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想像力と創造力


 その場の大人たち全員が小さなミラに夢中になっていると、ふいに廊下側のドアが開いた。ドアの方を見ると一瞬、誰もいないように見えたが、そのまま下方へ視線をうつすと黒ネコのビクトリアが背伸びをしながら入室したのが分かった。これに目をまん丸にして固まってしまったのは、二足歩行ネコちゃんを始めて見るミラだ。


「こんにちは、失礼するわね。」


「…!」


「あら、ビクトリアじゃない。タマラはいないのね、珍しい。」


「ええ、今日は楽しいお客様が来ているって聞いて、飛んでやって来たわ。ね、お嬢さん。」


 ビクトリアが入室してきたところから彼女に目が釘付けになっていたミラは、ビクトリアにウィンクされてびっくりしたのか、ちょっと困り顔になって視線が彷徨い、エリナと目が合った。するとミラはすこしだけ声のトーンを落として、エリナにコソコソと耳打ちしてくれた。


「ねえ、ネコちゃんが喋ってるよ。ネコちゃんが歩いて、お話してる。」


「そうだね。ここのネコちゃんたちは、みんなそうなんだよ。」


「!…そうなの?」


 わあ!と手を口元にあてて驚いたポーズをして見せたミラは、ビクトリアのほうに視線を戻すと、こちらにまでドキドキが伝わってくるようなそわそわした様子で、椅子からとび降りてその場に立ち止まり、ビクトリアのほうを見つめた。


「あら、ふふふ。はじめまして、私はビクトリア。あなたのお名前はミラ、でしょ?」


「!すごい、ミラの名前知ってるの?なんで?どうやって分かったの?」


 ミラはチラリとエリナたちの方を見るやいなや、すぐに興奮気味にビクトリアを質問攻めにしている。


「ふふ…人間には分からなくても、ネコちゃんには分かることだってあるの。さあミラ、席に座って。私も隣に座っていい?」


 ミラは素直に手を上げて「はーい」とビクトリアに従い、椅子によじ登ろうとした。エリナやマリーサたちが立ち上がろうとしたところ、すかさずラウラがやって来て小さな彼女を抱え、イスに座らせた。席に着くと改めてビクトリアに向き直ったミアは、キラキラと目を輝かせている。


「ねえ、ネコちゃんは何を食べるの?」


「私はビクトリアよ。ネコちゃんにも名前があるの、小さな人間の女の子ちゃん。」


「わはは!ビクトリアは何を食べるの?」


「私は、フルーツティーパンチとクッキーを食べるわ。」


「その紅茶、飲めるの?すきなの?」


「私は好きよ。」


「へえ、すごーい。」


 そんな会話を次々に展開する二人は、ずっと普通のことしか話していないのだが聞いているとなんだかおもしろい。


「あはは、なんか二人ともかわいくて面白いね。」


 エリナがそう言うとマリーサもグアダルーペも賛同した。何なら視界の端にチラリと見えたくま執事とラウラすらも、うんうんと頷いているのが見えたような気がした。


「ねえ、ビクトリアはこのお花が何か知ってる?」


「ミラは何か知ってるの?」


 ビクトリアが優しく尋ね返すと、ミラは得意げな表情になった。


「うん、これはね。さくらって言うんだよ。ミラの、日本に住んでるおばあちゃん家にもにあるし、家の近くの川のにもたくさんあるんだよ。」


「まあ、そうだったの?」


「うん!すっごくきれいなんだよ!」


 手を上に向けていっぱいのジェスチャーをして見せるミラを見て、ビクトリアは目を細めて笑った。


「ミラはサクラが好き?」


「うーん…好き!けど、チューリップとかも好き。」


「そうなの。」


「けど、何でここにさくらが咲いているのかなあ?ここは日本じゃないみたいだけどなあ?」


 ミラは、桜があるからここは日本だと思ったらしい。エリナもなぜここに桜があるんだろうとは思っていたので話に入ることにする。


「実は私もそう思ってた。なんで今日はここに桜が飾ってあるんだろうって。何か意味があるのかな?ラウラがいつも花を活けてくれているのよね?」


 エリナがくま執事の隣に立っているラウラに話を振ると、ラウラがニコニコとテーブルに近づいてくる。その間にマリーサとグアダルーペも会話に加わり、二人は桜を見た感想を話していた。


