マリーサとグアダルーペ
エリナとカルロ、シャルロッテの三人でのんびりとおしゃべりしながらテラスで待つこと数十分、室内からマリーサとグアダルーペがやって来た。
「お待たせ~!」
「やっと準備できたよ!」
マリーサは黒髪をゆるりと巻いた腰までのロングヘア―が美しい美人な女性で、彼女の印象にピッタリな赤いワンピースを着ている。この通り明るく活発なのだが、節々にみえる所作は美しく育ちの良さがうかがえる。グアダルーペも同じく少しはねのある美しい黒髪がまず最初に目に入り、グレーの控えめな色のシャツがより彼の美しさを際立たせている。マリーサが隣にいるせいなのか、おとなしいようにも見えるが話してみると結構やんちゃで、どうやら姉を隠れ蓑にわざと控えめにしているようだ。二人は双子の姉弟で、顔立ちは瓜二つだった。
「それで、今日は何をするのかしら?」
シャルロッテが少し食い気味に二人に尋ねる。
「今日はね、ピクニックに行こうと思うの!」
「湖の近くまで行きながら、景色のいい所を見つけようって話になったんだ。」
なるほど、確かにマリーサとグアダルーペは二人とも手にバスケットを提げてやって来ている。マリーサが腕に通しているバスケットの方が小さめで、大きい方はグアダルーペが手に提げて振り子みたいにして持っている。エリナはこっそり、グアダルーペがケーキを持たされていないことを祈った。
「ラウラもついてきてくれるのよ。エリナ!この前、興味あるって言ってたメキシコのコーヒーも飲めるわよ!」
「わあ~!うれしい、ありがとう!」
エリナとマリーサは、初めて会った時から意気投合した。会うのは今日で二度目だったが、マリーサの分け隔てない明るさと、エリナの積極的になんでも受け止める性質はとてもマッチしたらしく、以前からの友達のように仲が良い。
「カフェ・デ・オジャとオルチャータでしょ?すごい楽しみ!私、実はカフェに行くと必ずシングルオリジンで、メキシコ産コーヒーを頼むのよ。メキシコの美味しいものにはすごく期待してる!」
以前のお茶会で、メキシコならではのカフェ文化はないのかと聞いたところ、メキシコはコーヒー文化らしく、メキシコ的な飲み物として上の二つをオススメされたのだ。マリーサの言葉に、期待に胸を膨らませていたところ、シャルロッテが感心した様子でエリナに話しかけた。
「エリナは食べ物に詳しいのね!」
これを「食いしん坊ね!」と言われたことと同義だと捉えた、エリナはちょっと恥ずかしくなった。マリーサはシャルロッテにも嬉しそうに近寄っていった。
「シャルロッテはコーヒーじゃない方がいいわよね?オルチャータはコーヒーとか紅茶みたいな飲みものじゃないけど、メキシコならではのテイストの飲み物なの。シャルロッテにはこっちをトライしてみてほしいわ!」
「そうなのね、ありがとう!とっても楽しみよ。」
いつも通りどんな提案もどんとこいなシャルロッテが、ニコッとマリーサに微笑んだ。そんな話をしながらシャルロッテ、エリナ、カルロと三人は順に席を立ち、先にテラスから階段を下りていた姉弟にならい庭先に降り立った。そしてみんなが集まったところで、奥の湖へ向けてみんなで歩き出したのだった。
「それにしても嬉しいなあ~まさかエリナがメキシコの料理や歴史が、そんなに好きだとはね。」
ニコニコと隣にきたグアダルーペが話しかけてきた。
「歴史はもともと好きなのよ。それに、おいしい料理は人生を豊かにするでしょ?とても重要なこと、素晴らしいことよ。私、よくメキシカン・レストランでワカモレとサルサのお持ち帰りして、家でも食べてるから。」
エリナがそういうとグアダルーペが驚いた顔をしたのち、すぐに嬉しそうな顔になった。
「おお、ワカモレ!へへ…実は今日のピクニックにもあるかも?」
