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8,グイードとパメラの末路

「て、手が震える…… カードを選びたい!」


 打ち捨てられた修道院の尖塔に幽閉されたグイードは、震える右手を左手で押さえていた。


「禁断症状か? ギャンブル依存症め」


 見張りの騎士が吐き捨てた。


「貴様っ、無礼だぞ!」


「無礼なものか。お前はもう貴族じゃないんだからな」


 彼の父であるブライデン公は奪爵(だっしゃく)されたので、グイードはすでに公爵令息ではなかった。


「一体いつになったら、僕はこの陰気な塔から出られるんだ!」


「刑が確定したときだろうな」


「無罪が証明できたときか」


「何を言っているんだ?」


 騎士は心底怪訝な顔をした。


「お前がここを出るのは、死刑か流刑か決定したら、だ」


「う、嘘だろう!? 僕が何をしたっていうんだ!」


「憐れだな……」


 それは騎士の本心だった。


「お前を野放しにしたら王家に仇をなすと思われているんだ。それだけ第一王子と第二王子を亡き者にしたお前の父親の罪は重いんだよ」


「うぅ……」


 今まで好きなだけ賭け事に大金をつぎ込んできたグイードは、賭けに負けたときとは比べ物にならない絶望を味わっていた。


「死なない限り、自由になれる日は来ないってことさ」


 騎士の陰鬱な声に、グイードは自分の人生が終わったことを悟った。




「アンタいい歳して洗濯物一つたためないのかい!? まるで幼児だね!」


 商家のおかみさんに怒鳴られているのは、なんと元男爵令嬢のパメラだった。


「だって全部、使用人がやってくれてたんですもの!」


 見ている分には簡単そうで、いつも馬鹿にしていたパメラだが、いざ自分がやってみると思うようにならない。


「アンタ明日から来なくていいよ! 洗濯物たたむだけで日が暮れちまうからね!」


「お、覚えてなさいよーっ」


 パメラは泣きながら、今や抵当に入っている男爵邸に帰って来た。


「お前またクビになったのか。半日ともたないな」


 銀行家だったソルディーニ氏は疲れきった声で娘を迎えた。


 ソルディーニ男爵からの多額の融資で、ブライデン公が暗殺者を雇っていたことが明らかになり、ソルディーニ家には騎士団の調査が入った。叩けばいくらでもほこりの出るソルディーニ家には詐欺まがいの余罪がいくつも見つかって、結果、男爵位を剥奪されたのだ。


「働くなんて嫌よ! お父様、アタシのこの手をご覧になって! 先月までは白くて雪のようだったのに、洗濯婦の仕事をしている今はあかぎれだらけよ!」


「おお、かわいそうな我が娘よ――あいたたたたっ!」


 パメラの手をにぎろうと身を乗り出したソルディーニ氏が、突然腰を押さえて大声を出した。


「お父様?」


「わしも仕事を見つけたのだが、重いレンガを運んでいたら腰を痛めてしまった」


「若くないお父様が肉体労働だなんて! 大体おかしいわ。いくら男爵位がなくなったって、お金まで消えるわけじゃないでしょう?」


「ブライデン公に融資した大金が全て不良債権になった。さらに、うちが公爵家と懇意にしているから取引をしていた商人たちが一斉に手を引いた。結果、ソルディーニ家は破産したんだ」


