第八話 「撤退戦」
第八話 「撤退戦」
討伐軍の総大将は新王の側近でもあるカジカ・モーリスである。
カジカは智勇に乏しかったが生まれつきの要領のよさでこの地位まで這い上がった男である。
それ故に人からは忌み嫌われていた。
しかし側近となった今、彼の権限は国王に次ぐ強大なものとなっていた。
「カジカ様、カーン砦の北の城門が開きました。」
カジカは鼻先で笑うとゆっくりと立ち上がりカーンを指差した。
「新王に背きスルトの安寧を阻む逆賊を許してはならん!!全軍、進め!!」
カジカの号令に呼応して討伐軍は進軍を開始した。
「そちはどう見る?」
カジカは傍にいる参謀に問いかけた。
「レドムは智勇に長けた名将でございます。北の城門を開けた・・・恐らくはヨルドの援軍があると見ておるのでしょう。」
「ふん、小賢しいことよ。ヨルド軍との板ばさみを避けるつもりであろうが・・・そうはさせぬわ。」
カジカは東西の軍を北に寄せさせた。
一方、北西地点に向かっていたカシムはその前方に討伐軍を捕捉していた。
「我はカシム・スエン!赤き風を恐れぬ者はかかってまいれ!」
カシムは馬を急かせて突進を開始した。
その時、その名を聞いた一人の将がその行く手を塞ぐように対峙した。
「カシム殿!!」
カシムが男を見るとギエンの部下であったニールだった。
「おお、ニールではないか?貴様ほどの男が新王に与するとはな・・・」
馬を止めたカシムはニールに剣先を向けた。
「お待ちください!私はレドム殿の見方です!!」
「なんと?」
カシムは剣を下ろしたが警戒は解いていなかった。
「今、カーンに私の部下のケン・ハモンドという者が赴きレドム殿をこちらに誘導してまいります。」
「それは誠か!?」
「その証に北の城門が開きました。恐らくはこちらに向かってくるものかと・・・」
カシムが城門の方角を見ると東西に布陣していた部隊が北の方角に向かって移動しているのが見えた。
「よかろう。ではレドムの退路を確保する。貴公が味方してくれるのであれば心強い。」
「よろしいとも。」
カシムは後方を指差しながら言った。
「今、ギエンが後方支援の為にこちらに向かってきておる。まずは我らで前方の部隊に陽動をかける。」
「赤き風の戦・・・久しぶりに心が躍ります。」
ニールの言葉にカシムは口元に笑みを浮かべながら答えた。
「ギエンを唸らせた貴公の武力、あてにさせてもらうぞ?」
カシムとニールは馬を駆って前方の部隊に突撃を開始した。
カシムが先陣をきり、その背後をニールが固めた。
二人の後を楔形になった騎馬隊が追従した。
この突進により討伐軍の陣形に乱れが生じた。
「報告します!!」
カジカの下に伝令が血相を変えて駆け込んできた。
「何事か?」
「カーンの北西に反乱軍の増援が強襲してまいりました!!これにより北と西の部隊が分断されております。」
「なんと!?北西の騎兵部隊はどうした!?何をしておる!?」
「はっ、北西の騎兵部隊を指揮するニール将軍が反乱軍に寝返ったとの報告が・・・」
「馬鹿な!?」
カジカは我が耳を疑った。
呆然とするカジカに参謀が耳打ちをした。
「カジカ様・・・奴等はスベルナニアに亡命するのでは?」
「亡命だと?」
「はい。カーンの兵力ではいかに両将軍が勇猛なれど負け戦は必至でございましょう。かといって両将軍が降伏をするとは思えませぬ。」
カジカは顎を摩りながら言った。
「ゆえに北の城門から北西に抜けスベルナニアに亡命する・・・か・・・ふん。小賢しい。」
カジカは参謀に手招きをした。
そして参謀だけに聞こえるような小さな声で言った。
「急ぎヨルド軍に伝令を送り、王都から街道を抜け北西の国境に布陣してもらえ。」
「カジカ様、それはなりませぬ。それではヨルドにみすみす王都を占拠されてしまいます!」
「構わぬ。遅かれ早かれヨルドはスルトに攻め込んでくる。ならばここはヨルドに貸しを作っておくのが得策というものだ。」
参謀はカジカの考えに背筋が凍りついた。
