歩きラジオ
「いつまで寝てんのー!遅刻するわよー!」
母さんの声が聞こえた。
起き上がると、欠伸が出た。
頭はまだ寝ぼけている。
おかしいな、昨日の夜にアラームを設定しておいたのに。
僕は、目を擦りながら横で充電しているはずのスマホを探した。
あれ、ないな?
ガシッ
ん?
僕は、触り覚えのない硬くて冷たい物を鷲掴みにした。
顔を上げると、四角で黒い大きな物が置いてあった。
なんだ、これ?
不思議に思った僕は、その黒い物を持ち上げて確かめた。
これは・・・ラジオ?
ラジオだ。
今どき、amazonとかで売っている洒落たラジオじゃない。
かなり昔のラジオだ。
課外授業で地元の歴史博物館を見学しに行った時に展示されてたやつと似ている。
というか、まんまじゃないか?
なんだか印象的でよく覚えていた。
確か、大正時代のラジオだとか・・・。
いやいや。
そもそも、なんで僕の部屋にこんな古いラジオがあるの?
父さんのかな?
いや、いくら今だにガラケーの父さんでもこんなレトロな物を持つ趣味はなかったはず。
もしかして、夜中に博物館で盗んじゃった?
俺、じつは夢遊病!?
バカ!!!
そんなわけあるか、もっと真面目に考えろよ。
混乱して頭を掻きむしった。
僕は、落ち着くために大きく深呼吸をした。
ふう〜〜〜。
とりあえず、朝ごはんを食べてから考えよう。
僕は、ラジオを持ったままベッドから立ち上がった。
こんなに大きいのに、重さは全くないな。
まるで、スポンジでできた中身のない箱だ。
僕は、ラジオを机の上に置いた。
あ、そうだスマホ。
謎のラジオのせいで忘れていた。
しかし、さっきからスマホが見当たらない。
ベットの下かな・・・ないな。
あちこち探したが、やはり見当たらない。
「朝ご飯できたよー!早く降りてきなさーい!」
母さんの声だ、僕が中々降りてこないからイラついてる。
「はーい!今から行くよー!」
僕はスマホを諦めて一階へと降りた。
「もう、遅いじゃない!遅刻するよ、早く食べな」
「まあまあ、母さん落ち着いて、ほらお前も早く座れ」
穏やかな父さんとせっかちな母さん。
食卓にはいつもの朝ご飯が並んでいる。
いつもと変わらない朝だ。
たった一つを除いて・・・。
僕は身体を小刻みに奮わせながら、ある物を指差した。
「あ、あのさ・・・その・・ラジオ、どうしたの?」
僕の質問に対して二人は顔を見合わせて不思議そうに首を傾げた。
「父さんのラジオがどうかしたのか?」
「え、やっぱり父さんのなの?僕の部屋にあるのも?」
「何いってるんだ、あれはお前のだろ?入学祝いに買ってあげたじゃないか。」
なんだって?
「なんでそんな古いラジオなんか持ってるんだよ、それに僕はラジオなんか買ってもらってないよ。」
二人ともポカ〜ンとした顔をしていた。
「私だって持ってるわよ、一人一台ラジオを持っててもおかしくないでしょう、まだ寝ぼけてんのかねこの子は?」
「そっちが何言ってるんだよ、父さんと母さんが買ってくれたのはスマホじゃないか!」
僕が興奮しながらそう言うと、信じられない返答が来た。
「スマホ・・・スマホてなんだ?」
はぁ!?
「スマホだよ、LINEとかInstagramとか便利なアプリをインストールできて、ゲームもできるしYouTubeも見れる」
「電話すことだってできる、あのスマホだよ!」
「はぁ・・はぁ・・」
僕は、早口で怒鳴って息切れしていた。
そんな僕を見ていた両親は、最初はふざけた感じだったのが徐々に青い顔をして僕を心配し始めた。
「お前、大丈夫か?漫画の読みすぎか?」
「熱があるのかしら、ちょっと体温計持ってくるわ。」
冗談抜きで僕の頭がおかしくなったと思っているようだ。
僕が戸惑っていると、父さんがこんなことを言い始めた。
「そもそも、お前の言っている、LINEとか電話てなんだ?さっぱりわからんぞ。」
なんだって?
電話が何かわからない、そんなことありえるのか?
「だったら、そのラジオはなんのために使うんだよ」
「なんのためにって、お告げを聴くために決まってるだろう」
お告げ?
まじで、何を言っているんだ?
「ほら、お前も今日のお告げを聴いて落ち着きなさい」
父さんはそう言うと、自分のだというラジオを軽々と持ち上げ、僕に手渡した。
「ほら、耳を傾けてここのダイヤルを右に回すんだ」
「有難いお告げを頂けるぞ」
僕は、気味が悪かったが言われた通りにラジオを右肩に乗せてダイヤルをゆっくりと回してみた。
僕は、耳を澄ませた。
・・・・・。
何も聴こえない。
「どうだ、お告げは頂けたか?」
「何にも聴こえないよ」
当たり前だ、このラジオは明らかに中身が空っぽだ。
電波だってとどかないだろ。
僕は、ラジオをテーブルに置いた。
そして、父さんにお告げとは何か?お告げとは誰のなのか?色々聞こうと思って振り向くと。
そこには、今まで見たことない、氷のような視線を送る父さんの姿がそこにあった。
と、父さん?
「お前、もしかして非国民か?」
え?
非国民なのか?
なんでそんなに怖い顔・・・。
「非国民なのかと聞いているんだ!!!!!」
僕は、普段は温厚な父さんが怒鳴り声をあげたことに心底びびった。
僕は混乱した。
振り向くと、母さんも僕を汚い物でも見るかのような目で睨んでいた。
体温計を持ってきたようだが、この子はもうだめね、そんな冷めた感情が伝わってきた。
「訳わかんねえよ!!!」
この雰囲気に耐えられなくなった僕は、寝巻のまま玄関に走り出した。
何かがおかしい。
靴を履いて外に飛び出した。
そして、目の前に広がる光景に僕は愕然とした。
友達とおしゃべりしながら、登校している女子高生。
犬の散歩をしているおじさん。
ゴミ出しをしているおばさん。
出勤をしているサラリーマン。
いつもの光景のはずだ。
はずなのに。
みんな、あの黒いラジオを持ち歩いている。
僕は、愕然として地面に膝をついた。
みんな、ラジオを持ち歩いていることになんの疑問も感じていないようだ。
なんでだよ、何が起こっているんだよ。
「次は、今日の天気です。」
横に目をやると、電気屋のテレビが朝の天気予報を映していた。
僕は、立ってそのテレビに近づいた。
う、嘘だ。
映っていたのは、東京の渋谷スクランブル交差点。
大勢の人が、四方八方から歩き出す。
黒いラジオを抱えて。
まるで歩きスマホだ。
いや、歩きラジオか。
お天気キャスターも何事もないように話している。
映像が、東京の駅に変わった。
みんなラジオに耳を傾けながら電車を待っている。
中には、ニヤニヤしながら聴いている人もいる。
この国は、おかしくなったのだろうか?
それとも、僕がおかしくなったのだろうか?
後ろから、視線を感じる。
僕は、後ろを振り向いた。
みんな、冷たい目で僕を凝視している。
すると、みんな一斉に指をさして言ってきた。
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
「非国民」
僕は、恐怖で固まっていた。
汗だくになり、腰が抜けて倒れ込んだ。
ピロリン♪
番組の途中ですが、速報です。
今日、朝七時頃に非国民通報がありました。
〇〇県〇〇市、佐藤ゆうき、17歳。
僕の名前だった。