4,新しい婚約者は王太子殿下
深夜、リラは剣の触れ合う音で目を覚ました。
(アル……!?)
心臓が早鐘のように打つ。だが彼女は不用意に声を上げたりはしなかった。騎士団長の娘らしく、枕の下に隠してあった護身用短剣の柄を握ったそのとき、ベッドの天蓋が斬り落とされた。
(賊……!)
「リラ!」
窓から差し込む月明かりの下、細剣を上段に構えていたアルカンジェロが、野生の虎のごとき俊敏さで飛んできた。
(今、呼び捨てされましたわよね!?)
自分でも驚くほど冷静なリラ。
(むしろ―― 嬉しいですわ!)
アルカンジェロは左腕にリラを抱きしめ守ったまま、あざやかな剣さばきで三人の刺客を同時にいなしていた。
リラはすぅっと息を吸い込むと、アルカンジェロの歌の指導で培った大声を披露した。
「どなたかぁ! わたくしの部屋に賊が侵入しましたっ!」
「このアマ――」
自分めがけて振り下ろされる剣を手近にあった譜面台でしのぎ、
「わたくしは―― 騎士団長の娘よぉっ!」
振り回した譜面台の、繊細な彫刻がほどこされた真鍮製の足が刺客のあごを捉えた。
バタン。
男は脳震盪を起こしその場に倒れた。
(一人倒してしまいましたわ……!)
「お嬢様!」
「娘よ!」
使用人に伯爵家の護衛、ついで騎士団長である伯爵自身が部屋に飛び込んできた。
「しまった、引け!」
窓に足をかけた男の首めがけてアルカンジェロがレイピアを投げた。二人目は窓へ向かって走り出したところを背中から伯爵に刺された。リラにぶん殴られて床に倒れたままの三人目も合わせて刺客は全員、屋敷の護衛兵の手で引き立てられていった。
「貴様、誰かと思えば音楽教師のアルカンジェロ・ディベッラではないか!」
みるみるうちに、父上の顔が怒りに染まってゆく。
「結婚前の我が娘を傷モノにする気か!? 二度と近づくな!」
恐ろしい剣幕で怒鳴った。
「お前たち、こいつを屋敷の外へつまみ出せ!」
命じられた使用人が、両側からアルカンジェロの腕をつかんだ。
「アル……!」
思わず名前を呼んだリラを振り返って、アルカンジェロは悲しげな微笑を浮かべた。
「最後に一つだけ訊かせてください、お嬢様」
「最後なんて言わないで、アル!」
走り寄ったリラを落ち着かせるように、彼は自由になる手首から先だけを動かしてリラの手に触れた。
「もし俺が禁術をかけられていなかったら、お嬢様は俺を愛してくれましたか?」
「ば、ば、馬鹿もーん!」
(お父様ったら大声出して嫌ねぇ。どうせこれ以上怒られようがないんだから、言いたいこといいましょう)
リラは花が咲くようにきらめく笑顔を見せた。
「アル、あなたがどんな姿だって愛しておりますわ!」
「なななななんて破廉恥なことを!! 乱れておる! 結婚前の女子が使ってよい言葉ではない、ああああ……いいい――など!」
(あらぁ、愛って言えないお父様、うぶですわ~)
「それを聞けて安心したよ。おやすみ。俺のリラ」
安堵の笑みを浮かべたまま彼は、使用人たちに連行されていった。
「貴様、我が娘に無礼であるぞ!!」
気が動転した父親が立ちくらみを起こしたので、リラは慌ててうしろから彼を支えた。
「リラ、お前もなんということだ! 次の婚約者が決まるまで屋敷からは出さんからな!」
しかし思ったよりずっと早く、リラは伯爵邸から外出を許された。思いもかけぬ貴人から結婚の申し込みが舞い込んだのだ。
「リラ……、お前の婚約者が決まった」
王宮から帰って来た父上が青い顔でリラの部屋にやってきたのは、深夜の奇襲から三日経った午後のことだった。
「どなたですの?」
あまりに取り乱した父の様子に眉をひそめ、リラは読みかけの本を収納机に置いて立ち上がった。
「第三王子――いや、王太子となられたアルベルト殿下だ」
「は?」
予想もしなかった名前に、リラは一瞬言葉を失った。だがすぐに気を取り直し、
「亡くなられたはずでは?」
「教会にかくまわれて生きていらっしゃったそうだ」
「この十年間!?」
「ああ。私たちはずっと王室に偽られてきたのだ」
国王に忠誠を誓って働いて来た騎士団長は複雑な表情になった。
「まあ、敵をあざむくにはまず味方からって言いますしね」
リラはけろっとしている。
「そうなのだ。すでに亡くなっていたのは、ずっと病床にふせっておられるというジルベルト第二王子だったそうだ」
それで第三王子であるアルベルト殿下が王太子に即位されるのか、と納得したリラは、ふと眉根を寄せた。
「わたくし子供のころ、アルベルト殿下の国葬に参列した覚えがあるのですが――」
「棺の中はカラだったのだろうか」
伯爵も首をかしげた。
「お父様、どうしてアルベルト殿下はお姿を現すことにされたのですか?」
「おお、それはな―― 先日の晩、我が屋敷に現れた賊だが、お前が気絶させた者が生き残ってな、騎士団で拷問にかけ首謀者を吐かせたのだ」
「拷問――」
賊を譜面台で殴る度胸はあるのに、一応口もとを抑えるリラ。
「その結果、十年前の暗殺騒動も含めすべてブライデン公のしわざだと明らかになった」
「そう……」
自分が婚約していた家が首謀者と聞き、予想はしていたものの二の句を継げなかった。
「ブライデン公とその息子グイードは捕らえられ、今は使われていない修道院の塔に幽閉されて危険が去ったのだよ」
「それは、おめでたい話でございますわ」
リラは努めて笑顔を作った。
「さらにめでたい話がある。お前が気絶させたおかげで首謀者を特定できたこと、私が彼らを差し出したことで、我がプリマヴェーラ家は侯爵位を賜り、旧ブライデン公爵領を一部授かることが決まった」
「まあ!」
リラは両手のひらを合わせた。
「おめでとうございます! お父様!」
「リラのおかげだよ。だからアルベルト王太子は賊をやっつけたたくましい令嬢に感謝して、妃にしたいとおっしゃったそうだ」
「たくましい令嬢」
リラは苦笑した。
「来週、アルベルト殿下の王太子即位式が行われる。そのとき婚約者のお披露目もされたいそうだ。その前に、お前と王太子殿下の顔合わせをせねばならんな」
「アルベルト殿下にお会いできる――」
胸が高鳴った。
(殿下が私を選んで下さった!)
あの可愛らしい少年はどんな素敵な青年に成長しているだろう。十年前のお茶会のことを覚えていらっしゃるかしら……?
次回、いよいよ生きていたアルベルト殿下にお会いします!
続きが気になる方はブックマークしてお待ちください。
作者を応援していただける方は☆☆☆☆☆から評価もくださると嬉しいです!