第五話 「生贄」
第五話 「生贄」
アドルは馬を急かせた。
この辺りでの戦闘・・・そこには必ず村長がいるはずだった。
しばらくすると、目の前に小高い丘が見えた。
(あの丘の向こうか!?)
アドルは丘に続く坂道を一気に駆け上った。
坂道を登りきると、そこは少し開けた野原であった。
少し先は崖となっており、眼下にはさらに開けた野原が見えた。
そして、その野原に村長はいた。
数百はいるであろうヨルド兵に囲まれ、村の若者達とともに生き残った村人を守っていた。
アドルはためらいながらも、その崖を馬でいっきに駆け下りた。
高さは10テラほどであろうか・・・
幸運にも無事に駆け下りたアドルは、腰に携えた剣を抜き、ヨルド兵の下に突き進んでいった。
「だ、誰だ!?貴様は・・・!?」
アドルに気づいたヨルド兵の一人がその剣を構えるよりも早く、アドルはその肩に剣を振り下ろしていた。
彼の断末魔に周りの兵が気づいた時には、アドルは敵陣の奥深くへと切り込んでいた。
四方を敵に囲まれたアドルであったが、その恐怖よりも怒りが彼を突き動かしていた。
「どけぇぇぇ!!」
アドルは手当たり次第にヨルド兵に切りかかっていった。
ただ一点、村長がいる方向を目指して・・・
一方、村人を守りながら戦っていた村長のカシムはその力を出し切れずにいた。
いかに一騎当千の力を持っていようと、一人で切り込んで行けば全滅は必至であったからだ。
持ちこたえることで精一杯の状況にあって、一時的にその圧力が弱まった。
その時だった。
村の若者の一人がカシムの側まで来て言った。
「村長! あれをご覧ください!!」
若者に言われた方向を見ると、陣形が崩れ、一騎の馬がこちらに向かっているのが見えた。
「あれは・・・アドル!?」
カシムの言葉にその若者の顔が晴れ渡った。
「アドルだ! アドルが来てくれたぞ!」
その若者が叫んだ。
「本当か!?」
「間違いない、アドルだ!!」
「来てくれたんだ!?」
村人の士気は一気に高揚した。
アドルの武勇は村人の良く知るところであった。
レドムの実弟にして、棒術の達人。
そんな彼が現れたことで、村人達の折れかけた心が立ち直ったのであった。
「村長!!」
敵の包囲を突破したアドルはカシムの前で馬を下りた。
「おぉ、アドル・・・よく来てくれた!」
「話は後です。村の入り口までギエン将軍が来ています。もう少しでこちらに到着します!」
「うむ・・・!! 皆の者、あと少しの辛抱だ!!」
村の若者はアドルに槍を渡した。
「アドルはこっちの方が慣れてるだろ?」
アドルはその若者に笑顔を返すと、ひとしきり振り回して感触を確かめた。
「アドル、お前とこうして実戦に出るとはな・・・」
槍を構えたアドルに背を合わせながら、カシムは剣を構えた。
「村長、赤き風の力・・・見させていただきます。」
「良かろう!」
カシムはそう言うと、敵に向かって切り込んで行った。
そして瞬く間に10数名の兵を切り倒した。
「ヨルドの者達よ! 聞くがよい!」
たじろぐ兵達に刃を突きつけながらカシムは続けた。
「我はスルトが赤き風、カシム・スエン! 我が刃を恐れぬ者はかかってまいれ!」
元来、カシムは数百の兵に手を焼くような武人ではない。
戦えない村人達を守りながらでは、その力を存分に発揮できなかった。
しかし、アドルの加勢によってカシムはその足枷から解かれたのである。
「あ、赤き風だと!?」
「今の太刀筋、間違いない・・・奴だ!」
「しょ、将軍に伝達を・・・」
「引け! 皆、一旦引くのだ!!」
カシムの武力を見て、ヨルド兵はその包囲網を解き撤退していった。
