言って?エリナのところの宗教について。」


「え?えっとね、私…というか、日本人の結構な割合?が、宗教についてよく考える機会がないっていうか。いろんな儀式事はあるし『家』としては宗教を設定しているけど、個人として信じる神様…?は特にはないっていう人が多いのよ。けど大まかに共通した死生観や、なんとなく同じような世界観は共有しているっていうか。」


「へえ?」


「ある種の信心深さとか、見えない存在に対する畏怖の念みたいなのは存在していて、たくさんの神様とそれぞれのタブーなんかは存在するんだよね。みんなその領域を犯さないように、きちんとルールを守ってる。神社には神の宿る木や山が存在していて…願うこともあるけど、信仰しているかは人によるかなあ。」


「うーん。じゃあ生き方とか、人間としてのあり方ってどうやって学んでいるの?」


「ええ?どういう意味?」


「私たちは善い行いや悪い行いについて、宗教の示すところによって学ぶ機会があったって私は思っているの。じゃあ、あなたたちにはそれがないとなると、どうやって善悪とか人としての生き方を学ぶのか。それがすごく不思議なのよ。」


 マリーサの大きな瞳でまっすぐに見つめられる。思わず瞳をじっと見つめかえすと、なぜかちょっと心配…?しているかのような表情もされている気がした。テーマのせいか彼女にいつも以上の「外国人」感を覚える。質問の内容も、その尋ね方も、だ。


「ええと、まず宗教がないと善悪とか人間性を学べない?っていう考えが、私にはとても新鮮に感じるかも。どうして宗教がないと善悪を学べないと思うの?」


 デリケートな話題なので言い回しがまろやかになるようにした結果、質問に質問で返してしまった。


「え、だってそうじゃない?そういうものを学ぶのが宗教だから。」


 マリーサは自分の髪の毛を触りながら、まっすぐ宙を見つめながらしゃべっている。本当に困惑しているように見えたので、エリナはちょっともうこの話は一旦いいかなと思った。喧嘩や衝突の気配を感じると、とっさに自分を引っ込めるのはエリナの性格なのか、国民性なのか。


「なるほどね。考えたこともなかったかも。けど、それでも私たちこんなに仲良くなれるんだからすごいよね?私はマリーサの感情豊かで、正直なところが好きなんだよね。」


 そう告げると宙を彷徨っていたマリーサの目線がエリナの方へ戻り、その大きな瞳がエリナをとらえた。どうにも納得しきっていないような表情にも感じたが、エリナが笑顔で見つめていると根負けしたみたいに彼女も笑顔を見せてくれた。


「そうね、私も大好きよ。」


 マリーサはそう言っていつもより強めに、愛情をこめてハグをしてくれた。こういう感情表現にも最近は慣れたというか、むしろ安心感さえ覚えるようにまでなってきている。豊かなジェスチャーの種類もだし、こういうハグのなかにも強弱があって使い分けがされているっていうのも、彼らのような文化圏の人間と接してエリナが初めて知ることができたことだった。


「ありがとう。」


 色んな感情をこめてエリナがそう言うと、


「ありがとうじゃないわ、ほんとうに大好きよ。」


 とマリーサが返してきた。


 これだ。

 これまでにも何度か体験したことのあるマリーサの「ありがとうキャンセル」を、エリナはいつも不思議に思っていた。これも文化の差なのかなと思いいつも流していたが、今日はちょっとだけ切り込んでみることにする。


「ふふ。いつも思ってたけど、ありがとうを受け取ってもらえないのも新鮮なんだよね。私的にありがとうって、相手の存在に対する感謝とか愛情の意味もこめられていることもあるんだ。この際聞いちゃうけど、実は『コイツなんでもありがとうって言うな』って思ってたりした?」


「ええ?えーと…まあ、いつも言っているわよね。ちょっとしたことでも細かくたくさん言われるのは不思議だったけど。けどたぶんアジア人にとっては謙虚で礼儀正しいことが重要だからでしょ?」


「ふふ…確かにそうなんだけれど。親愛を込めたありがとうも、愛を伝えるありがとうも、その時の行動に対するありがとうも、なんでもあるよ。状況によるけど、思ってもない皮肉のありがとうを言う人もいるしね。」


「何それ混乱するわ、難しいのね。」


 マリーサは手のひらを大きく広げて顔の近くで、お手上げポーズをしている。


「私からすると、マリーサたちも何種類かのありがとうを持ってるよ。みんなが握手やハグとかジェスチャーを使ったりして感情の強弱が識別できるように、私たちも使用しているものが違うだけで色々と使い分けている、感情の種類や強弱があるってことじゃない?」


