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ダークファイア

作者: 月島 真昼

 王国の地下には「ダークファイア」と呼ばれる、黒い炎が封印されている。それは邪神が死に際して残した、万物を塵芥と化すまで消えることのない世界最強最悪の呪いの火であり、72人の聖女・聖者達が火だるまになりながらこれを封印した。

 もしダークファイアが封印が解き放たれることがあれば、消えぬ炎は瞬く間に大地を燃やし街を燃やし森を燃やし川を燃やし海を燃やすであろう。

 そのダークファイアを現在、王国は、ゴミ処理施設として使っていた。

 あくまで一例であるが、人口1億2500万人と言われているとある国の、ゴミの総排出量は4095万tである。一人あたり一日に890gのゴミを出す。(環境庁調べ)

 その国よりも文明レベルの劣っておりパッケージ等に伴うプラスチックの消費文化のない王国では一人あたりのゴミの排出量は「とある国」の半分程度ではあるものの、それでも王国の人口125万人の生み出すゴミの総量は20万tにも及ぶ。

 ダークファイアをゴミ処理に用いるよりも以前の王国のゴミ処理施設は埋設型であった。有毒物質が湧かないほど高温で焼くための炉がなかったからである。法術によって匂いの抑制などがなされたもののやはりすさまじい悪臭を放った。ゴミの収集・悪臭の対策にはすさまじいコストを要した。

 しかしダークファイアを用いればあら不思議。とある国の最新型焼却炉に匹敵する超高温がほとんど一瞬でゴミを焼き尽くしてくれる。その超高温の前では悪臭は発生せず、有毒物質は存在できない。また埋設のための場所の選定は王の頭を悩ませたが、ダークファイア処理を経たゴミは塵芥となる。ゴミが多いため塵芥もそれなりの量となったがそれでもゴミそのものからすればごくごくわずかであった。しかもその塵芥は畑に撒けば肥料として機能した。

 ダークファイアが封印されている深い深い穴の底からはすさまじい熱が立ち上っている。王はこれを使って湯を沸かした。その湯を用いて公衆浴場を作った。国民からはごくごくわずかな利用料だけを徴収した。

 王国の冬は厳しく、凍死者が出るのが毎年のことであった。しかしダークファイア浴場によって体を暖めることができたこの年、王国から凍死者は消えた。国民は毎日といってよいほどこの浴場を利用し、ごくわずかだけ取っていた利用料は莫大な富を生むようになった。浴場によって体を清潔に保ったために病が少なく。ダークファイアの湯には上流の水質が関係して疲労回復・抑鬱・美肌効果があったため、国民は疲労にも強く、そして美しくなっていった。

 また(とお)ダーク(ファイア)で焼いた肉を浴場近くで販売し、その肉は遠赤外線効果によって独特の味わいを持ち、王国の名物となって外貨をも集めた。

 ダークファイア浴場からは膨大な水蒸気が立ち上っている。王はこれが壁際に置いていた小物を動かしたのを見てこれを動力として用いることを思いついた。

 これがこの世界における最初の蒸気機関を生んだ。ダークファイアによって熱せられた水は水蒸気として立ち上りダクトを通じてタービンを回すことに使われた。タービンの周囲には磁石が取り付けられ、回転と磁石は電力を生んだ。電力は銅線を伝って民間に供給され、先に発明されていた白熱電球とあわせて街に光を灯した。これによって王国は夜を昼とした。

 なおその際に冷まされた湯が浴場に送られて利用されたことは言うまでもないだろう。

 王国の発展を不思議に思った他国の視察団は、その繁栄がダークファイアによって支えられていることを知った。

 王に「我が国にもダークファイアを譲っていただけないだろうか?」と尋ねた。

 王は苦悩した。ダークファイアは王国の所有物だが王にダークファイアを永続的に独占しようという意図があったわけではない。しかるべき対価を払うのならば、ゴミ処理問題や厳しい寒さに悩む他国にダークファイアを分け与えることもやぶさかではなかった。だが王を悩ませたのはただ一つ。ダークファイアは危険なのである。

 ダークファイアは法術によってつくられた封印の中でならば短い間、持ち運ぶことは可能である。だがその移送団がダークファイアを落としてしまえば? たちまちダークファイアは大地を焼き、森を焼き、街を、川を、海を焼くであろう。またダークファイアを安置したあとの他国の封印が厳重なものでなかったら? 王国は最初の封印に際して実力ある聖女・聖者たちを実に72人失った。彼女ら・彼らの尊い犠牲のもとにダークファイアの今日の運営は成り立っている。王国は年に四度、聖女・聖者たちの敷いてくださった法術にほころびがないか確認、および補修作業を行っている。術式が崩壊するような大きなほころびが見つかったことはまだないが、それでも無数の小さなほころびが見つかり、その修復のために国内の聖職者たちが日夜努力を続けてくれている。元々王国は法術の国である。他国に同じことができるだろうか?

