ゆきがふったら
――誰しもが、思うのだ。
何故、此処に居るのだろうか。と
何の為、生きているのだろうか。と
至極当たり前だと思う。
見えないもの、触れないもの、聞こえないものに、
人は心を奪われるものだ。
答えが無いからこそ、未完の美だからこそ、人はそれに心を奪われるのだから。
それに―――
「ちょっと、聞いてる?」
「はひっ!?」
「はひっ!?じゃないのよ。また飛んでってたの?」
「別に、ちょっと考え事してただけだよ。」
「あんたねぇ…今この状況よりも考えることがあるっていうの?」
そうだった。今はそれどころじゃない。
「来月までに提出の絵、完成する手立ては付いてるのよね?」
「はい!絶対に…多分…もしかしたら…」
「そういう時はしっかり『ない』って言う方が感じいいから。」
「すいません…」
「とにかく、私はもう帰るから、アッキーはしっかりしてよね。そうじゃないと部長の私が怒られるんだから…」
わーったっての。ちなみにこやつは私の幼馴染であり二人しかいない美術部の部長の西海 真希。
お節介で口うるさいけど、多分良い奴だ。多分ね。
それでさっきの続きなんだけど…命とは
「明日までに進展ないとぶっ飛ばすからね!」
「はひっ!!」
どうやら今日は本気でやらないとぶっ飛ばされるらしい。
・
・
・
「おっはよー!」
「ん、おはよ。今日は無駄に元気ね。」
「ふっふっふ、ついに溢れ出てしまったんだよ!私のインスピレーションが!とめどなく!世界が誇る、天才『香々見 秋』誕生も近いかもよ!」
「わーった、わーったから、それでどこまで出来たの?」
「見て驚くがいいよ…デデン!」
そう言って私は意気揚々とキャンバスを突きつけた。
「おお…」
へへん、どうよ。あまりの芸術性の高さに言葉を失ったか!!
「何この…何?」
「なんだって!?この芸術性が分からないと!?」
「いや…良いとは思うんだけどさ…ちょっと時代の先を行き過ぎというか…えっと…このドブ川に浸かったアルパカみたいなやつとかさ…」
「そんなん描いた覚えがないけど!?」
なんて奴だ、この秋様の渾身の一作が理解出来んとは。
そもそもそんなドブ川に浸かったアルパカなんて…
いるぞ
「ちょっと待って何この…何!?」
「なんであんたが一番驚いてんのよ。香々見秋さまの名を轟かせる一作なんでしょ?」
「ごめん!ちょっとそれどころじゃない!」
「それどころでしょうよ…」
こんな絵を書いた覚えはない。もしタイムマシンがあるのなら昨日の私をボコボコにしてやりたい。
なんてもんを書いてるんだ。
「とにかく、あんたはちゃんと描いたらプロ顔負けの才能あんだから、溢れ出たインスピレーションとやらをもっと大衆向けに描きなよ?まだギリ間に合うんだから。」
「う、うん…」
なんだかんだ褒めてくれたぞ。愛いやつだ
それはそれとして、確かにマキマキの言う通りだ。
昨日の溢れ出たインスピレーションのままに描けば秒で完成のはず。
「お?アッキー?大丈夫?」
「……ない…」
「ない?何が?」
「浮かばない…」
「へ?溢れ出たって言ってたじゃん!」
「昨日の事が全っぜん思い出せない!」
「……ぇぇぇぇ…」
ちょっと普通にドン引きしてるじゃん。やめてよ
「あんた遂にそんな事態に……部長は悲しいよ……」
「いやいやいやいや!まだ!まだワンチャンあるから!」
「うちの部の顧問って誰なんだろ…まぁ校長に出せばワンパンか…」
「ちょっと退部するには早いよ!」
「あんたを退部させた方が早いでしょうよ!」
「あ…」
盲点である
「…とにかく、今までありがとう。あんたといた十数年、悪くなかったわよ…」
「待って!ガチで!なんでも奢るからさ!」
「言ったな?」
「…はい?」
「奢るって。何でもって言ったな?」
終わったかもしれん。色んな意味で。
「っいやー!やっぱり持つべきは親友だよねー!」
こいつに良心とかその類は無いのだろうか。人の金でバカスカ食いやがって。こちとら画材で毎月ピンチなんだよっての。
「ん?アッキーは食べないの?」
「うん…あんまりお腹すいてないからさ…」
なわけあるかよ。私の分までアンタが食ってんでしょうが
「ところでさ、ニュース見てたんだけどさ、明日雪降るらしいよ。もしかしたら積もるかもって」
「へ〜珍しい。こんな半分熱帯みたいな地域に」
半分熱帯は言いすぎたが、実際雪が降るのは数年に1回程度で積もったとこなんて1度も見た事がない。ちょっと楽しみになってしまうのは仕方がないとおもう。
「それで、もし積もったらさ、電車が止まるわけじゃん。」
「うんうん」
「アンタと私って電車通学じゃん?」
「うんうん」
「学校、行けないじゃん?」
「うん…」
「後は察したよね?
