番外編3 姫と使用人 前編
「盟主様、ご用はなんでしょうか?」
ある日、オレは盟主様に呼び出された。
……コキクはなぜオレが盟主様に呼ばれたか分かっているようだった。
「アブラム、今日からカグラの専属使用人になりなさい」
「姫様の専属使用人……でございますか」
「えぇ、事実上の家臣と言っても良いでしょう」
「……」
姫様……確か数年前にお生まれになり、来年は10歳だったか?
オレに子どもの面倒を見ろと? ……大丈夫だろうか?
「引き受けていただけますか? アブラム」
「……仰せのままに」
あの人間と同じくらいの年齢、恐らく大丈夫だろう。
……そう心の中で考えていたが、オレはこの時、不安でいっぱいだった。
◇
「姫様、初めまして、私は……」
「貴方がアブラム!?」
「は、はい……」
「私はカグラ! よろしくね!」
「は、はい、姫様……」
部屋に入るや否や、姫様が私に向かって抱き着いてきた。
子どもだから仕方がないが……鬱陶しい。
オレはこれから半永久的に姫様に仕えることになると……不安でいっぱいだった。
「ねぇねぇアブラム!」
「は、はい、なんでしょうか、姫様」
「アブラムって、何の動物が好き?」
「ど、動物……ですか?」
「私は熊が一番好き!」
「く、熊……」
姫様は動物の本を私に見せてきた。
姫様は動物がお好きなようだ。
「私ね! 将来は動物を狩る仕事に就きたいんだ!」
「……」
狩猟……親父が死ぬ寸前までやっていた仕事だ。
オレも仕事を手伝ったことはある、下手すりゃ親父のように死ぬ可能性だってある。
姫様は何故その仕事をやりたいのだろうか……?
「アブラム? なんか顔怖いよ?」
「あ、申し訳ございません……」
……いけないいけない、今は姫様に集中だ。
「ねぇねぇ、外行こうよ!」
「は、はい……」
「ほら、アブラムも着替えて来て!」
「あ、ちょっと姫様……お着替えお手伝いしましょうか?」
「一人で着替えられるよ!」
オレは入室して数分も経たずに姫様に追い出された。
……姫様はオレに、「着替えて来て」と言ってきたが、オレは休みも城で過ごす事が多いので、「普段着」と呼べるものが……ほとんどない。
あるにはあるのだが、もう何十年も着ていないので、恐らくそれを着て外に出たら浮いてしまう。
どうすれば……。
◇
「……で、私に話しかけてきたのか」
「……あぁ」
「嬉しいねぇ、久々に君から話しかけてきてくれたよ、今日は記念日にしようか?」
「御託はいいからさっさと服を貸せ」
「はいはい、全く、その怒りっぽいところ、相変わらずかわいいねぇ」
「……」
オレは女遊びで服をたくさん持っていると考えたコキクに相談し、服を貸してもらうことにした。
体格は似たようなものだし、恐らく同じ服を着ても大丈夫だろうと考えたからだ。
「さて、愛しのコウモリちゃんに似合う服は……」
コキクは自分のクローゼットを開け、服を物色し始めた。
……心なしか、奴は楽しそうに見える。
「やっぱりこれかな!」
「……随分男っぽい服だな」
奴は黒のポロシャツに白のジャケット、そして黒のズボンを取り出した。
「やっぱり女に受ける服っていうのは、こういう男っぽい服なんだよ」
「……別にオレはそういう目的で着るわけじゃない」
全く、こいつは本当に……。
「いいからいいから、さっさと着替えなよ」
「……後ろを向け」
「えー?」
「いいから向け!」
オレはコキクに壁を見るように指示し、服を脱ぎ始めた。
全く、家臣に就任してまた相部屋になってからというのも、こいつはオレに対してアプローチを続けている。
なんなんだ……? 女遊びができないからオレを代わりに使おうってのか?
……そう考えると気分が悪い。
オレがズボンを履き終わると……後ろから視線を感じた。
気味が悪くなって振り向くと……奴がこちらをガン見していた。
「見るな!」
「えぇー? いいじゃん、別に減るもんじゃないし」
「お前……死にたいのか?」
「ほう……」
オレが奴に警告をすると、奴はものともせずこちらに近づいてきた。
そして奴は……オレの体に触れ始めた。
「おい……やめろ……」
「いいじゃん……」
「やめろ……」
「逞しい体……それにいい匂い……やっぱり最高の女だ……」
奴はオレの腹部を振れた後……胸部に手を振れようとしていた。
オレはすかさず奴から離れた。
「おい……ふざけているのか?」
「別に? 私は愛しい君を独占したいだけさ」
「なんだと?」
コキクはニヤニヤしながらオレを見ている。
「いいか? 次触ったらお前を本気で殺す……わかったな?」
「……」
コキクは笑顔のままオレに近づいてきた。
オレは後ろに下がり続け……気が付くと壁にぶつかっていた。
奴は自分の手をオレの顔に叩きつけ、顔を近づけてきた。
「……脅しているつもりか?」
「……」
「……オレはお前なんかに屈するつもりはないぞ!」
「……」
奴は黙って私を見つめていた。
奴は曲がりなりにも家臣、処罰を受けても文句は言えない。
それでもオレは、女としてのプライドがある。
こんな女に捻じ曲げられてたまるかという強い意志もある。
……だが、恐怖も若干あった。
奴は未だに笑っている。
それでもオレは、抵抗を続けた。




