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第四十話 死の群れ

 好機に最も素早く反応したのはミミエルだ。ベールを纏って加速した勢いのまま今度は槌を両手に持ち、挟み込むように女王蟻の頭を殴りつける。

 さらに大槌を携帯粘土板に収納し、外套から黒曜石のナイフを抜き放ち、両目に突き刺す。

 いまだに女王蟻は苦しんですらいない。痛みよりも速く、ミミエルは連撃を繰り出している。もちろんエタもほとんど何が起こっているのか理解できない。

 ミミエルが振り上げた手に、再び大槌が二つ出現する。ターハとラバサルも武器を構え、女王蟻に迫る。

 獲った。

 その確信は三者共通していた。

 ただ一人全体を見ていたエタだけが迫る危機を認識していた。

『三人とも下がって! 他が来てる!』

 エタの警告によってかろうじて反応した三人は突進してきた敵から身を守った。

 敵の正体は大白蟻の群れだ。いや、大白蟻だったものだ。

「ちょ、ちょっと待てよ!? こいつらなんで動けてるんだよ!?」

 ターハの驚愕も無理はない。

 大白蟻たちはすべて体のどこかが欠損していた。足や触角ならまだしもどう見ても頭が完全になくなっている蟻すらいる。そんな死体同然の何かが群れを成して三人に襲い掛かっていた。

 いや、まっすぐ三人には向かわず、狂ったように洞窟を走り回るだけの大白蟻も多く、それがかえって混乱に拍車をかけていた。

 この世のものとは思えない光景を目にしてエタは気を失いそうになるがかろうじて踏ん張る。

 必死で現状を理解しようと努めるが、理解できないことが一つある。

(こいつらはどうして自分を食った相手に尽くすんだ!?)

 大白蟻を捕食したのは女王蟻であるはずだ。飢えのためとはいえ自分が産んだはずの子供を食すおぞましい生き物。

 にもかかわらず蟻たちは文字通り死んでも立ち向かってくる。

 エタには理解できない。

 いや、理解などするべきではないのかもしれない。

 人と蟻。

 この両者には、どんな断崖よりも高い壁が隔たっているのだろう。

 ぶんぶんとエタは首を振る。蟻に対する思考を放棄して現実の対処を叫んだ。

『三人とも! 例の薬を!』

 はっとしたミミエル、ラバサル、ターハの三人がぶら下げていた玉を地面に叩きつけ、中身の液体が辺りにぶちまけられる。

 これは炭を作るときにできる木酢液で、虫よけなどに使われることもある。エタはそれを改良し、いくつかの香辛料を混ぜ込んで失明の危険があるほどの劇薬に変貌させた。

 人間よりも鋭敏な感覚を持っている蟻には効果が覿面で、ほとんど死んでいる蟻たちにさえ有効だったらしい。パニックに陥ったようにやたらと走り回り始めた。

 だがそれでも大白蟻は目的を達成した。

 女王蟻は網を引きちぎり、自由の身となった。


 女王蟻の攻撃が再開されたが、状況は悪化していた。

 闇雲に動き回る大白蟻は攻撃をしてこないものの、動きの読めない大白蟻にかなり味方の動きが制限されていた。

 それは女王蟻も同じなのだが、女王蟻は仮に大白蟻に体当たりされてもそれほど大きなダメージにならないことに加え、大白蟻を誤って攻撃しても意に介さない。混沌とした戦場は女王蟻に優位に働いていた。

 しかしそんな中でもミミエルは奮戦していた。

 ベールをかぶり、蟻の群れと女王蟻の嵐のような攻撃を、隙間を縫うように躱す。

 完全に肩で息をしているが、動きのキレは衰えていない。半死体の蟻が永遠に動き続けるはずもなく、ラバサルとターハも何とか大白蟻の数を減らすために戦っている。

 そして女王蟻も余裕のようなものがなくなっているように見える。決して今までの攻撃は無駄ではないのだ。

 ミミエルの体力か、蟻たちの命か。どちらが先に尽きるのか、消耗戦になりつつあった。


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