番外編2 とある令嬢とメイドの過去 嫉妬
「はぁ……お腹いっぱい……」
緊張していたのか、お腹が空いていたのか分からないが、気が付くと、ティーカップと茶菓子の器が空になっていた。
お母様がいたら「はしたないからやめなさい」と言われているね、これ……。
私がテーブルに突っ伏していると、ドアをノックする音が聞こえる。
またアブラムだろうか。
『お客様、盟主様の家臣のコキクです。入ってもよろしいですか?』
家臣……盟主様の隣にいらっしゃった人だろうか?
私は扉を開け、招き入れた。
「お客様、初めまして、コキクと申します」
「お、オヒュカス・アルハイと申します……よろしくおねが……」
あいさつをしようとすると、コキク様は扉を思いっきり閉め、私の肩を掴んだ。
「このクソガキ……私の女に何をした?」
「く、くそが……」
突然コキク様の口調が荒くなり、私は動揺してしまった。
「繰り返すぞ、私の女に何をした?」
「お、女?」
「とぼけるな、何と言って手籠めにした? 言え」
「は、はい?」
私はコキク様の言っていることが分からなかった。
「答えないつもりか?」
「さ、さっきから何を言っているのかわかりません……」
「ほう? この状況でもそんな事が言える度胸があるのか」
「な、なんですか……ってちょっと!?」
コキク様は私を軽々しく持ち上げ、ベッドに押し倒した。
「いいか、クソガキ、よーく聞けよ? アブラムは……私の大切な大切な女だ、わかるか?」
「お、女ってアブラムの事?」
「気安くその名前を口にするな!!」
「……」
コキク様はどうやら私とアブラムが一緒にいることが気に食わないようだった。
「いいか、私の女に指一本振れてみろ……お前の血を吸って、晒し首にしてやる、そんでもって体を腹を空かせた狂犬に食わせてボロボロにした後に森の中に捨ててやる……そんでもって……」
「……」
私はコキク様の呪詛を黙って聞いていた。
怖い、という感情もあったが、気味が悪いという感情が勝った。
なんだろう……アブラムに対しての愛が深すぎるというか……。
「おい! コキク! 何をしている!!」
突然、扉の方からアブラムの声が聞こえた。
「や、やぁ……これは……その……」
すると、アブラムがコキク様に近づき……平手打ちをした。
「この女狐め!! お客様に手を出すとは何事だ!!」
「……」
え? アブラムが家臣のコキク様に……タメ口!?
それに服を掴んで……叱ってる!? ふつう逆じゃない?
「手は出してはいないさ! 誓って! 仮にも女だ、私が女に手を出すと思うかい?」
「お前……オレを怒らせたいのか? さっさと謝れ!!」
「す、すまん……」
「オレに対してじゃない!!」
「い、いいよアブラム!」
私は2人を制止した。
「こ、コキク様がアブラムを凄く愛してるのは伝わったから……」
「……悪いが、私はこの女が嫌いだ」
「え!?」
じゃ、じゃあ、一方的にアブラムを愛してるってこと!?
……怖い。
「お客様が許してるから許してやるが……次お客様に手を出したら……お前とは一生口をきかん」
「……わかったよ」
コキク様は手で殴られた部分を抑えながら素直に従った。
た、立場がよく分からなくなってるんですけど……。
「さっさと出ていけ」
「で、でも待ってくれよ! こいつのせいで君の休みが……」
「良いから出ていけ!!」
コキク様は強制的に外に出された。
「……すまん、ウチの家臣が」
「いいよ! ちょっと、怖かったけど……」
「……そうか」
アブラムは私を心配しているようだった。
「お詫びにやってほしい事を何でも聞いてやる、言ってみろ」
「な、何でも?」
「……できる範囲な」
なんだろう……やってほしい事……
いざ言われると思いつかないな……
そういえば、コキク様は去り際、こんなことを言ってたな。
『で、でも待ってくれよ! こいつのせいで君の休みが……』
もしかして……アブラムは休みたいのでは?
でも仕事で仕方なく私の面倒を……よし。
「じゃあ、明日一日中休んでて!」
「……は?」
アブラムは動揺していた。
「それはできない」
「え? できる範囲に入らないの?」
「入らない」
「何その言い方!」
私は思わず怒ってしまった。
「私が休めって言ってるの! 休みなさい!」
「だからできない! お前の世話をしなきゃ……」
「私の事はいいから!」
「人間の癖に……」
「何よそれ!」
私はその時、頭に血が上っていた。
「いいか! 人間は吸血鬼よりも時間が少ない! 私の事なんか構うな!」
「構う!」
「頑固な女だ……」
「どっちがよ!」
恐らく吸血鬼と口論するのは人類初だろう……多分。
「ふふふ……」
「何が可笑しい?」
「いや、仕事熱心だなって」
「……お褒めの言葉どうも」
「あれ? 照れてる?」
「照れてない」
なんだろう……かわいいと思ってしまった。
女同士なのに、変なの。
「じゃあさ!」
「お、おい……」
私はアブラムの両手を掴んで提案をした。
「私と休日を過ごしてよ!」
「はぁ?」
アブラムは困惑しているようだった。
「それじゃあ仕事しているのと同じじゃ……」
「私はアブラムに合わせるから! いいでしょ?」
「……何でも聞いてやると言ったからな、わかった」
「あら、これはできる範囲なんだ」
「……うるさい」
アブラムは恥ずかしがっているのか、顔を下に向けた。
私はその姿を見て……少し、魅力的だと感じた。




