閑話 家臣とメイド 2
「やぁ、私の愛しのコウモリちゃん」
「……何の用だ?」
「何の用って、仕事の話だよ、そろそろお客様が帰る時間だろ?」
「……盟主様は『準備が出来たら』と言っていただろ? 家臣ならそのくらい理解しろ」
「おっと、これは失礼」
リブラの部屋の前、アブラムがその扉を守るように立っていた。
コキクはなかなか来ないリブラを呼びに行こうと部屋の前に着いたのであった。
「だが長居されてもこちらとしては迷惑だ、屋敷の食糧や水をこれ以上使われると困っちゃうからねぇ」
「別に、あの女は伯爵家の人間だ、構わないであろう」
「里の事を知っていい人間は『伯爵家の当主だけ』だろう? まぁ、例外はいたような気がするけどなぁ、確か名前は……」
「その名を口にするな……殺すぞ」
「はいはーい、わっかりましたー」
アブラムはコキクを威嚇するも、当のコキクにとっては、猫の威嚇ぐらいにしか感じなかった。
「まぁでも、君も鬱陶しくて仕方が無いのだろう? 何せ人間嫌いの君だからねぇ、ここは私がすぐにでも……」
「……おい」
アブラムは扉のノブに手を掛けようとしたコキクの腕を掴んだ。
「今、お客様は姫様と面会中だ、邪魔をするな」
「おっと? いいのかなぁ? 部屋の中ならともかく、この場で君が私に逆らったら、盟主様に逆らったのも同然になるけど?」
家臣であるコキクは、言わば盟主の分身。
なので屋敷はおろか、里の人間も彼女には頭が上がらない。
唯一、アブラムを除けば……。
「ほざけ……オレは姫様を守るのが使命……姫様を妨害する奴はたとえお前でも許さん……」
「ほう……里から追放すると言ってもかい?」
コキクの口調は真剣だった。
彼女が一声命令すれば、それは盟主の命令そのものになる。
アブラムもそれが分かっていた。
「構わない、その時は追放される前に死んでやる……そして地獄からお前を呪って、夢の中に化けて出て殺してやる……」
「いい度胸だねぇ……」
アブラムの表情も真剣だった。
コキクは顔は笑いながらも、目は真剣だった。
「……」
「……」
2人はにらみ合い、いつ殺し合いになるかも分からない状態だった。
アブラムは姫の為、コキクは里の為に。
その結末は……。
「……」
「……ぷっ」
コキクは腹を抱えて笑い出した。
「笑うんじゃない!」
「いやすまない……まさかここまで本気になるとは思わなくてさ……あはは!!」
「お前……馬鹿にしているのか?」
「馬鹿になんかしてないさ……君がどれだけ姫様を慕っているのか改めて分かったよ」
「……」
コキクはアブラムの腕を引っ張り、自身の体に近づけた。
「それにだ、こんなに素敵な君を追放するなんて、私がすると思うかい? もしも盟主様がそう命令したら、私は君を連れてどこか遠くへ逃げるね」
「誘惑しているつもりか? いつも言っているが、私はお前なんかには興味はない、むしろ今すぐにでも殴りたい」
「その態度、かわいいねぇ」
「触るな!」
「先に私の体に触れたのは君だ、違うかい?」
「……」
コキクはアブラムの髪を撫でた。
アブラムは抵抗しようとするも、コキクの力が強く、抜け出せない。
「放せ……」
「そう、その顔だ。私にその怒った顔を見せてくれ」
「……他の使用人に見られてもいいのか? 仮にもお前は家臣だぞ?」
「君ももう知っているだろう? 他の使用人も薄々知っているさ、私が君しか見ていないということはね……」
「……」
「私は見られても構わないよ? 既成事実が出来て好都合だからね」
「……」
「おや? 黙っちゃうのかい? 可愛いねぇ」
コキクはアブラムを押さえつけながら誘惑していた。
表情を崩さず、ただアブラムを見つめている。
アブラムはコキクと目を合わせないように、目を横に向けていた。
コキクは無理にでもこちらを向かせようと、顔を抑えて自分の方へ持って行かせようとしていた。
「……ま、ここは可愛い君のお願いだ、もう少し待ってあげよう!」
「……ならいい」
コキクはアブラムから離れた。
アブラムはコキクが触れた部分を払い除け、まるで雑菌が付いたかのように何度も擦った。
コキクはその姿を見て、気持ちが高ぶってしまったのか、こう口にした。
「その代わり!」
「おい!」
コキクはアブラムの後ろに回り、アブラムの耳元に顔を近づける。
「今日の昼……私と寝ろ」
「は?」
アブラムは即拒絶した。
「いいじゃないか、そっちの願いを聞いているんだからさ……」
「……ふざけるな!」
アブラムはコキクを払い除けた。
「公私を混合するな! この女たらしが」
「ほう? じゃあ仕事以外ならいいのかい?」
「ダメに決まっている! ふざけたことを言ってると殺すぞ!」
「殺してもいいよ? 君に殺されるなら本望さ」
コキクは余裕な態度でまくし立てる。
アブラムは拳を握り、コキクを睨むも、コキクの態度を見て、呆れてしまった。
「……家臣を殺すわけにはいかないだろう」
「おぅ! こりゃ残念だ!」
コキクはわざとらしく胸を抑えた。
「心が傷ついたところで私は仕事に戻るよ、じゃ、今日の昼、頼むよ!」
「お前……本気で殺すぞ……」
「冗談だよ! じゃあね! 私のコウモリちゃん」
「……」
コキクは手を振ってその場を後にした。
アブラムはその姿を、殺気のある目で睨みつけていた。
「コキクめ……あの女……ふざけてやがる……」