「ええ、本当?!」
「いやどうだ?そうだなエリナ、どっちだと思う?どっちに食後のデザートを賭けるんだ?」
グアダルーペはいたずら少年のような顔をしている。彼の姉のマリーサは、明るくて押しの強さはあるものの、しっかりしている。一方のグアダルーペは逆に目立たないようにしている割に、その言動は純粋に子供っぽいのだ。今もまたチラチラとよそ見をしながら、子供のようないたずらを仕掛けてきそうな雰囲気を醸している。
「あはは!何それ小学生じゃん!けどそうだね『アリ』じゃない?楽しみにしとこ!」
そこへカルロがやって来て、パシッと手を握り合う挨拶をすると隣に肩を並べた。
「なあ、グアダルーペ。トルティーヤチップスは持ってきたか?」
「?あるけど?」
「じゃあワカモレも、サルサソースも用意してきてるに決まってるじゃないか。楽しみだな!」
カルロがニカっと笑うとグアダルーペが一瞬びっくりした顔になったがすぐにニヤッとした。
ーーえ、これって何らかのジョークだったのかな?
エリナは二人の会話を不思議に思いながら、メキシカン居酒屋のお通しでトルティーヤチップスが出てきたときに添えられていたソースについて思い出そうとしていた。確か、緑のワカモレと一緒に赤いサルサソースがついていた記憶がある。
グアダルーペはすぐにニカっと笑いなおすと、親愛をこめてカルロの腕をバシッとはたいた。
「おいネタバレかよ~カルロ、うぜー!このかっこつけ野郎!」
「ははは、そんなにカッコいいか俺は。なあ、エリナ?」
「?うん、そうだね。」
途中二人と会話の意図するところが読めなかったエリナは、トルティーヤチップスの話からそのまま派生して、今日のピクニックで何を食べるのかについて考え始めていた。そのため二人の会話は半分くらいしか聞いていない。
「ははは、そうだねって。」
グアダルーペがゲラゲラと笑い、エリナがよく分かっていない表情のまま笑みを浮かべていると、なんともいえない表情のあと、カルロも一緒に笑い始めた。よくわからないけど二人が楽しそうで、エリナもニッコリと笑顔になる。
「ちょっと、何なに?楽しそうね?」
男性諸君が笑い始めたところで、後ろで楽し気に話をしていたマリーサがラウラとシャルロッテを引き連れ、興味津々に三人の話に入ってきた。
「いや、ちょっとな。というか、どこまで歩くんだ?」
カルロが尋ねると、その問いにはラウラが答えた。
「もう少しかかるかもしれないわね。湖近くにある丘あたりまで行くのよ。」
「なるほどな、了解。」
エリナも「はあい。」と答えると、ラウラがニコッと笑う。
六人は目的地の丘を目指して、ゆったりとお話をしながら歩いて行った。
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「このへんでいいかしらね!ラウラ!」
「そうね。ここからだと、湖もちゃんと見えていい眺めだと思うわ。」
マリーサとラウラの会話のあと、本日のピクニック会場が決定した。洋館からだとあまり目立たなかったが、ここからだと湖の色、その透明度までよくわかる。
「きれいなグリーンというか、空の色みたいだ。こんな色をしていたんだね。」
グアダルーペの言う通り、湖は空と緑のまじりあったような不思議な明るさのある輝きを放っていた。緑に見えるのは空の色か、それとも湖面下の水草がみえているのだろうか。いずれにしても透明度が高いのがよくわかる。
「これだけ美しいのなら、もっと近くでのぞき込んでも綺麗なのかもしれないわね。」
シャルロッテが隣のラウラに話しかけると、彼女は「そうね」とニコッと笑った。
「それに、今日はお天気もちょうどいいし、申し分のないピクニック日和だわ。」
