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迷宮攻略企業シュメール  作者: 秋葉夕雲
第二章 岩山の試練
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第二十八話 トラゾスの義憤

 赤い夕陽を反射する荒涼とした大地。

 しかしさらに赤い血を吸った岩山、その入り口に居を構えるトラゾス。彼らが教祖と崇めるリリーは壇上に立ちすべての同胞たちに向けて演説していた。

「今日、我らが聖地を汚す不届きものが現れたことは皆さまもご存じでしょう」

 リリーの言葉に聴衆は怒りの呻きを漏らす。

 彼らにとって戦士の岩山は自分たちの聖地であり、それを無断で踏み入るものは誰であれ神敵なのだ。

「ですが神は愚かな敵に裁きを与えました! 彼らはもうすでに下山しています!」

 信徒たちから歓声と雄たけびが上がる。敵……つまり冒険者ギルドや企業の人員がどうなったか心配する様子は一切ない。

 そこでリリーは少し声の調子を落とす。

「しかしながら敵は我らに言いがかりをつけ、罪を擦り付けようとすることが予想されます」

 ここで聴衆は再び怒りを募らせた。

「教祖様! 今度こそ不埒な愚か者どもに裁きを!」

「いいえ! 今度こそ我ら自ら奴らと戦いましょう!」

 勢い込む聴衆に対してリリーは穏やかな笑みを向ける。

「あなた方の信仰心は大変うれしく思います」

 それを見た聴衆はまたも熱狂した。それは戦いへの興奮か、教祖への崇拝か。

「ですが我らが神は敬虔なる信徒が血を流すことを快く思いません。よって私はしばしここを去る決断をしました。出立は明日です」

 どよどよとざわめきが大きくなる。彼らにとってこの地はようやく手に入れた安住の地であり、手放すなど想像もしたくなかったのだ。

「ご安心ください。我々は必ずこの地に戻ります。なぜならここは我々の約束の地なのですから」

 リリーが満面の笑みでそう断言すると本日最後の、そして最もおおきな歓声が上がった。中には感涙にむせび泣くものもいた。

 それを見たリリーはまたしても微笑むのだった。




 トラゾスの拠点は戦士の岩山入り口付近に存在する。

 比較的水平な地面に、煉瓦造りの家や、遠方の遊牧民から購入した天幕を利用している住居もある。

 ありていに言って統一感がなかった。それは住民も同様である。

 髪の色、目の色。

 もともとの職業。

 人種。

 北方や東方の奴隷。

 犯罪者。

 ありとあらゆる個性の人々が集まり、暮らしていた。

 それらを束ねているのは信仰である。

 彼らはトラゾスを信仰しているという一点のみでつながっていた。

 そしてトラゾスにおける人間の頂点であるリリーは最も敬意を表される立場であった。

 それゆえ彼女はこの逗留場所で最も頑丈で豪華な煉瓦造りの家……もっともウルクにおいてはさほど珍しくもない程度の造りの家に住んでいた。

 そこに番人のように立っている女性はリリーの姿を確認するとすっと横にどいた。それからすだれをくぐろうとする。

 ふと、リリーは自分が召使いのように扱っている女性に声をかけようとして……止めた。

 意味がないのだ。彼女は耳が聞こえない。それゆえもっぱら都市国家群から盗む……いや、徴収した携帯粘土板に書いた文字を使って会話する。

『『耳なし』。しばらく祈りに集中したいから誰も入れないでくださいね』

「ハい。誰もイれません」

 少し調子はずれの声が聞こえる。

 彼女はもともと耳が聞こえていたが、耳を潰されたらしい。だからどうしても妙な話し方になる。

 これも奴隷としては珍しくない。富裕層がどうしても聞かれたくない話をするときにこういう奴隷が役に立つこともあるのだ。

 なお、『耳なし』は彼女の名前だ。もちろん本名は別にあるのだろうが、彼女は自分の本名を頑なに口にしようとしない。

 おそらく自分の名前について嫌な思い出があるのだろうと噂されているが、それをあえて尋ねる人は誰もいなかった。ある種の暗黙の了解が働いているのだろう。

 そんな不幸な生い立ちが容易に想像できる彼女を自らの傍仕えにしたリリーの慈悲深さに心を打たれた人々は多い。

 だが、リリーが『耳なし』を傍仕えにしたのは慈悲や優しさからではない。

 リリーは上品な彫刻が施された椅子に座る。椅子のひじ掛けの触り心地を確かめて満足する。

 トラゾスの信徒から寄進された最も高価な家具で、彼女はとても気に入っていた。

 今日一日の出来事を思い返す。

 部下に命じて迷宮の核を戦士の岩山中央部にもっていかせたこと。

 そしてギルド、ひいてはウルクの市民たちが次々と石の戦士たちの手にかかったと聞いたこと。

 それらの光景を想像し、彼女は。

「ああっは、はははははは!! ひい、ひい、ぎゃ、ははははは!」

 人が聴けば正気を疑いかねない奇怪な笑い声をあげた。

 彼女が『耳なし』を重用している理由は単純。

 彼女が近くにいても自分の独り言を聞かれないからだ。


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