望郷の風~スルトの風~ 第八話「ウィンザード攻防戦 その2」
第八話 「ウィンザード攻防戦 その2」
ヨルド軍の一時撤退を受け、再度の襲撃に備えスルト軍はその陣形を崩さずに待機していた。
ヨルド軍が体勢を整えるのにしばしの時間があると踏んだケンはその間にゲランをデニスに引き会わせた。
「貴殿があの風の長と呼ばれるゲラン将軍とは…お会いできて光栄です。」
デニスはゲランに手を差し伸べながら言った。
ゲランはその手を取るとにこやかに答えた。
「風の長など…私は老兵ゆえそのように言われておるに過ぎませぬ。」
「此度の援軍、心より感謝いたします。」
デニスは胸に手をあて深々と頭を下げた。
「司令たるもの、安易に頭を垂れるものではありませぬ。顔をお上げくだされ。」
ゲランの気遣いに将としての器の大きさを垣間見たデニスは心底から喜んだ。
「幸運にもスルトが誇る風の将が二人も味方してくださるとは、心強いかぎりです。」
参謀もゲランの参軍を心から喜んでいた。
「しかし、司令。この次は此度のようにはいかぬかと…」
ケンは己を戒めるように呟いた。
「うむ…ゲラン将軍、スルト軍の兵力をお教え願えませぬか?」
ゲランは地図を指しながら答えた。
「城壁を囲うように展開する歩兵が5000。そしてその周りを2000の弓兵が展開し、騎馬隊5000が川岸に沿って展開しております。」
デニスは大きく頷くと参謀に問いかけた。
「参謀、こちらの残存兵力はどうか?」
「はい。歩兵11000と騎馬隊が3000、強弩・連弩合わせて2000といったところでございます。」
デニスは顎を摩りながら唸るように呟いた。
「合わせて28000…か。ケンよ、ヨルドはどう出てくると思うか?」
ケンは地図上を指差しながら答えた。
「恐らく次は隊を二手に分けず、下流の草原地帯に本隊が上陸するのを待って進軍するものと思われます。」
「そうであろうな。上流からの挟撃が功をなさぬと分かった以上、それしか策はあるまい。」
ゲランもケンの意見に同調するように頷いた。
「ヨルドもこちらが考えている事は百も承知のはず。それを推しての行軍…一筋縄ではいかぬでしょう。」
ケンは地図を指差しながら続けた。
「私はスルト軍の騎馬隊を率いて砦の南にある丘の麓に陣を敷きます。ゲラン将軍は弓兵を率いて丘の頂に布陣してください。」
ゲランは頷いて答えた。
「参謀は5000の歩兵を率いて丘を迂回する街道に布陣してください。」
参謀はケンの指差した地形を見て取ると納得したように頷いた。
「なるほど、この狭い街道に敵を誘導し足止めをするという訳ですな。」
ケンは参謀に頷いて見せた。
「敵は恐らくこちらの倍以上の兵力を投入してくるでしょう。正面から当たっては勝ち目はありません。」
「敵の足を止め、援軍の到着を待つ…か?」
ゲランの言葉にケンは静かに頷いた。
「ヨルドにこの地を奪われるわけには参りません。残存兵力での駆逐より、援軍の到着までの時間を稼ぐ事が先決かと思われます。」
デニスはケンの言葉を受けて意を決したように頷いた。
デニスが皆に出陣を指示しようとしたその時、一人の兵が部屋に飛び込んできた。
「伝令!ヨルド軍が進軍を開始しました!」
デニスはその兵に頷いて見せるとあらためて皆を見た。
「あと四刻もすれば援軍が到着する。それまでの時間、何としてもヨルド軍の足を止めるのだ!」
皆は一様に大きく頷くとその場を後にした。
デニスは砦から出陣するケンたちを見ながら祈るように呟いた。
「ケンよ、スルト復興の大儀を果たすまでその命、散らすでないぞ。」
その頃、ウィンザードに向かう援軍は砦の北100ミルほどの位置まで来ていた。
援軍を指揮するのはエリック・コスナーである。
エリックは元々デニスの部下としてウィンザードにいた経歴を持つ。
25歳と若年ながら卓越した剣技と誠実な性格を認められ、一軍を指揮する将にまでなった男である。
デニスをして「自分の後任」と言わしめた実力はスベルナニアの将の中でも抜きん出ていた。
エリックは隊列の中段にいた。
馬に跨るエリックに一人の兵が馬を寄せた。
