第四十話
「そろそろ……いいでしょうか?」
私は一歩を踏み出せないでいた。
この一歩を踏み出せば、恐らく、ここに来ることは一切ない。
来ることが一切ないということは、すなわち……。
「カグラ様……」
あれ……? なんだが視界が……。
それに、手の甲に水が落ちているような……?
「い、いけませんわ!」
私は目から出た涙を拭い、立ち上がった。
「さぁ、行きましょう! 我が家へ……」
……ダメですわ、やはりカグラ様の事を考えると、涙が出てしまう。
私を裏切ったあの人との記憶を一瞬で洗い去ってくれた、白き聖女。
私にとって、カグラ様はそういう風に見えているのであろう。
だからだろうか、ここから離れたくないという気持ちが勝ってしまう。
どうすればいいのでしょうか……?
そんな事を考えていると、ドアを叩く音が聞こえる。
なかなか来ないので、使用人の方が迎えに来たのでしょうか?
「リブラ? 私だけど……いい?」
「は、はい! もちろん!」
声の主は先ほどまで考えていたカグラ様だった。
この声を聴くのも恐らく最後。
そして姿を見ることも……。
私は悲しみを抑えてカグラ様を迎え入れた。
「ごめんね、突然……」
「い、いえ!」
カグラ様は入室するなり、ベッドに腰を掛けた。
私はその隣に座った。
「その……」
カグラ様は顔を下に向けて、拳に力を入れていた。
私はその姿を見て、何とも言えない気持ちになった。
「あ、あの……カグラ様? え、ちょっと!?」
カグラ様は私をベッドの奥へ押し倒した……!?
え、何ですか!?
「カグラ様……?」
「……」
カグラ様は牙を立て、私を見ている。
両手は押さえつけられ、私は身動きが取れないでいた。
まさか……私の血を……?
でも……カグラ様なら……
「リブラ……」
「カグラ様……」
私は目を閉じた……。




