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第九話 「漆黒の鎧」

第九話 「漆黒の鎧」


包囲網を突破したレドム等カーン砦の軍勢は北西の国境を目指し、行軍を続けていた。

「妙だな・・・」

カシムは馬を止め、辺りを見渡しながら呟いた。

「いかがされました?」

それを見たレドムがカシムに馬を寄せた。

「うむ・・・気のせいだとは思うが・・・静かすぎる。」

「確かにここまでほとんど追っ手が来ておりませんね。」

レドムも背後を見ながら呟いた。

「スルト軍内部も一枚岩ではない・・・か。」

カシムは指揮系統の乱れが追っ手を遅らせていると踏んでいた。

「どうされました?」

ケンが二人が馬を止めているのに気付き近寄ってきた。

「ケンか・・・お前はこの状況をどう見る?」

レドムがぶしつけに問いかけた。

「追っ手が来ない・・・ということですね?」

「話が早いな?」

カシムが関心しきりに呟いた。

「指揮系統の乱れが一番の要因・・・と思いたいのですが・・・」

「何か気になることでもあるかのような言い回しだな?」

レドムの問いかけにケンは微笑みながら答えた。

「私の思い過ごしでしょう。お気になさらずに・・・」

「とにかく先を急ごう。なにやら嫌な予感がする。」

カシムは胸中に帰来する例えようのない不安を隠せずにいた。


一方、王都を抜けたヨルド軍は街道を進んでいた。

ヨルド軍の大将はガズ・ヴォルフという。

ヨルドきっての猛将で智勇に長けた武人である。

「将軍・・・物見の兵が戻ってまいりました。」

ガズの馬に参謀が馬を寄せた。

「うむ・・・私が直に聞こう。その者をここに・・・」

ガズは馬の歩みを止めた。

暫らくすると参謀が物見の兵を連れて戻ってきた。

物見の兵は方膝をついて平伏した。

「カーンの兵はどうか?」

「はっ、カーンから脱出した軍勢はその数2000。内騎兵が700、歩兵が1300と見られます。」

「騎兵が700・・・か。して、陣容はどうか?」

「はっ、歩兵を先頭とし、騎兵がその後方を固めるように隊列を組んでおります。」

ガズはそれを聞くと顎を摩りながらしばし考え込んだ。

「その方はどう見るか?」

ガズの問いに参謀は自信満々に答えた。

「恐らくは追撃がないことに安心しておるのでしょう。足の遅い歩兵を先導させるとは・・・」

参謀はいかにも愚かしいと言わんばかりに苦笑した。

「確かに愚かしい。が、相手はあの白き風と黒き風・・・油断は出来ぬな。」

「将軍、実はもうひとつご報告があります。」

物見の兵はガズの言葉を受けて口を開いた。

「何だ?」

「はっ、これはカジカの軍を監視していた者からの報告ですが、カーンの軍勢の中に赤い鎧に身を包んだ猛者がいたと・・・」

「赤い鎧・・・?」

「まさか・・・将軍?」

参謀の言葉を受けてガズは細く微笑んだ。

「これでこの陣容の謎が解けたわ・・・間違いない。・・・奴だ。」

「赤き風・・・まさか合間見えるとは・・・思いもよりませんでしたな?」

「奴には借りがある・・・ふっふっふ・・・これだから戦は止められぬわ。」

ガズは全軍に歩みを速めるよう指示した。


昼さがりになるとヨルド軍の接近に気付かぬレドム等カーン砦の軍勢は国境の丘が見える地点まで来ていた。

「あの丘の先がスベルナニアです。」

ケンの言葉にレドムとカシムは大きく頷いた。

「伝令!!」

一人の兵が慌てて駆け寄ってきた。

「何事か?」

「申し上げます!!先行するギエン将軍の隊がヨルド軍の奇襲を受けております!至急救援を!!」

「ヨルド軍だと!?」

レドムは一気に青ざめた。

「それは誠か!?」

カシムは伝令に正した。

「間違いございません。あの漆黒の鎧に身を包んだ風貌を見間違える筈はありませぬ!!」

「漆黒の鎧・・・まさか・・・ガズ・ヴォルフか!?」

驚愕するカシムをよそにケンが口を挟んだ。

「このままではギエン将軍とニール将軍が危険です!!急ぎましょう!!」

レドム等後方に位置する騎馬隊は全速力で救援に向かった。


一方、ヨルド軍の奇襲を受けたギエン、ニールの部隊は激しい混乱に陥っていた。

「えぇい!!次から次へと・・・切りが無いわ!!」

ギエンは二本の戦斧を振り回しながら自分の身を守るのに必死であった。

ニールも残存兵を集めながらギエンに合流すべく血路を開いていた。

しかしガズ率いるヨルド軍の騎兵部隊の前に戦力は分断され、合流すら間々ならぬ状況であった。

ギエンが周りを見ると味方の兵の姿は無く、孤立無援の状況に陥っていた。