「終わりだ…」
正直一日何も出来ないって言うのは相当やばい、かと言って歩ける距離なんかじゃ無い。
今から画材を取りに行っても学校は多分閉まっている。
これが「死」かぁ…
「ま、アンタの事だからまた家でよく分かんないインスピレーションが湧くんでしょ?今度はしっかり覚えときなさいよ。あ、ゴチになります。」
「う、うっす…」
それからの会計はあんまり覚えてないが1番上のくらいが3だったことだけは確かだ。
1人で何人前食ってんだよ。戦国時代なら一騎当千呼ばわりされてるだろ、
マキマキと別れてその日は家でぼんやりとこれからのことを考えた。
しっかり期日までに完成するのか。
描く意味はあるのか。
誰が私の絵を見たがるのか。
ダメだ。どんどん良くないことばかり思いついてしまう。
こんな時は頼れる親友様にメールを送ろうとした時、
着信箱に一通だけメールが届いていた。
『今日はゴチになりました!できるかわからんけど、アッキーの絵楽しみにしてる!』
調子の良い奴だ
だけど、楽しみにしてくれている人が1人でもいるのなら、
それを裏切る訳には行かないのが人間の悪いところでもあり良いところだ。
後数十日、いっちょやってみるか。
と、意気込むまでは小学生にでも出来るのだ
眠たい、描けない、時間が無い、の極悪コンボで私の燃え上がるやる気はしっかりと鎮火されてしまった。
このまま未完成のままで提出してもいいんじゃないか。
よく見ればこのドブ川アルパカ、略してドブパカもいい味が出ているではないか。今思い出したが多分このドブパカは
深夜のテンションで描き足した何かだ。完全に蛇足だ。
「でも今から一から描き直すなんてムリでしょ〜……」
次に気がついた時は机の上で朝を迎えていた。
部屋のデジタル時計は二月十二日午前6時を示していた。
まずい。このままモタモタしていると電車に遅れて生徒指導の教師に説教アタックを仕掛けられる。
そそくさと支度をしている時に電話からコールが鳴る。
なんだってんだ、こんな時に
「もしもしぃ!」
半ギレで電話を取ると聞きなれた声がした
「おう、私だよ。」
「どしたん!」
「なんでそんなにキレてんのさ?外、見てみ?」
こんなに急いでる私に命令とは、UFOでも飛んでない限り絶対に許さんからな!
「雪、死ぬ程積もってるでしょ?どうせあんた寝坊したからまだ見てないでしょって思って」
そういえば今日は雪が積もるだのそういう話をした覚えがある。が、どうせ寝坊したと言うのは聞き捨てならん。これでまだ15回目だ。
「それで雪が積もってるってことは、よ。」
「積もってるってことは?」
「電車通学の我々は、学校が〜」
『休みだー!!!』
これはついに私の時代が来た。正直人生のピークだ。他の奴らが学校に行ってる最中、私達にのみ許されたシエスタ、
これを喜ばずして何を喜ぶのか。
「ってのがいいニュースね。」
おや?雲行きが
「アンタ、画材、持って帰ったんでしょうね?」
終わった。人生のピークは時速300キロで走り去った。
「…そう思った。キャンバスは持ってたでしょ?私の画材貸してあげるから、いつもの公園で集合ね。」
「ありがと、やっぱり持つべきは親友ね」
「ふふ、何それ」
「それじゃ今から向かうから。」
「はいよ。」
そう言って電話を切った。
なんだか昨日までのこの世の終わりムードが嘘のようだ。
死ぬほどではないが、雪が積もっていると、普段の景色も見違えるようだ。
当たり前だが、全てが白い。
雪化粧とはよく言ったものだ
そしていつもの公園に着いた。
のに、来ない。
あの真希が遅刻することなんて滅多にない、
何かあったのか、それとも雪にはしゃいで遊んでいるのか。
どっちも有り得るが明らかに後者の可能性が高い。
仕方の無いやつだ。
それから待った
待った
おかしい。
真希は薄情なやつではあるが人との約束をすっぽかして遊んだりなどはしない。彼女の家まで迎えに行くことにした。
真希の家は同じ地区とはいえ、端っこと端っこだからまあまあ距離がある、それに今日は雪で足元が悪い。
もしかしたら入れ違いかと思ったりして、何度か電話もかけたが、真希が出ることはない。