見上げるとラウラの言う通りだった。晴れて澄み渡った水色の空にはところどころ雲が浮かんでおり、春の日のようなやわらかい日差しが六人を包み込む。風はほとんどないが、ほんの時折、心地よい風がふいてきていた。
ラウラがピクニック中に下に敷く布の敷物を草原にだすと、カルロとグアダルーペがそれを受け取って設営をした。風はほとんどないのだが、たまに吹く風に飛ばされてはいけないのでさっそくみんなでその上にあがる。
その後は、ラウラがバスケットのなかから出すものを、それぞれみんなで回していった。カップとお皿がいきわたったところで、マリーサがトルティーヤチップスとサルサソース、ワカモレをまんなかにコトリと置き、その両隣にはチュロスと一口サイズのケーキが置かれた。
「まあ、美味しそうね。このケーキは、なんというの?」
小さな可愛らしい長方形のケーキについて、シャルロッテが尋ねるとマリーサが答えた。
「これはトレス・レチェっていうの。ミルクシロップがしみ込んだスポンジがしっとり甘くて美味しいのよ。実は、誕生日とかに食べたりするんだけど、まあ今日は特別な日だってことで。」
「そして、これがみなさんご存じのチュロスと、トルティーヤチップス。しょっぱいのも食べたくなるだろ?それに、ほら!大人気、ワカモレだよ!」
グアダルーペが、カルロとエリナの方をむいて笑顔で言った。
「やった~!これ私、本当に大好きなの!」
「あら、エリナはワカモレが好きだったのね?どんどん食べていいわよ!」
姉弟とエリナたちでどんどん進む会話のなか、シャルロッテが不思議そうな顔をして尋ねた。
「ワカモレってなあに?」
「ワカモレは簡単に説明すると、アボカドのディップだよ。人によって玉ねぎを入れたりニンニクをいれたり、アボカドだけだったり色々さ。ただ、綺麗なグリーンが褪せないように、レモンの果汁は絞って入れるのが普通かな。」
「まあ、そうなのね。私もたべてみたい!」
未知の食べものを知ったシャルロッテは目を輝かせている。
「まあまあ、じゃあさっそく飲み物を!メキシカンスタイルのコーヒーと、オルチャータっていうライスベースの飲み物があるわ。ちゃんといつもの紅茶とか、さっきの炭酸水もあるから安心してね。」
マリーサがリーダーらしくみんなに通達すると、各々はわいわいと話し合いながら飲み物を決めた。そうして手始めにみんな、メキシカンコーヒーをいただくことになった。コーヒーが苦手なシャルロッテだけ、さっそくオルチャータをチョイスしたらしい。ちなみにエリナもコーヒーのあと、オルチャータをもらう約束をしている。
コーヒーは、保温できるらしいポットに入れてきたのをラウラが注いで回ってくれた。カップに注がれた瞬間、スパイスの香りが立ちのぼる。
「お、シナモンの香り。」
カルロが呟くと、マリーサが嬉しそうな顔になる。
「そう!カフェ・デ・オジャは、コーヒーの粉をシナモンと砂糖と一緒に、メキシコ伝統の陶器で煮だしたものをいうの。本当は、カップも陶器で出したかったんだけど、ピクニックにだし贅沢は言わず、ここはいつものコーヒーカップで。どうぞ!ラウラも一緒に飲もうね。」
ラウラが席に着いたのを見届けて、さっそく一口いただいてみる。なんともいえないまろやかな甘みとシナモンの香りが鼻腔をくすぐった。
「あ、おいしい~!」
「ふふ。」
張り切って準備してくれた、マリーサたちは嬉しそうだ。
「甘いけど、それだけじゃない。シナモンのおかげでキリっとするな。」
カルロはこうみえて甘いもの好きらしく、わりとメキシカン・コーヒーを気に入っている様子だった。その様子を眺めていると、横からカラカラと音が聞こえてきた。見ると、シャルロッテがオルチャータの入ったグラスの氷をストローでかき混ぜている。カラカラと混ざるグラスの中身を一緒に見つめながら、エリナはシャルロッテと話をする。
