番外編4 養子 後編
それから数日後。
カグラ様はアブラム様と狩りに出かけた。
私はしばらく暇だったので、ルーセット様の仕事を手伝うことにした。
「いやぁ、ありがとう。助かります」
「いえいえ、里に住まわせていただいている以上、やれることはやらないと」
ルーセット様は、里の戸籍の管理をしていた。
私は今月産まれた子どもについての資料を整理していた。
……すると、気になる項目があった。
「あの、ルーセット様、よろしいでしょうか?」
「なんですか?」
「この子……両親の欄が空白なのですが」
「あぁ……」
ルーセット様は何かを察して、顔を曇らせた。
「実は……父親が不明で、母親が子供を産んですぐに病死してしまったんだよ」
「まぁ……それは……」
「今は孤児院で預かっていて里親を探しているんだけど……なかなか見つからなくてねぇ……」
……つまりその子は、産まれた時から孤独……。
私は思わず……涙がこぼれた。
「そんな……そんな事って……」
「……まぁ心配しなくてもいいですよ、もうじき親が見つかります……恐らく」
恐らく……ですか……。
「さぁ、涙を拭いてください」
ルーセット様はハンカチを私に差し出した。
「も、申し訳ございません……」
「今日はもう部屋に戻っていいですよ、後は私がやりますから」
……私はお言葉に甘えて、部屋に戻ることにした。
◇
私は廊下を歩きながら、考えていた。
その子がもし……親が見つからずに、ずっと独りぼっちだったら……?
きっと……孤独で孤独で仕方がなくて……以前の私のように、死を選ぶなんてことがあるのではないか?
考えすぎだとも思ったが……そんな考えが私を支配していた。
部屋のノブに手を掛けて、入室しようとしたその時。
「リブラ様」
「……コキク様」
コキク様が私に声を掛けてきた。
「なにやら浮かない顔をしていらっしゃいますが、考え事ですか?」
「は、はい……実は……」
私はコキク様に何を考えていたのか話した。
すると……コキク様の顔が、険しくなった。
「なるほど……」
「はい……」
「……私が考えるに、その子はいずれ、愛を知らずに育って……非行に走ると考えます」
「非行に……?」
「はい、その子はいずれ、愛を探すために、どんなことをしてでも目立とうとします、自分を認知してもらうために……犯罪を躊躇なく行う存在になるかもしれませんね」
「……」
コキク様は、何か確信的な根拠があるのか……なんとなく、私は納得してしまった。
「私は……どうすればいいのでしょう……?」
「そうですね……もしも不安なら、ご自身がまず、その子に何ができるかを考えたらいいのではないでしょうか?」
「私が……ですか?」
「えぇ、私は……リブラ様と姫様ならば、どんなことでも解決できると信じていますけどね」
「私と……カグラ様……」
「それではこれで、滅多にお話ができなかったので、今回はとても嬉しかったですよ」
「は、はい……ありがとうございます」
コキク様は廊下の奥へと歩いて行った。
私とカグラ様……か。
できることといえば……あれしか無さそう……ですけど……。
果たしてカグラ様は賛成していただけるのでしょうか……?
……私はカグラ様の事……疑っている?
そんな! 私たちはパートナー! カグラ様もきっと……賛成していただけるはず!
カグラ様が帰ってきたら、相談してみましょう!
私はそう決意して、部屋へと入った。
◇
「ただいま! リブラ!」
部屋のドアが開き、私の愛するカグラ様が入ってきた。
「おかえりなさいませ、カグラ様」
私はカグラ様の手を握った。
「え、ちょっと……どうしたの?」
カグラ様は困惑しているようだった。
……私は唾を飲み込んで、今思っている気持ちを伝えた。
「あの……カグラ様」
「……何? リブラ」
「その……この間話した……子どもの件ですが……」
「……うん」
子どもという言葉に反応して、カグラ様は真剣な表情になった。
「その……今、孤児院で一人の赤ちゃんが、独りぼっちでいるみたいです」
「……」
「私は……その子を救ってあげたいです……その子がもしかしたら……前の私のような、悪い道へと進んで行きそうで不安なのです……」
「……」
「なので……その子を私たちの子どもとして……迎えたいと存じますが……カグラ様は、どう思いますか?」
カグラ様は黙って私の言葉を聞いていた。
するとカグラ様は……私を抱きしめてきた。
「え、ちょっと……」
私はびっくりして、心臓が高鳴ってしまった。
「そうか……確かに、心配だね……」
「え、えぇ……」
「……私も……その子を救ってあげたいな」
「……と、いうことは?」
「……私も、その子を迎えてあげたい」
「……カグラ様」
私はカグラ様を抱き返した。
「ありがとうございます、カグラ様……」
「うん……私と初めて出会った時のリブラと同じように……自ら死を選ぶようなことになるかもしれないからね、その子……」
「……えぇ」
なるほど……それを思い出して急に抱き着いたのですね……。
「じゃあその子……明日、迎えに行こうか」
「はい、私たちの子どもとして……」
「……うん!」
カグラ様は抱いていた力を緩め、私と顔を合わせた。
「……リブラ」
「……カグラ様」
私たちは幸せのあまり……服を着たまま、ベッドへと向かった。
◇
「……かわいいね」
「……えぇ」
私の腕に、今、赤ちゃんがいる。
元気な女の子だ。
カグラ様と、私の子ども……。
「そういえば、その子……名前は?」
「……まだ決まっていないと言っていましたね」
「じゃあ、付けてあげようか……リブラが決めていいよ」
「わ、私がですか?」
名前……そうですね……。
お父様は、私とレオの名前の由来は星座から取ったと仰っていました。
よくよく考えると、私に関わった人の多くは、星座由来の名前が多い。
……裏切ったあの人も。
そういえば、王室の人の名前はとある星座から取ったというのを聞いたことがある。
だが、あの人だけはどういうわけかその星座から取られていない……既に亡くなられているし、未練がましいですが……。
……そうだ。
「『ナオス』というのはどうでしょうか?」
「ナオス……どういう意味?」
「星座から取りました……アルゴ座から」
「アルゴ座?」
「……はい。りゅうこつ座、ほ座、とも座からなる星座です。国王のお名前はアルゴ、第一王子のお名前はりゅうこつ座の恒星のカノープス、第二王子のお名前はほ座の恒星であるマルケブ……この子はいずれ、里を超えて王国を担う人物になると考えましたので、とも座の恒星のナオスから取りました……どうでしょうか?」
「……うん、いい名前だと思うよ!」
カグラ様は笑顔でそう仰った。
「じゃあ、ナオスちゃん……私が新しいママのカグラだよ~」
「わ、私もそうですよ!」
「あはは、そうだったね」
私は……この子を幸せにします。
カグラ様と一緒に……。