まるで脱兎の如く撤退していくヨルド兵を見たアドルは、腰が抜けたようにその場に座り込んだ。
「助かった・・・アドル。」
差し出されたカシムの手を握り、引き起こされたアドルは恥ずかしそうに答えた。
「何も・・・村長の武勇のお陰ですよ。」
謙遜するアドルの肩に手を回しながらカシムは言った。
「お前が来てくれなかったら・・・我々は全滅していただろう。」
「村長・・・生き残ったのは?」
アドルが見ると、若者が3名と老人や子供が十数名いるだけだった。
「酷いことを・・・」
アドルは改めて怒りを感じていた。
「お父さん!!」
不意にサラの声がした。
サラはカシムに抱きつき、泣きじゃくっていた。
ようやくギエンの軍勢が追いついてきたのだった。
「カシム殿、ご無事で!」
ギエンはカシムに一礼すると、無事を喜んだ。
「うむ、アドルのお陰でな。命拾いをした。」
「アドル!」
ギエンはアドルを呼びつけると、軽く頭をこついた。
「本来なら命令違反でぶん殴るところだが・・・カシム殿の手前もある、今回は見逃してやる。」
「すいません・・・」
「分かればいい。少し休め。」
ギエンはこの場所に陣を敷くと、生き残った村人達をねぎらった。
あたりはすっかり暗くなり、ギエンは下手に動かずに夜が明けるまでこの場にとどまることにした。
その夜・・・
アドルはひとり、皆から離れた場所にいた。
手に感触が残っていた。
怒りに我を忘れていたため、そのときには気づかなかった。
そう、アドルは生まれて初めて人を斬ったのだ。
激しい嗚咽がアドルを襲う。
(これが・・・戦・・・)
木にもたれながら空を見上げた。
(僕は・・・人を殺したんだ・・・)
そして、自らの手をじっと見つめた。
(でも、やるしかなかった。やらなければ・・・やられていた・・・)
アドルは自らに言い聞かせていた。
「ここにいたのか?」
カシムだった。
「村長・・・」
カシムはアドルの横に腰を下ろした。
「アドル、戦はどうだ?」
「・・・怖いです。」
アドルは素直に答えた。
「それでいい。」
カシムはアドルに微笑みかけた。
「戦とはいえ、人を殺めるのだ。怖くて当然だ。」
「村長、村の人たちはどうするんですか?」
アドルは分かっていた。
サロが襲撃されたことの意味が・・・
「サロは・・・王に見捨てられた。」
「・・・はい。」
「私は皆を連れてスベルナニアに行こうと思う。」
「亡命・・・ですか?」
カシムは黙って頷いた。
「カーン砦も戦火に包まれることになるだろう。村人の安全を保障できる策はこれしかあるまい。」
「村長、王は・・・アレン王子は何故サロを襲撃させたのでしょうか?」
カシムは立ち上がるとアドルに背を向けながら答えた。
「見せしめ・・・かもしれんな。」
「見せしめ?」
「うむ、ヨルドの脅威を国民に再認識させ、自らの行為の正当性を主張するための・・・な。」
「そんな・・・まるで生贄じゃないですか!?」
「生贄・・・か、その通りかもしれんな。」
「許せない!!アレン王子は人の命を何と考えているんだ!?」
カシムは怒りを露わにするアドルの肩に手を置いて言った。
「アドル、気持ちは分かる。だが・・・熱くなるな。」
「しかし・・・!!」
「怒りは目を眩ます。真実を見極めるんだ。」
「真実?」
「そうだ。この一件には何かあるよう気きがする。」
カシムは夜空を見上げながら呟いた。
「すべては・・・始まりに過ぎないのかもしれんな。」
カシムの予感は的中していた。
翌朝・・・
カーン砦に向けて進軍を開始した軍勢があった。
それは、新国王により勅命を受けた討伐軍であった。