「ふん・・・年貢の納め時か・・・?」

ギエンは苦笑いを浮かべると自らを奮い立たせるべく大声を上げた。

「我はスルトが黒き風、ギエン・ザルク!!この名を恐れぬものは遠慮はいらぬ、かかってまいれ!!」

二本の戦斧をもつ手を目一杯開き、ギエンは仁王立ちになった。

ギエンのその姿をみたヨルド兵は恐れおののき、その場に馬を止め立ち尽くした。

「どうした?かかってこぬか?」

ギエンはじりじりと距離をつめた。

兵達は後ずさりした。

なおも距離を詰めるギエン。

そしてその距離がギエンの獲物の射程圏内に入った時だった。

「黒き風・・・久しいな?」

不意にギエンを呼び止める声がした。

ギエンが見るとそこには漆黒の鎧に身を包み、一際大きな馬にまたがりギエンを見下ろすガズがいた。

「ガズ・・・・ヴォルフか?」

「合間見えるのは15年ぶりか・・・」

ガズは馬を下りると腰の剣に手をあてがいながらギエンに近づいた。

「何故・・・貴様がいる?」

ギエンの問いにガズは細く微笑みながら答えた。

「王都を抜けて私がここにいる。全てはそういうことだ。」

「貴様らしからぬ姑息なやり方だな?」

ギエンの挑発にもガズは動じなかった。

「人とは・・・誰しも自分がかわいいものよ・・・」

「どういうことだ?」

「仕えるに値せぬ君主を持った己を悔やむが良い・・・」

いうや否やガズは腰の剣を抜き放ち、ギエンに切りかかっていった。

ギエンは右手の斧でガズの一の太刀をいなすと左の斧を振り下ろした。

ガズは剣を素早く引き戻すと身を翻して距離を空けた。

「やはり・・・強い。」

ガズはうっすらと笑みを浮かべると素直にギエンの強さを認めた。

「しかし・・・勝てぬ相手ではない。」

ガズは再び剣を振りかざすとギエンに切りかかっていった。

ギエンとガズは渡り合うこと三十余合、互角に剣を交えていた。

しかし時間が経つにつれギエンは受けに回る機会が増えるようになった。

「どうした?受けてばかりでは私には勝てんぞ?」

ガズは渾身の力でギエンの斧をなぎ払った。

「ぬぅっ!?」

ギエンは衝撃に耐え切れず右腕に持った斧を手放してしまった。

斧は宙を舞い地面に突き刺さった。

ガズは剣先をギエンに向けて勝ち誇ったように呟いた。

「恥じることはない。この私とこれだけ渡り合える男はそうはおらぬ・・・」

「ふん・・・勝ったつもりか?」

ギエンはふらつく体を何とか保ちながら斧を両手で持った。

「敗軍の将は潔く・・・とはいかぬようだな?」

「当たり前だ。俺はまだ負けを認めておらぬからな・・・」

「お主ほどの男を斬るのは忍びないが・・・これも戦・・・許せ。」

ガズはギエンに向けていた剣先をゆっくりと天に向けた。

ギエンは最後の力を振り絞りガズに向けて突進した。

ギエンには分かっていた。

この一撃でガズを討つことができないことを。

しかし、後続のレドムのために例えかすり傷でもガズに与えておきたい・・・

ギエンはその一心で渾身の力をこめてその斧をふりかざした。

それを見たガズは天にかかげた剣をギエンに向けて振り落とした。

斧と剣・・・その間合いの差は誰が見ても明白だった。

ギエンは目の前に迫る剣先を見ながら己の死を覚悟した。

しかし・・・ギエンが斬られることはなかった。

ガズは己の剣先がギエンを外した事に驚愕していた。

何らかの力が働き、剣の軌道がずれたのであった。

ギエンは何が起こったのか判らずに唖然としている。

「ギエンさんは・・・・やらせない!!」

ガズが見るとそこには槍を構えたアドルがいた。

「ア・・・アドル?」

ギエンの声にアドルはガズを睨みつけながら答えた。

「ギエンさん、ここは僕が引き受けます。まずは兄さんと合流してください。」

「ば・・・馬鹿をいうな!!そいつはお前が相手できる男ではない!!」

「それでも・・・時間は稼げます!!」

ガズはゆっくりとアドルの方を見た。

「一対一の戦いを汚す・・・その覚悟はあるのだろうな?」

「奇襲をかけておいて・・・何を!!」

アドルは臆することなく対峙した。

「若いな・・・いいだろう。」

ガズは奇襲をした事実を認め、アドルの挑戦を受けることにした。

「黒き風よ・・・この若者の覚悟を無駄にすべきではない。」

「何!?」

ギエンは耳を疑った。

「安心しろ、この若者を相手にしている間は貴様に手出しはさせぬ。」

「ギエンさん・・・早く!!」

ギエンは今の自分がすべきことを悟った。

「アドル・・・待っていろ!!」

ギエンは立ち上がるとレドムと合流すべく駆け出していった。

