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6★アルベルト殿下の数奇な運命(アルベルト視点)

 長兄ウンベルトが凶刃に倒れたのは、俺が十歳のときだった。刺客はその場にいた俺にも斬りかかった。右腕に大きな切り傷を負ったものの、命に別状はなかった。殺し屋は捕まるや否や、口の中に含んでいた丸薬をかみつぶし、死んだ。


「アルベルト殿下、お部屋から出ないでください」


 使用人たちの縛り付けが厳しくなったのは、このあとからだ。大人になった今考えれば、彼らがピリピリしていた気持ちが良く分かる。だが当時の幼い俺にとって、大好きなウンベルト兄様を失ってただでさえ悲しいのに、使用人たちが急に怒りっぽくなって、どこでもいいから逃げ出したい毎日だった。


 そんなある日の午後、母上が王宮の庭園で茶会を催した。テーブルのセッティングや訪問客の対応に使用人たちが()り出されている隙を見計らって、俺は王宮の裏口からこっそりと庭園へ遊びに行った。


「――リラの花が咲くたび思い出す

 初夏のきらめく陽射しを浴びて――」


 どこからともなく聞こえてきたのは子供の歌声。その愛らしい歌い方に心惹かれて、俺はふらふらとリラの花園へ迷い込んだ。 


 歌っていたのはまだ小さな少女。プラチナブロンドの髪と、リラの花そっくりな薄紫の瞳が美しかった。


「一緒に歌おう!」


 と誘うと、彼女の元気な声が俺の教育された歌声に重なった。俺は王族のたしなみとして、気難しい老齢の音楽家に歌とチェンバロとヴァイオリンと音楽理論の稽古を受けていた。


「わぁ、なんて綺麗な声!」


 少女は心の底から感動してくれた。初対面なのにまったく臆する様子もない、しっかりした子だった。


「ありがとう。僕はアルっていうんだ」


「私はリラよ」


 彼女は俺より明らかに年下だろうに、きちんと挨拶(カーテシー)してくれた。


 だが幸せな時間は長く続かなかった。俺が宮殿から姿を消したことに気が付いた使用人に探し出され、早々に連れ戻されたのだ。


「彼女はどこの家のお嬢様?」


「存じ上げません。それより殿下、一人で出歩かないで下さいといつも申し上げておりますでしょう!?」


 ヒステリックな物言いに腹を立てた俺は黙りこくっていた。王宮の敷地内なんだから大目に見て欲しい。


「まったく殿下の身に何かあったら私の責任になるんですから」


 すでに一度暗殺に失敗しているんだから、もう大丈夫だろうなどと子供の俺は考えていた。だが――


「ど、毒が―― いけません、殿下。このスープに口を付けては――」


 毒見係が俺の目の前で胸をかきむしっている。


 俺は信じられなかった。だが今度こそはっきりと、自分が命をねらわれる重要な人物で、それを守るために人が死ぬんだということを実感した。


 そして別室にいたジルベルト兄様が命を落としたことを知らされた。


「アルベルト、よく聞きなさい」


 その夜俺は、父上の広々とした執務室に呼び出された。いつもは近くにいる執事や世話係がいない代わりに、父上の身辺警護をする三人の近衛兵が立っていた。


「ウンベルトとジルベルトが命を落とし、お前が王位継承者となった。ヴェルデリア王国はお前を失うわけにはいかない。だからお前には名前を変え、身分を隠し、王都大聖堂に潜伏してもらう。貧村の両親に捨てられた少年カストラートを演じなさい」


