第二話 身代わり
けたたましく鳴り響く音が終わり、しばし借家の中は静まり返った。
そこで頭を掻きながら思い出したような言葉をこぼしたのはターハだった。
「あー、そういえばそろそろだったか」
冷静に二の句を継いだのはラバサル。
「ああ。もうあれから一年と少しか」
昔を思い出すような二人をからかうのはミミエル。
「あら? 二人とも年のせいで昔を懐かしむのが多くなっているんじゃない?」
その三人の様子をいぶかしんだのは年少のニントルだった。
「あのみなさん、どうしてそんなに冷静なんですか? 王様が死んだんですよね?」
その疑問に答えたのはエタだった。
「今の国王陛下は身代わりなんだ」
「身代わり……? 本物の王様じゃないんですか?」
「うん。今から一年と少し前に王様は身代わりの王に入れ替わったんだ。だから今日なくなった国王陛下は身代わり王なんだ」
年少のニントルは詳しく知らなかったようだが、これはウルク市民ならば常識の範囲内である。
もちろん、数千年後の世界ではありえない文化だろうが。
「えっと……身代わりって……どうしてそんなことをするんですか?」
ニントルの質問に対してこの手の面倒な知識の解説はエタの役目だと言わんばかりに全員がエタに視線を集中させた。
それに応えてエタも説明を始めた。
「この世には病気や不幸、いろいろな災いがあるよね?」
「はい。それはもう……よくわかっています」
もともと病弱で、さらに兄を失うという悲劇に見舞われたニントルには酷な言葉だったかもしれないと後悔したエタだったが、あえて説明を続けた方が気がまぎれるかもしれないと思いなおした。
「そういった災いに王様が見舞われるといけない……だからその不幸を王様に代わって受ける人が必要なんだ」
「それが身代わり王ですか?」
「そうなるね」
「じゃあ、本当の王様はご病気なんですか?」
「ううん。健康なはずだよ」
「え? じゃあどうして身代わり王が必要なんですか?」
「それは今回の災いが予想できていたからだよ。今回身代わり王が建てられた原因は日蝕が起こると予想されていたからなんだ」
現実の世界中のありとあらゆる神話に散見されることだが、日蝕や月食は天変地異の予兆とされた。
それゆえにそれらを予想する術として天文学が発展し、また、神話、宗教的な解釈および対策が講じられることは少なくなかった。
この身代わり王もその一つだ。
「えっと、日蝕って予想できるんですか?」
「うん。前回の日蝕の日時がちゃんとわかっていれば予想できるんだよ。数百年前から続く記録からの統計だけどね。だから身代わり王があらかじめ建てられる予定だったんだ」
「でもよお。確か身代わり王の期間って変更されたんだよな」
「わしもそう聞いてるな」
「それは簡単ですよ。日蝕が起こる日が間違っていたんです。予想の数週間前にそれが判明したのでごたごたしていたんでしょう」
「詳しいわね。エドゥッパで噂でも流れてたの?」
「噂というか……日蝕の予想を訂正したのが僕とシャルラなんです」
「はあ!?」
「うそお!?」
「なんだと……」
「え? え?」
衝撃的な発言をしたエタの顔をまじまじと見た後、今まで一言も発していなかったシャルラに首を向けた。
「日蝕の予想ってエドゥッパ全体で行ってるのよね……? その予想を覆すって……」
「本当にたまたまなのよ……古い記録を見て……今回の予想との類似点に気づいて……」
急に話題を向けられたシャルラは気恥ずかしそうにしていた。
「なあ。もしかしてお前もエタもすげえ学生だったのか?」
「私はともかくエタは本当に優秀な学生だったわよ」
「そんなこともないと思うけど……」
シャルラとエタは互いに謙遜しあい、少し見つめ合った。
「ま、とりあえず今の私たちには関係ないことよ。身代わり王が亡くなったのなら直に本来の国王陛下が帰還されるでしょうね」
ミミエルはきっぱり言ったが、エタの顔は晴れなかった。
「何よ。あたし、何か間違ったこと言った?」
「ううん。でも、それにしてはどうもギルドが動揺しすぎているような……」
そしてエタの疑問は正しく、この身代わり王の崩御は新たな事件の始まりになったのだ。