異世界からの帰還
結婚式の前撮り写真は、空の色のいい今日みたいな早春。アツシにとっては、ものすごく寒い日だった。
気持ちの良い晴天の空には一つとして雲はなく、春の風は暴風のように草木を揺らしている。そして、男の式服など地味で薄っぺらく軽い素材だ。お決まりの約束場所、駅の時計の下のようなデートでもここまで待ったことはないというほど、花嫁の出番待ちに待たされるのだ。
この場所は彼女が選んだ場所だ。
時代劇とか能舞台とかそれ系の木材が沢山ある。
さらには、今どきっぽく、テーマパークを歩くように時代劇衣装を幅広く取り揃えている廃れた時代村だ。
山向こうの観覧車や園内ミュージックも見なければ見えない位置にあるので、連休以外はそれ系のいろいろな人たちがそれ系の格好をし、楽しんでカメラとともに歩いているのだ。
「へぇ、今度海外ドラマがぁ、そうですかぁ」
何て、付いていけそうもない、一つとして興味もないものに愛想笑いの相槌を打ったりして、『焼き芋製造機の焼き芋食いてぇなぁ』と思っている途中だった。
その時、春一番を思うような大きな風が吹いた。
敷地内の砂利が一斉に竜巻のように角を立てて踊った。
「痛い、コンタクト」
ってところどころで声が聞こえた、アツシもコンタクトが痛くならないように目を覆い、風がやんだころ目を開けた。
「あれ、江戸! 江戸時代じゃね? マジか」
素っ頓狂な声とあほの発言にその声の主を全員で見つめた。
アツシが
「あれ、コーコー生のおにーちゃんだ」
と、普通に子どものような懐かしい声で叫んだのだ。
「え、知り合い?」
「多部校のにいちゃんだ。ぼくの家にいつも自転車置いて学校に行くから親が怒ってさ」と、しゃべくるってふと、そうじゃない! とアツシは口調を戻した。「なんで」目の前にヤンキー独特の夏服、作務衣と短パン、下駄で震えている。
「さぶい、さぶいいいいい」
近くの人が、「こっちで、暖を取りなさい」と声をかけた。
「ありがとーございまぁす」
ぺこりとお辞儀をしてくるくる回る少し天然パーマの髪の毛がうねうねしていた。
「おにーちゃん、なんでさ。なんでここにいるの」
「え、知り合い?俺、江戸時代に知り合いいたっけ」
「多部校の前の家の小学生だよ!当時は」
「は、何言ってんの」
「ボケているのは、お前だよ。どんだけ町内会心配させたか。僕は忘れたことなんか一日たりともなかったよ。にいちゃん神隠しにあったって、14年も前だよ。なのになんで」
年を取っていないのか。
小学生のアツシが社会人になって彼女に結婚の相談をじりじりとされて、根負けして今に至るというこのもう、抜け出せない状態の時に。
「お待たせいたしました。花嫁様の支度が整いました。関係者の皆様舞台の方へおあがりください」
の声すら遠く感じる。
「いや、まず、こういう時ってどうするんだ。行方不明者発見だから、110番か」
なのに当人は
「あ、すげぇ、女出てきた。ちょっと近くで」
ぼくの花嫁になるはずだった人はとても美しい人だった。
黒々とした長い髪を束ね結びにし、長い廊下の朱に映える御髪にと添えられるオレンジの花、黒い打掛に、髪に挿した同じ色の鬼百合を持っている。観光客もコスプレイヤーも自分たちの場所取りを忘れて写真を撮るほどだ。
強烈なインパクトと完璧を好む人で、不確かなものを嫌う人だった。
だから、そう、僕のとった行動ですべての結婚の進行は中断され結婚そのものは写真にさえ…いや写真はPR用にでかでかと企業広告になり彼女だけが写ったポスターは全国の観光あっせんに使われるほどに残った。