 しかし先ほど他国の視察団が王に「尋ねた」と述べたが、それは実質的に恫喝に等しいものであった。ダークファイアを我らに譲らなければ、我が国は貴国に兵を差し向けるだろう。影に隠れた言葉はそういうものであった。

 王は臣下たちと慎重に話し合いを重ね、ダークファイアに関する長い長い、ほとんど永劫に不変とするような条件を連ねた法律を作った。この法は国民の100%が賛成しなければ変更を不可能としていた。またこの法は他のいかなる法律と重複した場合でもこの法の方を優先することが特記された。この世界で最初の憲法であった。

 その法律の中で、ダークファイアを完全に御する我が国の法陣と同じ機能を有する法陣を備えた国にであれば、ダークファイアを譲渡してもよいとされた。

 他国は王国の法術を学び、自国内に法陣を築こうとした。

 だができなかった。他国が作った法陣擬きはどれも王国のものと似て非なるものであり、出力が安定していなかったり単純なほころびがみられた。実力のある聖女・聖者が72人も命を捨てて作り上げた王国の法陣は再現できない性質のものだった。だが他国には自国の法陣が質の悪いものだと言う事が、そこにダークファイアを安置しようとすればダークファイアはたちまち法陣を焼き尽くし国中のあらゆるものを炎に包むであろうということが理解できなかった。他国は王国が理屈を連ねてダークファイアを独占しようとしているのだと考えた。

 他国は連合を組み、王国に兵を向けた。

 王国は応戦した。

 つーか勝った。え、他国、よわ。と思った。

 というのもダークファイアの生み出す熱を利用して王国は高い冶金能力を持っていた。鉄を溶かして、空気が内部に入った鉄が脆いことを発見した王国は叩いたり伸ばしたりして内部の空気を追い出してより硬くてしなやかな鉄を作ることに成功した。また鉄と別種の金属を混ぜ合わせればより強靭な鋼を作れることを発見し、これを実用化した。この世界ではじめての合金であった。

 そんなことを知らない他国の鉄は、王国の鋼よりもまったく脆かった。槍の一撃で盾や鎧が破れた。王国の兵は次々に他国の兵を打ち破っていった。冷ます前のダークファイアの湯が城壁に取りついた他国の兵の上に投げかけられた。火傷では済まなかった。

 なによりも王国と他国の最大の違いは、「時間」であった。夜の内にはランプの僅かな明かりでしか活動できない他国と違い、王国は白熱電球の齎す灯りによって夜を昼として活動することができた。夜も学び、考え、行動する。王国の持つ「時間」は他国を圧倒していた。なお、「過労死」という概念が王国に生まれ労働基準法なる法律が制定されるのはずっと先の話である。

 それならばと他国は王国を包囲し食料の供給を断とうとした。が、ダークファイアの灰という肥料によって耕作地面積対比で高い食料生産率を誇っていた王国は自給によって自国内の食糧を余裕で賄えた。

 むしろ遠征してきている他国の方が長い駐屯で食糧難に陥った。

 王国の兵たちは他国で見えるところで宴会を楽しんだ。肉・野菜・穀物が存分に兵たちに振る舞われた。酒だけは戦闘になる可能性を考えてひかえめにだった。風に他国に宴会の匂いが届いた。他国の兵たちはぐーと腹を鳴らした。そして王国に寝返っていった。

 戦争は長く続いた。

 王国が負けることはなかったが、やはり戦争は戦争である。戦費が嵩み王国の国庫を圧迫した。死者も少なからず出ていた。民にも不安・不満・厭戦の気運が高まり始めた。王は心を痛めていた。他国の方が戦費も死者も厭戦の気運もひどくて他国の支配者は心どころか不安のあまり心臓をヤったことはさておき。

 王はダークファイアを軍事利用することを考えた。

 邪神の産み落とした火。ダークファイア。その威力は大地を焼き、森を焼き、街を焼き、国を焼く。放てばたちまち王国の敵を焼き尽くすだろう。戦争を終わらせるためならば。王国の民を守るためならば。と王は考え、そして。



 こわいからやっぱりやめにした。


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