番外編2 とある令嬢とメイドの過去 出会い
「ここは……どこ?」
好奇心で森に入ってしまったが……道に迷ってしまった。
ベガは「あそこは本当に危険だから行っちゃだめだ!」と言っていたが……私は彼が臆病だからそう言っているだけだと高をくくっていた。
日は既に沈みかけていて、森の中は暗闇に包まれようとしていた。
どうしましょう……来た道を戻ろうにも、どうやって入ったのか思い出せない。
このまま……死んでしまうのだろうか? 一体どうすれば……。
そんな事を考えていると、突然、茂みが揺れるような音が聞こえてきた。
私は驚いてしまい、その場に立ち止まってしまった。
恐らく……ここで私は死ぬ、そう考えたが……。
「……ん?」
茂みから出てきたのは、金髪で赤い目をした少女だった……。
少女は動きやすい服装をしていて右手に刃物を持っていた。
ま、まさか……このまま……殺される!?
いや、ここは対話をしよう、話せばわかる筈だ。
「あ、あの……ここはどこですか?」
「……迷宮の森だが?」
「そ、それはそうですよね、あはは……」
「……お前、こんな所で何をしている? ここはお前のような人間が来ていい場所じゃない」
「……人間?」
え? この人何言っているの?
そもそもなんでこの人この森にいるの?
何で刃物を持っているの?
全てがわからない。
「……まぁいい、ここは危険だ。一度里まで保護してやる」
「さ、里?」
里って……こんなところに集落でもあるんですか?
だってこの辺り一面木しかないじゃない……。
「ほら、オレの所に来い」
「え、えぇ……」
まぁでも仕方がない、今はこの人に従おう。
どうせ死ぬかもしれないし……
私はその人の所に近づいた……すると。
「え? ちょっと……」
その人は私を後ろから抱いてきた……え?
「一体何を……」
「しっかり掴まってろ」
「え、えぇ!?」
突然、その人の後ろから……羽が生えてきた!?
い、いったいどういうこと!?
そんな事を考えている間に……足が地上から離れていくのが分かった。
わ、私、どこに連れていかれるの!?
「これから木の中に突っ込むから、目を閉じてろ」
「は、はい!?」
「良いから閉じろ!」
少女の手が私の瞼に触れ、強制的に閉じられた。
「行くぞ!」
「ちょ、ちょっとぉ~!」
私は風を感じ……どこかに入っていくような感覚になった。
◇
「おい、目を開けろ」
「ほ、本当に大丈夫なの~?」
「早く開けろ!」
「わ、わかったよ……」
目を開けて見えた景色は……とても綺麗だった。
どう表現したらいいのか分からないけど……とても綺麗だった。
「見とれてないで、こっちに来い!」
「あ、待ってよ!」
私は少女に引っ張られ、城の中へと入っていった。
◇
「……全く、信じられない」
「そうかよ」
……私は、「盟主様」と呼ばれる人に、事情を聞いた。
ここは「吸血鬼の里」で、ベガの祖父が最初に発見したらしい……。
吸血鬼なんておとぎ話かと思っていたので、終始意味不明だった。
幸い、私がベガの婚約者だというと、盟主様は私を信用できる人物だと認めてくれたけど……
「んじゃ、ここにいるまでの間、オレが世話してやる」
「あ、ありがとう……あの……」
「なんだ?」
「お名前は……」
「……アブラムだ」
「よ、よろしく……」
「さぁ、無駄話してないで行くぞ」
「あ、ちょっと!」
アブラムは自己紹介をした後、足早に通路を歩き始めた。
なんだろう、この人凄い乱暴だ。
口調だけでなく行動もそういう風に見える。
でも、歩き方は……とても姿勢が良く、美しい。
私も両親に「姿勢良く歩け」と言われているが、なかなかできないので、余計に美しく見える。
私は彼女に見とれてしまった。
「早く歩け! 置いていくぞ!」
「あ、待ってよ!」
私は思わず、アブラムより前を歩いてしまった。
すると、早く歩きすぎたのか……躓いた。
「きゃあ!?」
私は床に顔をぶつけそうになった……その時、私のお腹のあたりに、何かの力が働いた。
「案内人より早く歩く奴がいるか」
「ご、ごめん……」
アブラムは私を抱え、立たせた。
「オレが早く歩けと言ったせいだ……その……すまん」
「い、いいよ! 私も……」
「客のお前が謝る必要はない、行くぞ」
「あ、うん!」
私たちは再び歩き出した。
◇
「はぁ……一体何なの?」
私は案内されたベッドで横になっていた。
アブラムと名乗る使用人は、私をどうしたいんだろう?
私の事……どう思っているのかな。
嫌なのかな? 面倒なのかな?
顔はいつも無表情で、口調はとても乱暴だ。
でも……私を保護してくれたし、世話をするとも言った。
あぁもう! わからない!
そんな事を考えていると、ドアを叩く音が聞こえる。
私は驚きつつも、返事をした。
『アブラムだ、お茶を持ってきてやったぞ』
そう言ってアブラムはドアを開けて入ってきた。
台車を押し、紅茶を持ってきた。
「さぁ、飲め、喉乾いただろ?」
「あ、ありがとう……」
「……じゃあな、何かあったら呼べ」
アブラムは紅茶と茶菓子を置いて、退散しようとしていた。
私は思わず、アブラムの腕を掴んだ。
「なんだ?」
「ねぇ、なんで私に気を使っているの?」
私は今思っていることを聞いてみた。
「……別に、仕事だからだ」
「仕事……?」
「話はそれだけか? じゃあな」
アブラムはそう言って、部屋を出た。
仕事って……それだけ?
なにそれ……意味が分からない。
私は出された紅茶と茶菓子を嗜みながら、あの使用人の事を考え続けた。
◇
「やぁ、私の愛しのコウモリちゃん、あの人間の世話係とは大変だねぇ」
「……うるさい」
コキクがオレを再びからかいにきた。
この女……暇なのか?
「面倒ならさっさと追い返してしまおうよ、なぁに、森の外に出しさえすれば……」
「馬鹿か、人間の女が森の外に出ればどうなるかぐらいわかるだろう」
「おっと、そうだったね」
「それに……曲がりなりにもあいつは客だ、雑に扱ったらダメに決まっている」
「そういうクソ真面目な部分、好きだなぁ」
「……あっそ」
こいつと無駄話をしている時間はない。
恐らくあの女はここに来て混乱している筈だ、お茶と茶菓子だけでは恐らく落ち着かない、何か落ち着くことは……。
「おーい! 聞こえてる?」
「……なんだ?」
「なんだ? じゃなくて、明日の朝、2人っきりでどこかに行かないか? 明日は休みだろう?」
「すまないが、あの人間の女の世話を任されているからな、それにお前の誘いは疑わしくて構わん、オレを食うつもりだろ?」
「そんな雑な扱いはしないさ……つまみ食いはしちゃうかもしれないけどね……」
「……とにかく、明日は忙しい、休日は返上する」
「……そうか」
コキクは素っ気ない返事をした。
……そんなに私と出掛けたいのか?
「いいだろう、真面目なのが君の良さだからね、その美しさに磨きがかかるなら願ったり叶ったりさ」
「……そうかよ」
「じゃあ、私はこれで! 愛してるよ!」
「……」
コキクはそう言って、廊下を歩いて行った。
……なんだろう、最後の方、機嫌が悪そうだったな