 それなら出自がよく分からなくても不思議はない。


(おお)せのままに、父上」


 こうべを垂れながら、俺は頭の片隅でちらっと不埒なことを考えた。大聖堂の周りには貴族の屋敷がたくさん並んでいる。リラもそのどれかに住んでいるかも知れない。


「大聖堂では大教主殿がお前の面倒を見てくれるだろう。彼は私の叔父だ。頼ってよいぞ」


 王位を継がなかった王弟は公爵位を得て領地を与えられる場合もあれば、大教主様のように高位聖職者に落ち着くこともある。


 父上は近衛兵たちを目で示し、


「ここにいる三人には出家し、聖職者となってお前を守ってもらうことにした」


「殿下、よろしくお願いいたします。我々があなたを殿下とお呼びするのは、今夜が最後ですが」


 兵帽を脱いで一礼した頭が剃髪(トンスラ)になっていて、まだまだ子供だった俺は笑い出しそうになった。


「それからアルベルト、年齢から推察されるのを防ぐため、今回毒殺されたのはジルベルトではなくお前だと発表する」


 俺は王宮の窓から自分の葬列を見下ろしていた。棺の中に収められているのはジルベルト兄様の遺体だった。


 ブロンドの髪を魔法で黒髪に変え、俺は王都大聖堂に身を(ひそ)めた。秘密を知っているのは大教主様と音楽監督だけ。


「偽名は何にしましょうかのう? リッカルド、フェデリーコ、ジャコモ――」


「アルカンジェロがいいな」


 俺は即答した。


「はぁ、それはなぜです?」


 大教主様が鼻眼鏡の奥から優しい目で俺を見つめる。


「秘密!」


 リラに「アル」って呼んでほしいから、なんて言えるわけない。


 俺は王族然とした立ち振る舞いや言葉遣いを直すべく、城下の子供たちが所属する聖歌隊に加わった。


「皆さん、こんにちは。僕はアルカンジェロ・ディベッラです」


 自己紹介した途端、下町のガキともは笑いころげた。


「こいつ、『皆さん』って言ったぜ!」


「『僕』だってよーっ!」


「僕ちゃんはどこの貴族の坊ちゃんですかぁ? ぷぷぷっ」


 貧村出身という設定なのに、自己紹介だけで貴族とバレるのはさすがにまずい。俺はなるべく彼らに染まるよう努力した。


 それからこっそりとリラに関する情報を集めた。大聖堂の聖職者たちは貴族の屋敷に出張し、彼らの屋敷内に造られた礼拝堂で祈りを捧げる。


「僕――えっと俺より三歳くらい年下で、リラっていう名前のお嬢様、知らない? プラチナブロンドの髪に薄紫の瞳で、とっても綺麗な子」


「ああそれなら、プリマヴェーラ伯爵の娘さんでは?」


 ほどなくしてリラの素性は明らかになった。


 伯爵令嬢と第一王位継承者か……。第三王子のままなら、成人するか結婚したタイミングで公爵になるのが通例だから釣り合ったんだけどな――。俺は十一歳ですでに、リラ嬢とどうやって結婚するか作戦を練る困ったガキだった。


 夜は大教主様からヴェルデリア王国の地理や法律など国王として必要な知識を授けられ、昼は聖職者になった元近衛兵から剣術を学んだ。庶民の子供を演じているのに、彼らがつねにぴったりとくっついているわけにはいかない。自分の身は自分で守らなければ。


「素晴らしい! これほど熱心に稽古する子供はまずいない」


「将来は近衛兵にしたいくらいだ」


「本当に意志がお強いのですな」


 元近衛兵たちは口々に褒めてくれたが俺は内心、当たり前だろ、とつぶやいていた。命を落としたら一生リラに会えない。もう一度彼女に会うんだ。彼女と一緒にあのアリアを歌うんだ。


「――初恋はリラの花のように

 僕の胸に今も香る

 リラの花が咲くたび思い出す――」


 いつものように口ずさんでいたある日、俺は声に違和感を感じた。高い音が出ない……!

次話ではアルベルト殿下が歌手アルカンジェロとして、リラの音楽教師になります。

彼はすっかり年頃の少女に成長したリラに何を思うのか――?

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第二章完結済み『精霊王の末裔』シリーズもよろしくお願いします!

『吟遊詩人にでもなれよと言われて追放された俺、実は歌声でモンスターを魅了して弱体化していたらしい。先祖返りによって伝説の竜王の力をそのまま受け継いでいたので、聖女になりたくない公爵令嬢と幸せになります』

精霊王の末裔
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