その姿を見たヨルド兵は大笑いし、ギエンを激しく罵った。

「だまれ!!」

その場にいた者たちが凍りつくようなほど勇ましい声がした。

アドルだった。

アドルはガズに背を向けヨルド兵たちに槍の先を突きつけて言った。

「貴様ら雑兵にギエンさんを罵る資格はない!!」

アドルの凄まじい怒気にヨルド兵たちは口を閉ざした。

「いい気迫だ・・・青年よ、名を聞こうか?」

アドルは再びガズを睨みながら答えた。

「アドル・・・アドル・ルフト!!」

言うや否やアドルはガズの喉下に向けて槍を突いた。

ガズはその突きを皮一枚で避けた。

ガズの喉から薄っすらと血が流れた。

ガズはその血を指でふき取ると口元に笑みを浮かべた。

「よい突きだ。・・・手加減はいらぬようだな?」

ガズはアドルを対等の相手と認めたうえで改めて対峙した。

「しかし・・・私に傷をつけた事を後悔するぞ?」

「後悔なら・・・戦に身を投じた時にすでにしている!!」

アドルは槍を構えなおした。

そして先手必勝とばかりにガズに向かって鋭い突きを繰り出した。

ガズはその突きを今度は避けるのではなく、剣で受けて見せた。

「その程度では再び私の体に触れることはできぬな・・・」

アドルは槍を三度構えると呟くように言った。

「そうでもないさ・・・」

「ほぅ・・・本気ではなかったとでも言うか?」

「右腕の反応が遅れてるからね。」

ガズは内心驚いていた。

ギエンとの一騎打ちでその豪腕から振り下ろされる斧の衝撃を受け続けた為、右腕が痺れていたのであった。

それをほんの数度の打ち合いで見抜くアドルの洞察力に驚愕していた。

「貴様・・・只者ではないな。」

ガズは目の前にいる青年の強さを認めて、改めて構えなおした。

「本気で行かせて貰おう。」

ガズは剣を斜めに振り払うとアドルに向かって切り込んでいった。


アドルにその場を任せたギエンは途中、残存兵を束ねながら奮闘するニールと合流した。

ギエンとニールの合流により奇襲によって散り散りになっていた歩兵の戦力が持ち直すことができた。

そして、しばらくするとギエンたちを取り囲むヨルド兵の動きがにわかにあわただしくなった。

レドムらの騎兵部隊が追いついて来たのであった。

「ギエン!!」

その姿を確認したレドムはギエンの下に馬を寄せた。

「おお、レドムか?話しは後だ、アドルがガズを押さえている。早く行ってやってくれ!」

それを聞いたレドムは眉間にしわを寄せた。

「うむ、ではここを頼む。」

レドムが馬を走らせようとした時であった。

「た・・・大変です!!」

一人の兵が転がるようにレドムの下にやってきた。

「どうした?」

「こ・・・後方からカジカ率いるスルト軍が押し寄せてきております!!そ、その数4万!!」

ギエンは信じられないといった表情で答えた。

「4万だと!?ほぼ全軍ではないか!?」

レドムは表情を強張らせた。

「このままでは・・・」

「ここは私に任せておけ。」

カシムであった。

「相手はカジカ・・・いくら数が多かろうと所詮は将の器ではない男の指揮する軍など臆することもあるい。」

「しかし・・・いや、わかりました。カシム殿・・・お頼み申します!」

レドムはカシムの意図することを察し、アドルの下へと馬を急かせた。

「ギエン、ケンと共にお前はレドムの援軍に向かえ。」

「なんとおっしゃる!?」

「ここは私とニール、あとは300の歩兵がいれば十分だ。」

「し・・・しかし!!」

なおも言い寄るギエンをケンが制した。

「将軍、今退路を断たれてしまう訳にはまいりません。ここはカシム殿の言うとおりヨルド軍を退けるのが先決かと・・・」

ギエンは納得いかないという表情をしながらもカシムに背を向けた。

「カシム殿・・・ご武運を!!」

「お主もな・・・」

カシムはギエンたちがレドムを追って行った事を見届けるとニールを呼び寄せた。

「すまんなニールよ。貧乏くじを引かせてしまったな?」

ニールは微笑むとギエンたちが去っていった方向をみて呟いた。

「ギエン将軍は私の上官であり、師であり、なにより憧れでした。その将軍をお守りできる・・・」

ニールは獲物の大刀を肩に担ぎなおした。

そしてカシムに向かって言った。

「私は幸せものです。」

カシムはそんなニールの肩を叩くとすれ違いざまに呟いた。

「スベルナニアには旨い酒があると聞く・・・一杯おごろう。」

二人は肩を並べて歩き始めた。

二人の眼前にはカジカ率いるスルト軍が迫ってきていた。


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