「将軍、ウィンザードからの伝令が参りました。」
エリックは馬の足を止め、全軍を休ませた。
「どうした?」
エリックの問いかけに伝令兵は俯きながら答えた。
「申し上げます!現在ヨルド軍が砦から130ミル下流に上陸を開始いたしました!」
「数は?」
「確認が取れているだけで100000を超えております!」
伝令兵の言葉に周りで聞いていた兵たちがざわついた。
「やけに大所帯だな…砦の兵力はどうか?」
「はっ、砦の残存兵力は15000足らずです。」
エリックは腕組みをしながら呟いた。
「我らの到着までもつかどうか…か。」
「将軍、もう一つご報告があります。」
「何か?」
「実はスルト軍が援軍として参軍しております。」
「スルトだと?ヨルドに与したのではなかったのか?」
エリックの問いかけに伝令兵が答えた。
「スルト軍を指揮するゲラン将軍をハモンド将軍が説得したと聞いております。」
「ハモンド…あの亡命してきた青き風と謳われる男だな。」
エリックの隣にいた兵が思い出したように言った。
「将軍、ゲランという名に聞き覚えがございます。確か…」
その兵の言葉を遮るようにエリックが呟いた。
「そうだ。風の長と呼ばれる緑の風だ。」
エリックは立ち上がると兵たちに号令をかけた。
「皆のもの、たった今ウィンザードに向けヨルドの大軍が侵攻を開始したとの報告が入った。」
兵たちはエリックを見つめている。
「幸いにもスルト軍の一部がヨルドを離反し我軍と共闘しているが、その兵力差は歴然。」
エリックは腰の鞘から剣を抜くとウィンザードの方角を指して言った。
「これより我らはウィンザードに向け全力で行軍を開始する!我らが同胞と友軍を救えるのは我らのみぞ!」
エリックは馬に跨ると行軍の先頭へと馬を進め、振り向きながら言った。
「騎馬隊は我とともに先行する!続け!」
エリックはウィンザードに向け、馬を蹴った。
その後を追うように騎馬隊が一斉に駆け出していった。
本隊の上陸とともにヨルド軍は進軍を開始した。
ケンは前方にヨルドの大軍を目視すると陣を横一文字に広げさせた。
それをみたヨルド五竜騎、青竜のバルドは細く微笑んだ。
「大軍を相手に騎馬隊がとる陣形ではないな。」
隣にいた参謀が進言した。
「将軍、かような陣形を訳も無く青き風が指揮するはずがございません。何かの策かと…」
バルドは参謀の注言を一笑に伏せた。
「策か…。良いではないか?」
「と、申されますと?」
参謀は意外な返答に我耳を疑った。
「奴らがどのような策を講じようと絶対的な兵力差は覆りはしない。」
「左様ですが…されど相手はあの青き風、一筋縄ではいかぬかと。」
怪訝な表情を浮かべる参謀にバルドは高笑いで答えた。
「案ずるな。お主の言わんとすることは心得ておる。見よ…」
バルドは丘の頂を指差した。
「奴はあの丘に弓兵を伏せさせ、横一文字に開いた陣を左右に展開し包囲するつもりなのであろう。」
「左様ですな、そうであればあの陣形も納得できます。」
バルドはそんな参謀をあざ笑うかのように続けた。
「だから案ずるなと言っておる。見た所5000足らずの騎馬しかおらぬ。」
ここに至って参謀はバルドの意を解した。
「決定的な打撃を与えるにはいささか数が物足りませぬな…」
「そうだ。奴の本当の目的は我々を躊躇させることにある。」
バルドの不敵な笑みを見た参謀は正面を見据えながら言った。
「青き風といえども青き竜の前ではそよ風でしかありませぬな?」
バルドはあえてそれに答えず、鞘から剣を抜くと前方を指して号令をかけた。
「いかなる策があろうとも臆するな! 勝機は我らにあり! かかれ!」
号令とともにヨルド軍は一斉に突撃を開始した。
ヨルドの動きを見たケンはあえて陣を動かさなかった。
ヨルド軍の尖兵が間近に見えたとき、ケンは剣を天にかざす。
ケンの合図に呼応して騎馬隊は楔の陣に移行した。
「このまま中央に切り込み、敵陣を突破する!よいか、敵陣を突っ切るのだ!」
ケンは馬を蹴ると先陣を切って突撃を開始した。
直前まで横一文字であった陣形が楔型になった事でヨルド軍は激しく混乱した。
