第六話 「砦」
第六話 「砦」
カーン砦は異様な殺気に包まれていた。
物見の塔からはカーン砦に向かって進軍する軍勢の様子がよく見えていた。
「テジム、どうか?」
物見の塔から戻ってきたテジムにレドムが声をかけた。
「キルク、ザボン両砦から出た軍は2万を超えてますな・・・。」
「2万か・・・ほぼ半数をつぎ込んできたか。」
「いかがされますか?」
レドムは腕組みをしながら黙って俯いていた。
「ギエン将軍は・・・ご無事でしょうか?」
テジムは帰還しないギエンの身を案じた。
「奴なら大丈夫だ。恐らく夜が明けるのを待っているのだろう。」
「サロに生存者がいたということですな?」
「うむ・・・。民間人がいたのでは夜に行動を起こすのは危険が多すぎる。」
「左様ですな。して、我らは・・・?」
「ギエンの帰還を待つよりあるまい。」
「しかし、今砦を包囲されますとギエン殿の帰還そのものが不可能になるのでは?」
テジムの言葉を聞くとレドムは黙って立ち上がった。
「今、砦の兵力をこれ以上分断することはできん。奴なら・・・必ず自力で突破してくる。」
レドムは自分が言ったことがいかに矛盾しているかよく分かっていた。
ギエンが帰還できない理由・・・
それはすなわち、包囲を突破できない理由でもあるからだった。
民間人を保護しながらの行軍・・・
いかにギエンが勇猛果敢でも足かせがあればただの将に過ぎなかった。
レドムはそれでも砦から兵を出すことをよしとしなかったのだ。
「テジム、ヨルドをどう見るか?」
テジムは顎を摩りながらしばし考え込むと静かに答えた。
「暫らくは静観しておるでしょうな・・・」
テジムの言葉に頷いたレドムははき捨てるように呟いた。
「これでは奴等の思うツボではないか!!」
一方、サロの住人を保護したギエンの部隊は砦から30ミルほど離れた地点まで来ていた。
ギエンは物見の兵を先行させ砦の周辺を索敵させた。
「ヨルドの追っ手が来ぬな・・・」
ギエンはヨルドの動きに違和感を感じていた。
「どうした?」
怪訝な表情を浮かべるギエンにカシムが問いかけた。
「いや、ヨルドがやけに大人しいなと思いまして・・・」
カシムはそれを聞くとギエンの前で背を向けながら答えた。
「奴等は待っておるのだろう。」
「待つ?援軍をですか?」
カシムは首を軽く横に振ると遠くを見ながら答えた。
「我らが自滅する事を・・・だ。」
「どういうことです?」
「正規軍にしろ、反乱軍にしろ、どちらが勝利を収めてもスルト軍全体としての損害は甚大だ。」
ギエンはそこまで聞くと理解した。
「では、奴等は我らが疲弊するのを待っておるというのですか!?」
「私に喰ってかかるな。現実的な観点で見ればそうなる。」
カシムはギエンを軽くあしらうと隊列の後方にいるアドルの元へと向かった。
「アドル、サラ、ちょっといいか?」
カシムの問いかけに二人は無言で頷いた。
「村長、砦は?」
カシムはアドルを見て答えた。
「今、ギエンが物見の兵を出した。直に分かるだろう。」
「お父さん・・・やっぱり砦を攻めてくるのはスルト軍なのよね?」
カシムは無言で頷いた。
「何とか戦闘を回避する方法はないんでしょうか?」
アドルの問いに軽く首を振りながらカシムは答えた。
「レドムが無条件降伏を受け入ても、結局はヨルドとの戦になるだろう。」
「まさに四面楚歌・・・ですね。」
カシムはその言葉を聴くと、アドルとサラの肩に手を置いて告げた。
「二人ともよく聴け。これから二人は村人を引き連れてスベルナニアに向かえ。」
「!?」
驚きの表情を浮かべる二人をよそにカシムは続けた。
「残念ながら、此度の戦にスルトの勝利はない。」
「だったら・・・!!」
詰め寄るアドルに手をかざして制したカシムは諭すように告げた。
「国は民がいて初めて成り立つ。我々軍人は民を守るために存在する。分かるな?」
アドルとサラは軽く頷いた。
「現国王はヨルドに与することが民を戦から守る最良の策だとお考えなのだろう。」
「サロを・・・生贄にしてまでですか?」
アドルの言葉にカシムは勤めて冷静な声で答えた。
「そうだ。」
激昂しそうなアドルの手を引きながらサラがカシムに言った。
「お父さんはどうするつもりなの?」
「ギエンと私で砦の包囲網に陽動をかける。お前たちはその隙に西の国境からスベルナニアに向かえ。」
「そんな!?無茶ですよ!確かにお二人は一騎当千ですが、数に差がありすぎます!!」
「案ずるな、アドル。我らが砦の包囲網の一角を崩せば、中からレドムが呼応する筈だ。」
「うむ、そうすれば退路ができる。退路さえ確保できれば我々もスベルナニアに引くことが可能だからな。」
そう言いながらカシムの背後からギエンが歩いてきた。
「ギエン、どうだった?」
「お察しの通りです。正規軍はカーンを包囲しつつあります。数はざっと2万といったところですな。」
「2万・・・全兵力の半分をつぎ込んできたか。」
カシムはますます確信を得たようにアドルに言った。
「アドル、言い争っている時間はないようだ。」
アドルも2万と聞いて事の重大さに気づいた。
「ギエン、アドルとサラに村人たちの護衛を頼みたいのだが?」
ギエンはカシムの本意が分かっていた。
「よろしいとも。アドル、サラ・・・いいな?」
二人には反論の余地がないことは分かっていた。
「はい・・・。」
サラはカシムのほうを見ると目に大粒の涙を浮かべた。
カシムはそんなサラにやさしく微笑んで見せていた。
「アドル、悪いがこいつらも一緒に連れて行ってくれ。」
ギエンは後ろにいる3名の若者を引き合わせた。
「こいつらは先月入隊したばかりで実戦経験が皆無なんでな。戦では役に立たん。」
三人はアドルに敬礼している。
「僕に・・・守れと?」
ギエンは首を軽く振るとアドルの肩に手を回して言った。
「勘違いするな、お前だけが皆を守ることが出来るんだ。」
「僕が・・・守る・・・?」
ギエンはアドルを励ますように言った。
「レドムは必ず俺がスベルナニアに連れて行く!先に行って待っていろ。」
アドルは俯きながら頷いた。
ギエンはカシムに頷いて見せると、二人は肩を並べて隊列の先頭に向かって歩いて行った。
「アドル・・・」
呆然とするアドルの手をサラが握り締めた。
その感触で我に戻ったアドルは自分に課せられた事の意味を気付き始めていた。