「どんな味なんだろうね、それ。」
「そうね。ねえ、マリーサ。これはどういう飲み物なのか聞いてもいいかしら?」
シャルロッテがマリーサに話を振ると、マリーサは詳しいレシピをおしえてくれた。
「メキシコのオルチャータはね、お米とアーモンドやスパイスを水に浸して、それをミキサーにかけたものを布巾で濾すの。今回は私のお気に入りでアーモンドだけ一緒に入れたわ。それに砂糖とか、好きなフルーツとか、ジャムでもいいわ、味付けをして飲むものなの。私はうんと冷たくして飲むのが好きだわ。」
マリーサの説明を聞いていると、エリナも猛烈にオルチャータを飲みたくなってきた。エリナはこと食に関しては、かなり目移りしやすい人間なのだ。そんなエリナのそわそわとした様子にマリーサは目ざとく気がつく。
「うふふ、エリナも今飲みたいんでしょ。」
「分かっちゃった?」
「ええ。ラウラ、エリナにもオルチャータをお願いしてもいいかしら?」
「分かっているわ。ふふふ…」
すでに準備してくれていたらしかったラウラから、オルチャータのグラスを受け取る。シャルロッテは「一緒に飲みましょう」といって待ってくれていた。そんな可愛らしい提案をしてくれるシャルロッテが可愛くてしょうがない。グラスを手に目配せをすると、二人で一緒にオルチャータをいただいた。
「!え、おいしい!この香ばしさは、お米の香ばしさ?それともアーモンドの香ばしさ?どこにも尖りがないこのまろやかさ!もちろんそのままでも十分に美味しいけど、私はいろんなシロップで味付けして飲んでみたい!」
「何、あなたはグルメ評論家なの?」
エリナのコメントに、マリーサは口を開けてケラケラと笑った。
「それカルロにも言われていたわよね。」
シャルロッテも口元を抑えて笑っている。
「や、それだけ美味しいってこと!」
ーーまずい、どんどん食いしん坊キャラが板についてきている気がする。
和気あいあいとした雰囲気の中でエリナが一人謎の危機感を募らせていると、口元に人差し指を当ててマリーサが考える仕草をしていた。
「うふふ…そうね。味付けは、私はたまにイチゴジャムを入れたりしているわ。」
「それ、すごく美味しそう!けど、流石に今日はないか。」
エリナがチラリ、とラウラの方をみると、マリーサと目を合わせてニコニコしていた。
「そういうと思って、私がちゃんとラウラい用意してもらってまあす!」
「すごーーい!」
エリナが歓声と共にパチパチと拍手をしたのとほぼ同時に、マリーサが得意げな顔をしてラウラの取り出したいちごのジャムを印籠のように掲げた。
――あ、この顔。いたずらする時のグアダルーペと同じ顔。
さすが双子の姉弟、という共通点を見つけて思わずじっと顔を見つめる。隣では数拍遅れてシャルロッテがエリナに合わせて拍手をしていた。
その間にすかさず、マリーサがエリナとシャルロッテのオルチャータにイチゴジャムを入れた。ここで瓶をわたさず二人のグラスに直接ジャムを入れてくれるところが、なんともマリーサらしい。一口含むと、まろやかな香ばしさのあるイチゴミルクといった味で本当に美味しかった。
「あ~、これは大正解。優勝です、マリーサ!」
マリーサを見つめて右手を差し出すと、マリーサはその手をガシっとにぎり、二人はハグをした。
「誇らしいわ!」
すごく単純だが力強いやり取りだった。こういうコミュニケーションはエリナにとってほぼ初めてのことだったが、すごく自然にできたし、エリナの喜びの感情がマリーサに真っ直ぐ伝わったのが感じられた。
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