「何事か!?」
前方の混乱を見たバルドは周りのものに聞いた。
「あ、青き風が中央を突破してまいります!!」
「中央だと?」
バルドは耳を疑った。
見ると楔と化した5000の騎兵が陣を割きながらこちらに向かって来ている。
「青き風とは思えぬな…」
バルドはケンの突撃に違和感を感じていた。
神速のごとき突撃でケンの軍勢は一気にヨルド軍を突き抜けた。
突破したケンは騎首をヨルドに向きなおし、楔の型を鶴翼に変え布陣する。
その動きを丘の頂から見ていたゲランは細く微笑んだ。
「青き風は知略の風にあらず…あの神速の突撃こそ青き風たる所以よ。」
ゲランはケンの動きに呼応するように伏せていた弩兵に命じた。
「火矢を放て!」
ゲランの号令に応じて一斉に火矢が放たれる。
たちまちヨルド軍は大混乱に陥った。
バルドはここに至ってケンの策略にはまったことに気づいた。
「青き風め…端から突破するつもりであったのか!」
「将軍、我兵の被害が甚大になる前に手を打たねば…」
参謀の言葉を受け戦場を見渡すと丘を迂回するように延びる街道が目に入った。
幸いにもそちらには火の手は上がっていない。
バルドは全軍に街道を抜けて丘を迂回するように指示を出した。
「ふん、いかに智謀に優れておろうとあの数では街道までを塞ぐことは出来まい。」
雪崩のように街道へと向かうヨルド軍を見たケンは街道に蓋をするかのように陣を構えた。
丘を迂回する街道を進むにつれてヨルド軍の行軍速度はみるみるうちに落ちていった。
「将軍、この街道に入ってからの行軍速度が異様に遅くなっておりますな。」
参謀が辺りを見渡しながらつぶやいた。
バルドは歯軋りをしながら答えた。
「してやられたな…」
「どういうことで?」
バルドは顎で前方を見るように合図した。
その先にはスベルナニアの軍旗がたなびいている。
「こ…これは?」
「奴め…我らの足を止める事が目的であったか!」
「いかがされますか?」
バルドは剣を斜めに振り払いながら答えた。
「知れたこと! この程度の策、力ずくでねじ伏せてくれよう!」
バルドは自ら隊列の先頭に立った。
「よいか、我の後に続け! 決して広がるでない!」
バルドは馬を急かすと前面の部隊に突撃を開始した。
しかし、バルドの行く手をまたしても火矢が遮った。
「そう易々と砦には近づけさせぬ!」
ゲランの指揮する弓隊の援護射撃によりヨルドはますます動きを封じられた。
しかし、これらの策も圧倒的数に勝るヨルド軍の士気を低下させるには至らなかった。
時間が経つにつれ徐々に後退を余儀なくされる参謀の軍の動きを見たケンは密かに焦りを感じていた。
「あと一刻…」
ケンの祈るような呟きをよそにヨルド軍は街道を抜けた。
後退しつつ応戦していた参謀の隊は体制を整えるため一旦砦へと退却した。
バルドは敢えてこれを追わず、後方のケンの部隊を牽制しつつ陣を敷いた。
ケンはヨルドの注意を自分に向けようと後方から仕掛けるもその数の差に圧倒され続けていた。
ゲランの弓隊も援護についたがその戦力差を埋めることは出来ずにいた。
「流石は青き風…見事な策であった。しかし…ここまでだ。」
バルドの言葉が示すとおり、体勢を立て直したヨルド軍は磐石の布陣でウィンザードを包囲していた。
ここに至り、ケンとゲランの隊の損耗は激しく砦への帰路も絶たれ孤立していた。
デニスは包囲するヨルド軍に対し、残存兵力を全て出陣させた。
自ら先陣に立ちヨルドの大軍と対峙する。
「ほう、潔いな。」
バルドは感心した。
「この大軍を前に篭城せず、敢えて撃って出るとは…」
バルドの隣で見ていた参謀が呆れた口調で言った。
「侮るでない。あのデニスという男には幾度となく煮え湯を飲まされておる。」
バルドは己に言い聞かせるように答えた。
デニスは剣を抜くとその先を天に掲げた。
「戦の勝敗は数にあらず!援軍も直に到着しよう、この戦…勝つ!!」
自らを鼓舞するように全軍に伝えたデニスは刃先をヨルド軍に向けた。
「我に続け!!」
デニスは馬を蹴るとヨルド軍に突撃を開始した。