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第三話 掟

 これは、はるか昔の物語。

 ある時、美と愛の女神イシュタルは知恵と淡水の神エンキと酒盛りを始めた。先に酔いつぶれてしまったエンキ神は酒の勢いでイシュタル神に様々な(パルス)を与えてしまった。掟とは神々が定めた世界の秩序であり、真理である。時に武器であり、時に詩歌であり、時に王権でもある。

 イシュタル神はそのまま空飛ぶ天の船に乗り、悠々と地上に向けて出港した。ようやく酔いがさめたエンキ神は追っ手を差し向けるが、イシュタル神は逃げ切ってしまった。

 しかしイシュタル神は、さて、我が家に近づいたぞというところでうっかり掟を落としてしまった。天からばらまかれてしまった掟は朽ちることなく成長し、いつしか人を飲み込む迷宮となった。

 これが、迷宮がこの地に生まれる所以である……そう言われている。

 その真偽はともかくとして、迷宮は魔物が跋扈し、罠が並ぶ危険な場所だ。およそまともな生き物が足を踏み入れて帰ることのできる場所ではない。だが、神々は人々が迷宮を攻略する手助けとなるよう、掟を人々にも授けたのだった。




 二十日以内に迷宮を踏破しなければならなくなったエタが頼ったのは冒険者ギルドだった。単独での踏破など不可能でしかなく、誰か人を雇える大金があるわけでもないので当然の帰結ではある。

 ギルドは大洪水を生き延びた賢者アトラハシスがその礎を築いた組織であり、所属する人員に仕事を斡旋したり、依頼人に仲介することを業務としていた。

 冒険者ギルドはギルドの中でも最大のギルドで、各都市国家に支部があり、本部はウルクにある。

 その下位に個人が運営する数十人程の集団である個人ギルドがあり、一般人がギルドと呼ぶとこの個人ギルドを指し示すことが多い。

 エタはまず冒険者ギルドに向かったが、仕事の斡旋には時間がかかると言われたため、すぐに話がつく個人ギルドを駆けずり回ったのだが。

『冗談じゃねえ。なんでどこの迷宮にも潜ったことがない素人をうちに入れなきゃなんねえんだ』

『借金がある? ああそりゃご愁傷様。でも俺たちとは関係ないね』

『出直してこい。お前じゃ戦力にならん』

 エタがどれほど懇願しても加入することすら認められなかった。

 エタ自身も逆の立場なら、そうするだろう。役立たずを置いておく場所などどこにもないのだ。

 それでも諦めきれなかったエタは姉のイレースの冒険者としての師匠であるラバサルに藁にも縋る思いで、頼った。


 ウルクの中心部から外れた日干し煉瓦の平屋の一角にラバサルは住んでいた。事情を説明し、ひとまず技量を見たいといったラバサルに従った。そして開口一番。

「だめだな。諦めろ」

 エタが葦を束ねた模造の武器を素振りしただけでラバサルは断言した。

 ラバサルは小柄だが腰巻をベルトで止め、上半身を露出させているその体は筋骨隆々で至る所に傷があり、すでに一線を退いた冒険者とは思えない風格があり、その言葉は重みがあった。

「ま、まだです。もっとちゃんと見てください!」

「もう見た。そんなへっぴり腰で迷宮に潜っても死体が増えるだけだ」

「な、ならもっと強くなれば……姉ちゃんだって初めから強かったわけじゃないでしょう」

「そんな時間があんのか?」

「それは……」

 残された時間は十九日。あまりにも短い。

「いや、素養があるならいけるかもしれねえ。だがよ、おめえには冒険者としての資質を何も感じねえ。いや、まだ一つあったな。おめえの(パルス)はなんだ?」

 都市国家に住まう市民 (奴隷は除く) は生まれると同時に神々から掟を授かり、たいてい掟を授けられた神を信仰する。無論、神々が手繰る摂理である真の掟に比べれば、ごく些細な掟でしかないが、人の手には十分すぎるほどだ。

 授かった掟は不思議な力を持ち、その性質が戦いに向いていれば本人の素養が乏しくとも冒険者として大成することがあるらしい。

「僕の掟は……」

 腕輪となっている携帯粘土板に触れる。先端が平べったい、足の踏み場がある棒が現れた。

 このように、たいてい掟は道具の形となっており、さらに携帯粘土板に収納することもできるのだった。

「踏み鋤、畑を耕す農具か。タンムズ神から授かった掟だな。掟の内容は?」

 掟が備わる力は信仰する神が司るものに影響を受けやすい。そしてタンムズ神は牧畜と植物を司り、大きなくくりとしては豊穣神だった。それゆえにタンムズ神のシンボルは葦であり、それに着想を得た神印をエタも持ち歩いている。

「この踏み鋤は……穴を掘る掟です」

 ラバサルはため息を隠そうともしなかった。

「穴掘りでどうやって迷宮を攻略すんだよ。迷宮に棲む魔物の中にはずる賢いやつもいる。そういう奴は落とし穴なんかにゃ引っかかってくれねえぞ」

 今度こそエタは押し黙った。反論を何も思いつかなかったのだ。

「わしは今じゃギルドの雑用や子守を押し付けられちゃいるが昔はひとかどの冒険者だった。多少は顔も利く。おめえの両親にも世話になったからな。おめえだけなら助けてやれるかもしれねえ」

「そんな! それじゃ、僕の両親は……」

 うなだれるエタを見て、ラバサルは後ろへすき上げた白髪をがりがりとかきむしる。

「ついてこい」

 ぶっきらぼうにそれだけ言った。


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