「サクラってたしか、日本とか?東アジアの花よね?ちょっとアーモンドの花に似てるわ。とっても美しいのね!ほら、このへんからパッと花の妖精が現れたりなんかしそうじゃない?」


「はは、確かに。すごく華やかだし花の妖精とかでてきそうだよね。僕は正直、飾ってある花にあまり意識は向かないんだけど、この花は景色と調和がとれていて、けど花自体にもちゃんと存在感があっていいね。ぼくはこの、木の枝っぽいところが好き。」


 エリナが外国の人から見た桜の感想になるほどとうなずいていると


「お花はね、タマラの友達でミリアさんという方がいつも持ってきてくれるの。それで今日は桜なのよ。ミリアのお花はいつもきれいだから、ティータイムの時に飾らせてもらっているの。」


 ラウラがみんなにそう説明すると、全員が先ほどのエリナと同じくなるほど、と頷いた。するとみんなが話している間にもミラと話をしていたビクトリアが、興味深そうに口を開いた。


「おもしろい。あなたたちってこういう芸術一つ取っても、作者の想いを気にするものと、自分の想いを口にするものとに分かれるのね。」


 手を口に当ててふむふむと考えているようすのビクトリアに、すかさずマリーサが「どういうこと?」と尋ねる。


「例えば、この暖炉の横にかけられた絵画を見て、あなたたちはまずはじめに何を思う?」


「え?私?」


 油断していたところにぱっと目が合ったエリナは、面食らいながらも素直に頭に思い浮かんだことを話した。


「私は…この女性が見つめる先には何があるんだろうって思ったかな。ここに描かれているフルーツにも、なんか比喩とかそういう別の意味があるのかなって気になった。」


「そう。じゃあマリーサとグアダルーペ、あなたたちは?」


「私は、初めは嬉しそうな表情の女性が描かれているのかと思ったけど、見ているうちに怒っているようにも見えるなって思え始めてきたかしら。あと女性の服が美しいわ。」


「僕は、全体的に色使いがきれいだなって思った。」


 マリーサとグアダルーペがそう告げると、ビクトリアは最後にミラにも同じことを尋ねた。ミラは、少し考えるそぶりを見せた後に「キレイ!」と、元気よく一言だけ発した。そんなミラに大人たちが笑顔を浮かべていると、ビクトリアが満足そうな顔になり続きを話す。


「ほらね?エリナは真っ先に作者の意図をくみ取ろうとするんだけど、ミラとマリーサとグアダルーペは自分がどう感じたか、どう見えたかを最初に思い浮かべているでしょう?これって非常に興味深いわ。」


「言いたいことは分かったけど、それってそんなに面白いことかしら?」


 マリーサが不思議そうな顔をすると、ビクトリアはフンと鼻を鳴らす。


「ええ、すごく興味深いわ。だってあなたたちが芸術を目にした時、同じものを見て、全く別の思考過程を踏んで一つの作品を見つめることになるのよ。」


「なんか難しいことを言っているけど、それってすごく普通のことじゃない?」


 グアダルーペが唇をとがらせながらビクトリアに疑問を投げかける。この唇をとがらせているのは怒っていたり不満を抱えているのではなく、彼が何か考えごとをしている時によくでる癖だ。


「いえ、これって他のことにも通じていると思うの。エリナは基本的に話すより聞く方が得意だし、マリーサは話す方が得意でしょう?そういう風にだれかと何かを共有する時、各自が一体どういうキャラクター的な前提をもって(のぞ)むのかっていうのは、あなたたちはハッキリと認識はしていないんじゃない?そうして時には、お互いに差異があることを認識しないまま人間は争いを始めるでしょう?」


「え?ムズすぎない?」


「それぞれの差異の内容ではなく、それぞれに存在している差異そのものについての認識ができにくい点は人間の面白い特徴の一つだと思うわよ。このことは有史以来の人間がずっと争いを止めないことの、一つの理由だと思うの。」


