番外編 家臣とメイドの過去 恋心
「ん? ここは……」
目が覚めると、私はいつもの孤児院の部屋や宿泊施設ではなく、豪勢な一室のベッドに横たわっていた。
「目が覚めたか」
「あ、アブラム!? こ、ここはどこだ!?」
「……盟主様の城だ」
「は、はぁ!?」
おいちょっと待て! 一体どういうことだ!?
「意識を失わせる薬品を調合して、お前に吸わせた」
そういえばこいつはいっつも薬品の本を読み漁っていたな……今まで傷薬なんかを調合していて、喧嘩で怪我をしたときに付けられたりしたっけ……あれめちゃくちゃ沁みるんだよ……。
……ってちょっと待て。
「おい! それでどうやって私をここまで……普通に考えて気絶している奴をこの中に入れるなんて……」
「適当に理由を付けておいた、『働けることが楽しみ過ぎて気絶した』とな」
「はぁ? ふざけんじゃねぇぞ! 私はここで働くつもりは……」
「既に契約書にはサインが書いてあるぞ」
「おい! 私はそんなもの書いた覚えは……」
「お前の文字を模倣するなんて容易い……というかもう少し字を綺麗に書いたらどうだ?」
クソ……この女……。
私は思わずアブラムの服を掴んで、拳を握った。
「……」
「どうした? 殴りたいんじゃないのか? いつも男相手にやっているだろう?」
「……女は殴れない」
「オレでもか?」
「……当たり前だ」
私は我に返り、手を離した。
「とまぁ、今から作法の訓練があるらしいからな、着替えろ」
アブラムはそう言って服を投げつけた。
ってこれは……。
「メイド服じゃねぇか! 私はこんなダサい服、着ないぞ!」
「オレだってこんなフリフリした服は着たくない、だが仕事だ、妥協しろ」
「……クソ!」
私は渋々「ダサい服」を着た。
「……よく似合っているぞ、コキク」
「……笑うんじゃねぇよ!」
この女……。
「さぁ、早く来い」
「いちいち命令すんじゃねぇよ!」
私たちは外に出て、作法のお勉強をしに向かった。
◇
「お、お待たせしました……お茶の用意が……」
「ダメ! たどたどしい! それでは失礼ですよ! コキク!」
「……ちっ」
「今舌打ちしましたか?」
「……」
クソ! なんで私がこんな事……。
凄い屈辱的だ……。
これはさすがにアブラムも……。
「お客様、大変お持たせいたしました、お茶でございます」
「……素晴らしいわ! アブラム! 貴方はとても優秀ですね!」
アブラムは姿勢良く歩き、普段とは違う口調で「お給仕」を行っている。
普段とは想像がつかない姿だ……。
「さぁコキク、貴方もアブラムを見習って、やってみなさい」
「はいはい……」
「はいは一回!」
あぁもう! 母親か! この女は!
◇
「あぁクソ! なんで上手くいかないんだ!」
あれから数か月経った。
うるさい指導にも耐え、慣れない仕事を続けた。
何度も脱走を試みるも、アブラムに止められて失敗。
挙げ句……。
「なんでこの城の女は私のものにならないんだ!」
この城で働く女は全くもって堅物ぞろいだ、アブラム以上に。
声を掛けても、「仕事中なので……」と言われ、休みの日に出掛けようと言っても「私は城で過ごしたいので……」と言って拒否される。
なんで思い通りにならないんだ! くそったれ!
「いちいち騒ぐな」
アブラムがお茶を持ってきた。
こいつは相変わらず、私に対してネチネチとものを言ってくる。
「女を口説くこともできない! うるさい連中に指図される! 頭が爆発しそうだ!」
「いい薬になったな」
アブラムはそう言って私を嘲笑った。
この女は本当に……。
……あれ? こいつってこんなに可愛く笑ったっけ?
それに仕草も……豪快な口調に比べ、私の好みの行動をする。
なぜだ……? なぜ今になってこいつにそういう感情を……?
「おい! コキク!」
「え!?」
「お前……大丈夫か?」
アブラムの目はとても美しい。
赤い瞳は誰もが持っているが、こいつのはまるで宝石のように輝いて見える。
なぜだ……? 最近女と寝ていないからそう感じるだけなのか……?
どういうわけか今は、アブラムを私のものにしたい、そんな気持ちが体を支配している。
だ、だが、急に襲ったら傷つけてしまう、こいつだって女だ、丁重に扱わないと……。
「なんでもない」
「……」
「な、なんだよ?」
「お前……顔赤いぞ? 熱でもあるのか?」
「別にそんなんじゃねぇよ!」
「おい! オレはお前の事を心配して……」
「うるせぇんだよ! いちいち私に付きまとうな!」
私は恥ずかしくなって、外に飛び出した。




