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親切とアフタヌーンティー


 アンゲリカがエリナとシャルロッテの幼少期について尋ねるとまず、シャルロッテが話の口火を切った。


「私はたぶん、ものすごくのびのびと育ててもらったと思うわ。おばあちゃんも一緒に住んでいて…すごく小さいときは両親の代わりにおばあちゃんが面倒を見てくれていたの。私、若いのに口が達者だって言われるのは、おばあちゃんとそのご友人たちに混じってずっとお話していたからかもしれないわ。」


「ああ、なるほど。そうだったんだね。」


「ええ。最近はみんなと会えていないから、そろそろみんなに会いたいわね。」


 シャルロッテは目の前の宙を懐かしそうにみつめる。そんな彼女にアンゲリカは少しだけ心配げな表情になった。


「あら、どうして最近は会えてないの?」


「…どうしてだっけ?私にはやることがあって、みんなは一緒に来られなかったと思うのよね。うーん、忘れちゃった。本当になんだっけ?思い出したら言うわね。」


 シャルロッテは頬に手をあてて首を傾げているが、忘れたことについてはさほど気にしてない様子だった。二人がエリナの方をみる。エリナは自分の番になったのを察して、お腹のあたりがひたひたと冷えていく感覚を覚えた。

 この手の話は取り繕うのにもエネルギーを使う割に、本当のことを言うと微妙な空気になるので苦手なのだ。それでもなるべく真実に近いことを言う方が良い結果を生むような気がして、エリナは重い口を開いた。


「うーん。私のところはちょっと変な家庭っていうか、あんまり良い家族関係じゃないから子供の頃の面白い話っていうとなぁ。物心つくのは結構早かったと思うけど、コマーシャルで動いているぬいぐるみが本当に動くと思ってたとか、そういう子供らしさはあったはず。遊具とかゲームで遊んだりとか楽しいことはそれなりに覚えているけど、まあ基本的にはずっと他人の顔色伺っていた子供だったよ。」


 一瞬、間があったようなきがしてアンゲリカの方を見ると、何かを察したような様子の彼女は不安そうな表情でエリナを見ていた。アンゲリカは口元に手を持っていき、すぐに離すとエリナに謝罪した。


「えっと、ごめんなさい。気分を悪くさせる質問をしてしまったかもしれないわ。そんなつもりはなかったのだけれど…。」


 ――ああ、予想はしていたけど申し訳ないなあ。


「いや、アンゲリカは悪くないよ。私がもっと楽しいこと言えればよかったんだけど、そのまんまを話しちゃったから。それにほら、そもそも子供時代について話振ったの、私の方だったし。」


「いえ、そんなことはないのよ。ごめんなさい。」


「いやいや。ていうか、アンゲリカの息子さんこそどんな子だったの?いまは高校生だったっけ…?」


 話を変えるとアンゲリカは少し申し訳なさそうな顔をした後、やや遠慮がちに息子のこと話始めた。それも話していくうちに彼女は少しづつ柔らかい表情を取り戻していった。


「あの子は本当にかわいいのよ、夫の忘れ形見だっていうのもあるけど。なにかとシングルマザーの私にすごく気を遣ってくれる思いやりのある子なの。」


 アンゲリカは本当に幸せそうな顔で、話をしてくれる。


「昔、まだあの子が小さい頃にね?映画を見に行ったの。ちゃんと子供向けのやつよ?けどそれが結構感動もののストーリーで、わたし泣いちゃったのよ。そしたら、次から映画に行くたびに『ママ、ママは映画にいくと泣いちゃうから僕と一緒じゃなきゃだめだよ。お土産を買ってあげるから、泣かないでね?』って、入り口でポップコーンを買ってくれようとするのよ。」


「あはは!やさしい!」


「まあ、とっても紳士なのね!」


 シャルロッテもエリナもまだ幼い男の子が真剣に母親を元気づけようとする様子を想像して、その可愛らしさに思わず破顔した。エリナは会ったこともないアンゲリカの息子のことを愛しく思えた。