「他の兵に気取られるな・・・急げ!」
「はっ!!」
参謀はその場を後にした。
一方、カーンの北では激しい戦闘が行われていた。
レドムは先陣をきり後続の部隊の退路を切り開いていった。
「我の行く手を遮る者は容赦なく斬る!!どけぃ!!」
レドムは致命傷を避けるように気を配りながら確実に敵の戦力を削っていった。
「流石は白き風ですね・・・」
テジムの横でケンは感嘆の声を漏らしていた。
「まったくです・・・あの方が味方で心からよかったと思いますな。」
テジムはレドムの凄まじいまでの戦いに関心しきりであった。
「テジム殿、将軍がすごいのは武力だけではありませんよ?」
「と、いうと?」
「見てください。将軍は兵を殺さずにその戦意、戦闘力だけを奪っています。この乱戦の中、こんな戦い方ができる人を私は知りません。」
テジムが見ると負傷した兵ばかりが目立ち、死者は皆無に近かった。
「将軍は討伐軍の被害を最小限に抑えて脱出をしようと考えていらっしゃるのか・・・」
テジムもレドムの離れ業に舌をまいた。
そして、レドムの働きでカーンの兵はそのほとんどが無傷の状態で進軍を続けていた。
時同じくして、カシムとニールは陽動に成功し、ギエンの後方部隊が退路を確保していた。
「カシム殿!!」
ニールが指差した方角を見たカシムは満足げに頷いた。
そこには華麗な剣さばきで討伐軍の包囲を突破するレドムの姿があった。
レドムはカシムの赤い鎧を見つけると馬を寄せた。
「カシム殿!?」
「レドム・・・久しいな。」
レドムはカシムと固く握手を交わした。
「ギエンは?」
「後方で退路を確保しているはずだ。」
再会を喜ぶ二人に割って入るようにケンが進言した。
「急ぎましょう。ギエン将軍の隊が退路を維持できる時間もそう長くはないでしょう。」
二人は顔を見合わせて頷くとケンとニールを先頭に、レドムとカシムが後方について退路を急いだ。
そのころ、アドルとサラは戦場を迂回し北西の国境近くの村に来ていた。
「アドル・・・お父さん達大丈夫かしら?」
「大丈夫だよ。きっと・・・」
アドルにはサラを安心させるだけの説得力のある言葉が思い浮かばなかった。
「あの丘を越えればスベルナニアなのね?」
サラが指差した先には小高い丘が見えていた。
「あぁ、とにかく先を急ごう。村人達だけでも先に国境まで送り届けなきゃ。」
アドルたち一行が丘の中腹まで来たときだった。
「な、なんだあれは!!」
後方を護衛していたギエンの部下が大声で叫んだ。
「どうしたんですか!?」
アドルとサラは異変に気づき後方まで戻ってきた。
「あ・・・あれを見ろ!」
指差した先には王都から国境まで続く街道を進む大軍が見えた。
「あれは・・・ヨルド軍!?」
アドルは驚愕の声を上げた。
「どういうこと?なんでヨルドが王都を抜けて・・・まさか王都が陥落したの?」
サラの問いにアドルは答える事ができなかった。
「何にせよ・・・このままだと挟み撃ちに遭う・・・知らせなきゃ!!」
「よせ!!今からじゃ間に合わない!!」
ギエンの部下がアドルを制した。
「・・・後は頼みます。僕は・・・兄さん達を見殺しにはできない・・・」
その言葉に異を唱える事ができる者はいなかった。
一人を除いて・・・
「私も行くわ。」
サラであった。
「私もお父さんを見殺しにはできない!!」
「駄目だ。君は皆と行くんだ。」
「嫌よ!!私だってお父さんを・・・」
サラの言葉をかき消すようにアドルが声を荒げた。
「誰が!?誰が皆を守るんだ?君までいなくなったら誰が皆を守るんだ!?」
「それは・・・」
アドルの気迫に圧されるようにサラは口をつぐんだ。
「サラ、僕に任せてくれ。君は皆を国境までつれていって欲しい。」
サラは黙って頷いた。
「大丈夫だ。すぐに後を追うから・・・」
アドルはそう言うと馬に跨り駆けて行った。
サラはその姿が見えなくなるまで見送っていた。
「アドル・・・」
サラは例えようのない不安に覆われていた。