「あ~そういう着地点なのね。ビクトリアも何か学校でそういうことを学んでいるんだっけ?」


 その問いにビクトリアは頷いた。一連の様子を見ていたマリーサは


「まあ、たしかに。私はエリナがこの絵を見て、芸術に正解をもとめようとしているのかと感じたわね。自分の感想はないの?って、ちょっとだけ思ったかも。」


 そんなことを言われてエリナは少し衝撃をうけた。エリナの方はマリーサとグアダルーペの感想を聞いても特に何も思うことはなく、二人はこの絵からそういうイメージを得たんだなあくらいにしか思わなかったのだが、まさか今の一瞬で自分が意見のない人間だと思われたとは。


「そうなんだ。感想がないっていうか、ただ書いた人の想いがどこにあるのかが気になっただけだったんだけどね。」


 ちょっぴり悲しい気持ちにはなったので、少し伏し目気味になって話す言葉は自己弁護っぽくなってしまった。それでもすぐに顔をあげると、目の前のマリーサの様子はかなり真剣にとても焦った様子で、エリナの方に全身を向けて全力で申し訳なさを表しながら謝ってきた。


「ああごめんね、ちがうの。批判したわけじゃなくって。ビクトリアに言われてみればそれも分かるかもって思っただけなの。私は飾ってあるものを見て、飾った人の気持ちはどんなだったんだろうなんて考える事は一度もしてこなかったものだから。エリナがそんな視点で物事を考えてるなんて、思いつきもしなかったわ。」


「ああ、いや。わたしこそヒドイこと言われたみたいなそぶり見せてごめん。たしかにこの絵の正解は何だろうって思ったに近いかもだしね。実際マリーサたちみたいに自分の感想がスッと出てくるのっていいなって、カッコいいなって思ったよ。」


「私はエリナが、作者の気持ちまで考えられることを尊敬しているわ。本当よ。」


「あはは!おおげさだなあ、でもありがとう。」


「おおげさ?じゃないけど、まあこれも文化差?個人差?なのかしらね!」


 二人でニコっと笑いあうとエリナは少し安心した。こういった小さな言い合いは実は頻発しているのだが、乗りこえたときにはいつも、さっきまでよりも分かり合えたような気持ちになれて嬉しくなるのだ。


「見た?これが正しく、人間たちが個人のチカラで争いを回避する方法よ。」


 ビクトリアがなぜかエヘン、という表情でグアダルーペに語り掛けている。


「マリーサとエリナはいつも違う意見なんだけど、お互いにそれを理解し合って後に問題を放置しない。引きずらないからね!すごくいいよね。」


 グアダルーペはニコニコしている。そうやって大人たちとネコちゃん一匹がひとしきりの会話を終えると、りんごジュースを飲んでいたミラが幼いながらにちゃんとタイミングを見計らっていたようで、おもむろに声をあげた。


「ミラ、トイレ行きたい。」


 彼女の主張にすぐにラウラがやってくるとミラは椅子から抱え上げられた。テーブルのみんなに「いってきまーす」と言い残すと、抱っこされたミラは手を振りながらドアの向こうへと消えていった。エリナが、ミラの前でちょっと退屈な話をしてしまったかなと反省していると、マリーサが


「ミラの前で難しい話をしちゃったかしら。退屈だったのかも…。」


 と、心配そうな表情を浮かべた。そうすると少し落ち込んだ表情のマリーサに、グアダルーペがいたずらっぽい笑顔を向けた。


「大丈夫だよ。」


「!」


「実はミラと僕で、変な顔ごっこをして遊んでたんだ。みんなは話が白熱して気がついていなかったみたいだけどね。」


 その瞬間マリーサはパッと笑顔を取り戻し「さすが私の弟!」と、グアダルーペの肩を抱き寄せた。そんな兄弟の様子を見ながらエリナは、微笑ましいなと思う自分と羨ましいなと思う自分がいることを自覚する。エリナはぬるくなったフルーツ・ティー・パンチを(すす)った。

 先ほどより静かになった部屋には、窓の向こうからしっとりとやわらかい雨音が届いていた。



20241015_修正

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