 父親が唇をかんだとき、


「キャー、わたくしの宝石が一個もない!」


 屋敷にすっとんきょうな声が響き渡った。


「お母様!?」


 使用人が全員解雇された静かな屋敷の廊下を駆け抜けて、パメラは母の部屋に飛び込んだ。


「ああ、お前の宝石類はすべて借金の(かた)に持って行かれたよ」


 腰をさすりながら歩いて来たソルディーニ氏の、無慈悲な声がうしろから聞こえる。


「なんてこと……」


 ソルディーニ夫人はへなへなとその場に座り込んだ。


「宝石のない人生なんて、光がないのと同じよ!」


「もう社交界に出る必要もないのに、持っていても仕方がないだろう」


「かわいそうなお母様! アタシのネックレスで良ければ――」


「お前のもすべて売却済みだ」


「嫌ぁぁぁぁっ!」


 パメラは叫んで自室に駆け戻った。大きなクローゼットを開けると宝飾品だけでなく、宝石を縫い付けたドレスもすべて姿を消している。


 部屋の入り口に立ったソルディーニ氏が落胆した声で、


「この屋敷を引き払って王都内のアパルトマンに引っ越すのに、荷物が減って良かったじゃないか。全部自分たちで運ぶんだぞ?」


「えぇっ、馬車に積み込むのではないのですか!?」


「そんな金がどこにあると思っている」


 パメラはクローゼットの前に座り込んで泣き出した。


「誰か嘘だと言ってぇぇ! アタシは将来この国の王妃になるはずだったのにぃぃ!」




 王太子即位式と、婚姻の儀を終えてしばらく経ったある日――


 王太子妃リラは、将来この国の王妃になったとき外交に不可欠な外国語を学んでいた。


「お嬢様、少し休憩されては――」


 王宮についてきた侍女マリアがハーブティーを淹れる。


「そうね……」


 リラは指先で目頭を押さえた。


「それにしてもお嬢様、アルベルト殿下は有能なのですね」


「あらそう?」


 つい意外だと言わんばかりの反応をしてから、リラはしまったと思った。


(だってアルが私に見せる顔って、甘えん坊で可愛らしい姿ばかりなんですもの!)


「かっこいいところもたくさん知っていますけどね」


 つい心の声が漏れた。マリアは聞こえなかったふりをして話を続ける。


「さきほど廊下ですれ違った大臣たちが話していたんです。ソルディーニ家の余罪を騎士団に追求させたのはアルベルト殿下なんですって」


 意外と厳しい一面に、マリアは感心しているようだ。


「グイードに関しても、国外追放くらいで許そうなんて話もあったそうですが、海外で兵力を(たくわ)えて戻ってきたら大変だと、彼が国王陛下に訴えたそうですよ」


「命をねらわれた本人ですもの。当然だわ。お小さいころに怖い思いをされて、おかわいそうに……」


 庭園で会った十歳のころのアルベルト殿下が、刺客に斬りつけられ毒殺の危機に遭ったと思うと、リラの胸は痛んだ。


(せめて今のアルを精一杯、抱きしめてあげなくちゃ!)


「わたくし、外の空気を吸ってきますわ」


 飲み終わったハーブティーのカップをソーサーに戻して、リラは部屋を出ると大階段を下りて裏口から庭園に出た。


 どこからともなく風に乗って、美しい歌声が聴こえる。


「――初恋はリラの花のように

 僕の胸に今も香る――」


 リラも声をそろえて口ずさむ。


「――リラの花が咲くたび思い出す――」


 二人の声はぴったりと重なった。


「「――初夏のきらめく陽射しを浴びて

 君を追いかけた少年の日――」」


 薄紫の花が咲き誇る花壇のうしろからのぞくと、思った通り彼が立っていた。


「アル、あなたの手腕、(たた)えられているそうね! マリアから聞いたわ」


 アルは子供のような仕草で首をかしげた。


「手腕?」


「今回の事件の首謀者ブライデン家と、彼らを援助していたソルディーニ家に対する処遇よ」


「ああ!」


 ぽんっと手を打って、


「君を傷つけた奴らは許せないからね」


 市井の少年のような口調で言った。 


「グイードの奴は夜会で君に恥をかかせて苦しめたのに、国外で自由になるなんてあり得ない。あの夜パメラ嬢の君を見る目も気に入らなかった。見下したように振る舞ってさ」


「ちょっと、アル! まさか私怨じゃないでしょうね!?」


 リラの口調は真剣そのものだ。


「王太子ともあろう方が、私情で采配を振ってはいけないわ!」


「やっぱり君は真面目だね」


 アルはいたずらっぽく笑った。


「まあ!」


 真面目くさった女はいらないと言われたことが、若干トラウマになっているリラの目が吊り上がる。だがアルは構わずその額に口づけした。


「リラ、君のそういうまっすぐなところが大好きだよ」


「ず、ずるいわ! そんなこと言って」


 頬を染めて目をそらすリラを抱きしめた。


「真面目で誠実な君を、十年前からずっと愛していたんだ。ようやく俺の初恋が実ったよ」


「初恋……」


 リラはふと顔を上げて、すらりと背の伸びたアルベルト殿下を見上げた。陽射しに透ける優しげな緑の瞳は、幼き日に恋した無邪気な少年のままだった。


「私もようやく叶ったわ」


 リラはまぶしそうにほほ笑んだ。


 そっと口づけする二人を祝福するように、色とりどりの蝶たちが、咲き乱れるリラの花のまわりを舞っていた。

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