「そうなの?」


「人類の数だけ『ありがとうのパターン』が存在しているような気がする。」


「考えすぎて病気になりそうだわ。」


「まあ結局は慣れじゃない?お互いをよく知っていて信頼関係があれば問題ないかな。私のThank youは怖い?」


「いや、怖くはないけど。うん、怖くない。と思う、時々悩むかもしれないけど。」


「まあ、こんな話しちゃったからね。」


「秘密をきいてしまったから!アジア人の秘密!」


 わざと困ったような表情を作っておどけたマリーサんい、彼女が一気におふざけに方向転換したことを察してエリナもニヤリと笑って見せる。


「アジア人の特徴なのかな?私が言えるのは、たぶん日本ではそう!ってだけ。けど私があなたにポジティブな意味以外を込めて、ありがとうということはないと思う。」


「ならよかった!でも次からあなた以外の日本人にThank youって言われたらちょっと考えちゃうわ。」


「基本的に感謝の意味だと思っていいよ。ふふ…ごめんね私のせいで…あはは!」


「そうよ、もう!エリナのせいで!私みたいな純粋なメキシカンガールを!」


 目を大きく見開きふざけてエリナを責めだしたマリーサは「んんっ」と咳ばらいをしたかと思うと、近くで紅茶の飲み比べをしていたタマラとグアダルーペにむかって話し出した。


「すみません!私はこの日本人に“ありがとう脅迫”を受けています!」


「ちょっと何?!あはは、やめてよもう!」


 二人でげらげらわらってふざけ合っていると、ちょうど庭園での会話を終えて戻って来ていたアンゲリカとカルロが笑顔で再び話に入ってきた。


「なんだよ、すごい楽しそうじゃん。」


「ふふ。エリナ、マリーサを脅迫したの?」


「そうよ、純粋なメキシコ人の私は、この一見キュートな日本人から脅迫を受けました!」


「あはは、やめてよもう!」


 エリナ達がふざけてお互いをバシバシと叩きじゃれ合っていると、カルロが薄眼で我心理を得たりみたいなふざけた表情になった。


「なんて理想的な女の子の会話なんだ…」


 謎にねっとりとした声色を作っている、絶対に微塵もそんなこと思っていなさそうだ。すぐ近くでは途中から話を聞いていたらしいタマラとグアダルーペもニコニコとしている。そんなグアダルーペに目をつけたカルロが、意味ありげに眉毛を動かして近づいて行った。


「面白そうだし、俺もエリナにならってメキシコ人を脅迫してみようかな。」


 突然ターゲット宣言されたグアダルーペが「いやー!」と、高めの声で悲鳴を上げて見せる。みんなが笑う中、グアダルーペがアンゲリカに助けを求めるもきょとん顔で、彼女は二人のやり取りをちゃんと聞いていなかった。


「あはは!何それもう、やめなよ~。」


 エリナが笑っているとマリーサと目が合った。


「やっぱり、私たちは親友といっていいわ!」


 マリーサは大きな瞳でエリナをしっかりと見据え、両手でエリナの手を包み込んでうなずいている。未だに、このすぐに触れてくる距離感には異文化感を感じる。それでも彼女の温かい人柄を知る私にとっては、それこそコーヒーにシナモンを加えたような、ちょっとホッとするようなスパイスに感じられた。


「そうね、()()()()()!」


 私はニヤッとしてマリーサに「お礼」を言った。


 これを聞いたマリーサは目をまん丸にしたかと思うと手をたたいて笑い始めた。そんな姿を見てエリナもこらえきれずにおなかを抱えて笑った。ちょうど庭の方からラウラとビクトリアが戻って来ると、笑い転げる二人の姿を目にとめて目を細める。


「あら楽しそうね。」


「ふふ…箸が転んでも楽しいお年頃ってやつかしら。」


「ラウラなにそれ、面白い言い回しね?」


 仲良さげに話しながらやってくる二人を、すぐにアンゲリカが会話に迎え入れる。それぞれ笑いが収まってきたところでエリナはふと、今日のお茶会が始まってから気になっていたことをラウラに尋ねてみることにした。


「ねえ、ラウラ。そういえば今日はシャルロッテだけいないよね?彼女がいないのって初めてじゃない?いつもラウラと一緒にいるのかと思ってたんだけど。」


 すると、ラウラがほんの一瞬動きを止めた。不思議な間を感じたエリナは、どうしたんだろうとラウラを見つめる。


「シャルロッテはね。もう、この洋館には戻って来ないと思うわ。」


 そう言ったラウラの言葉は不思議なくらいその場に響いて、さきほどまでわいわいとお喋りをしていたその場の全員が、水を打ったように静かになった。



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