通りを抜けて、もうすぐで彼女の家だと言う時に、大きな人だかりが出来ていた。
写真を撮る人
何かを大声で騒ぎ立てる人
その場に立ち尽くす人
聞こうともしてないが耳にはこんな言葉が聞こえた
「怖いわね…車が雪道でスリップしちゃったんですって。」
「歩道に突っ込んだらしいぞ…」
「可哀想に…まだまだこれからな歳なのに…」
「おい!誰か救急車!早く!」
その人だかりの境目から、見慣れたメガネと服の断片が視界に映った。
まさかな。そんなことが起こりっこない。この街は確かに小規模で住民は少ないが、その中でピンポイントで彼女が事故にかち合うなんてそんなことは無い。メガネの子だって。同じ服を着た子だっている。
当たり前だ…
「君、あの子の知り合いなのかい?」
気がつくと私は涙を流していたらしく、心配した警察官が話しかけてきた。
「ちが…い…」
次に気がついた時、私は雪の上で仰向けに横たわっていた。
そうだ。全て夢だったに違いない。
「良かった。気がついたかい?」
さっきの警察官の声がした
「さっきの…」
私は突然嗚咽が耐えられなくなり、その場で戻してしまった。
「相当顔色が優れないようだけど、家はこの近くにあるのかな?」
そんなことはどうでもいい
「さっきの子は…」
聞きたくもないのに聞いてしまう。
「さっきの子は...不幸だったけど、」
もうそれ以上は聞きたくなかった。聞いたのは私なのに。
その場から走って逃げてしまった。
そもそも今日自体が嘘だ。
こんな街に雪なんて積もるはずがない。
おかしい。
おかしいんだ。
「ッ!!」
目が覚めた。今度は部屋のベッドの上。最っ低だ。
汗でびしょびしょの服は気にも止めず、時計を確認すると、
二月十二日の午前2時を指していた。
本来なら着替えて寝ればいいのだが、
気がつくと私は真希に電話をかけていた。
「…もしもし」
「もしもし、どしたの?こんな時間に」
そんな真希の声はいつもよりも優しい、本来なら不機嫌に答えても文句が言えない時間だ。
「…遅くにごめん」
正直なんて言えばいいのかわからず、意味のわからないことを言った。
「真希、死ぬ予定とかないよね?」
ぐちゃぐちゃの脳内から無理くり言葉を絞り出した。
「何それ、そんなの聞くためにかけたの?」
真希は笑いながら答えた
「笑い事じゃないの!」
「ごめんごめん、そんな予定あるわけないでしょ。私の時代はこれからなんだから、これから上京して第二のモテモテライフを……」
良かった、本物の真希だ。
「ありがと。」
「何でお礼言われてんの私?」
「あっ、ごめん。」
「だーもう今日のアッキーキモイよ?そんなに奢ったダメージがでかかったの?」
なんだか嫌なことを思い出した。こいつめ、人が真剣に悩んでる時に。
「まぁ、アッキーのことだしなんか嫌な夢でも見たんでしょ?そんな時はとっとと寝なよ?」
「うん、ありがと。」
「はいはい。チビはとっとと寝て身長を伸ばすに限るよ〜」
ほんとに一言余計な野郎だ。
でも
「ありがと。おやすみ。」
今だけ、心強い。
朝、目が覚めると、時計は午前5時半を示していた。
雪も積もっていなかった。
いつもの公園で真希と合流して、駄弁りながら駅へ向かう
「ちくしょー、雪、見たかったのにな〜」
「私も。」
「積もったりなんてしたら私達だけ休みなわけ、そんなことあったらもう夜通し雪合戦とかしたいじゃん!」
それはよく分からないが、元気そうな彼女にとても安心を感じた
「それでアッキー、絵は間に合うんだろうね?」
「うん。一から描き直すことにした。」
「はぇ?矛盾してるけど、ついに気が狂った?」
「ううん。湧き上がったの。インスピレーション。」
「そ、そう…」
今の私が描くべきなのは、命の尊さや未完の美、そんなものじゃない、
今ある事。それだけで生きているのだから
過去も未来もない、今だけを描く。
それが大衆の目にはありふれたものに見えるかもしれない。
でも、確かな、かけがえのない、幸せな今を切り取るのが、
今の私だと思うから。
今、無限に広がる白に、筆を置いた。
正直、見苦しい作品ですまなかった。