「可愛らしいでしょう?本当に、私の宝物なの…。」


 そういうアンゲリカの目は過去も今も全てが愛おしいと物語っていて、母親の愛情深さにあふれていた。そんな彼女を見ていると、エリナの中で微笑ましさと胸の痛みが同時に生まれた。


「すくすくと心配事なく育ってほしいのは、親ならみんな思うでしょう?金銭の問題で将来の選択肢が狭まらないように、私はしっかり働かないといけないから、そうするとどうしても一緒に過ごす時間が減ってしまいがちなんだけどね。」


「だから、最近は送り迎えがコミュニケーションの場所になっているのね?」


 シャルロッテが言うと、アンゲリカは笑顔で頷いた。


「そう!会社のみんなも優しくてね?怪我した息子の送り迎えで早く帰らなきゃいけないって言ったら、それからはいつも少し早めに帰してくれているみたいなのよ。本当に、本当に有難いわ。」


 ニコニコと話すアンゲリカは、エリナの想像上のとても良いお母さん像に当てはまっている。


 ――いいな、素敵なお母さん。


 エリナはアンゲリカの話を聞くうちに、自分の中で幸福な気持ちと羨ましい気持ちがないまぜになっていることを自覚していた。


「けど、息子がね?あの子優しすぎるせいか『親切は良いことだと思っていたけど、最近はすこし怖い』っていうの。」


「どういうこと?」


「親切心でおじいさんに席を譲ったら『俺は年寄りじゃないっ』て怒られたって。けど、きっとそれだけじゃないと思っているのよね、母親の勘。」


「ああでも、そういうおじさんっているよね。」


 アンゲリカは息子を想ってか眉を下げているが、エリナはその話に特に不自然さは感じなかった。なんというか、青少年の成長過程というかんじだ。


「そうなの?いろんなおじいさんがいるのね?」


 シャルロッテが不思議そうな顔をしている。


「世の中にはいろんな人がいるでしょう?だから息子には色んな面での引き際も覚えて、自衛してもらいたいのよね。じゃないと自分も傷つくし、周りの人にとっても親切の押し売りになっちゃうでしょう?」


「まあ、そうね。」


 エリナはうんうん、と頷きながら話す。


「親切って自分の善意を受け入れてもらうことじゃなくて、相手に選択肢をゆだねる行為だもんね。」


 エリナがそういうと、シャルロッテが合いの手を入れる。


「そうね。たまに、こんなにしてあげたのに!っていう方もいらっしゃるけど。受け入れられなかったことに文句を言うのは、優しさとは少し違ってくるものね。」


 そう言うと、アンゲリカが人差し指を立てながらエリナを見つめ「そうそう!」と同意した。


「まさに!息子の優しさに心を開いてくれた近所のおじちゃんたちと仲良くなって帰って来ることもあれば、ちょっと虫の居所の悪い人間と接触してへこんで帰って来ることもあって。だから人に優しくすることと、受け入れられるかどうかは別の話なのよって、一緒にお話ししたのよね。」


 するとこれまで黙々と豪華なアフタヌーンティーに舌鼓を打っていたタマラが、食事がひと段落したのか話に入ってきた。


「にゃ。その時のヤンは、自分の親切がうまくいかなかった過去の記憶のせいで、やさしい心を行動に移すのが怖くなっちゃったのにゃ。その上で、別件の友達の親切をうまく受け取れなくて逆に怒られてしまったことも気にしてた。けど無理しなくていいのにゃ。行動しないと自分に悔いが残る、後悔するってなってきた時に、行動に移せたらいいんだにゃ!」


「そうね…あら?うちの息子の名前、私言ったかしら?」


「タマラはなんでも知ってるにゃあ。」


 紅茶を飲み干してフンっとふんぞり返るタマラ。だが、すぐにへにゃっとした顔になり、


「…というのは冗談で、アンゲリカがこの前教えてくれたにゃ。」


「そうだったかしら?」


「そうにゃ!」


 アンゲリカとタマラのとぼけたやり取りは、その場のみんなの笑いを誘った。




20241015_修正

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