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望郷の風~スルトの風~ 第六話 「朱に染まる河-後編-」

第六話 「朱に染まる河-後編-」


夕闇がウインザード砦を包んでいた。

砦には張り詰めた空気が立ち込めている。

「司令、定時連絡です。」

参謀がデニスに声を掛けた。

デニスは頷いて答えた。

参謀が手招きすると一人の兵がデニスの下に駆け寄り、方膝を付きながら報告した。

「報告します。日没時における定時巡回では異常は見当たりません。」

デニスはゆっくりと目を閉じ、深呼吸した。

「わかった、ご苦労。引き続き警戒を怠るな。」

「はっ!!」

兵は頭を下げるとその場を後にした。

するとその兵と入れ替わるようにして一人の兵がテジムの下に駆け寄ってきた。

「申し上げます。国王からの伝令が到着いたしました!」

「うむ。通せ。」

デニスが指示を出すと伝令兵が書簡を携えて近づいてきた。

伝令兵はデニスの前で方膝を付き、書簡を差し出した。

それを参謀が受け取り、書簡から書状を出してデニスに渡した。

デニスは書状に目を通すと意を決したような表情を浮かべ、伝令兵に顔を上げるように言った。

「伝令の任、ご苦労であった。下がってよい。」

伝令兵は一礼するとその場を後にした。

「国王はなんと?」

デニスは書状を丸め、懐に入れながら答えた。

「・・・サラトを奪還せよとのお達しだ。」

「こちらから討って出よと?」

「いや・・・援軍が向かってきておる。それまでは専守防衛に努めよとのことだ。」

「私もその意見に賛成です。」

不意に声がした。

デニスが声の主を見るとケンであった。

「此度の戦・・・前哨戦なれど、ヨルド軍はかなりの兵力をつぎ込んでくるでしょう。」

「ほう・・・何ゆえそう思うか?」

「ヨルドにとってあの姉妹の亡命は想定外の事態のはず。これ以上、国際世論を敵に回したくない彼らは一刻も早く彼女らの身柄を確保しようと躍起になっているでしょう。それ故に大軍を動かし、我らに身柄の引渡しを迫るものと思われます。」

ケンの意見を聞いたデニスは参謀に問いかけた。

「私の意見もケンと同じだ。その方はどうか?」

参謀はしばし考え込むと、言葉を選びながら答えた。

「恐らくはその通りでしょう。此度の戦・・・厳しいものとなりそうですな・・・」

デニスは意を決したように頷いた。


夜になった。

物見の兵が視線の先にかすかに動く物を見つけた。

物見の兵は身を乗り出し目を凝らす。

よく見るとそれは対岸の木々の間を動く松明の明かりであった。

見る見るうちにその数を増やす明かりに物見の兵は大きな声で敵襲を知らせた。

その声がデニスに届くのと同時であった。

無数の火矢が砦を襲う。

砦内は一気に騒然とした。

「司令、ヨルド軍です!!」

参謀が血相を変えてデニスの部屋に駆け込んできた。

「状況はどうか?」

デニスは席を立つと歩きながら参謀に聞いた。

「対岸から牽制の火矢が放たれております。また砦から上流30ミルに3000程の兵が上陸したとのことです。」

「そっちは陽動だろう。本隊は別だ。」

「私もそう思います。」

デニスは指揮所に着くと地図を広げながら参謀に尋ねた。

「ケンはどうした?」

「ハモンド将軍は一刻ほど前に手勢の兵を連れ上流に向かい出陣致しました。」

「一刻前にか?」

「は・・・私に一言、『上流の軍勢は気にするな』と・・・」

「上流からの挟撃を予測していた・・・ということか。」

デニスは関心しきりであった。

「はい、ただ上流が比較的手薄なことは事実です。ここを突破されれば・・・。」

デニスは顎を摩りながら参謀に聞いた。

「本隊は何処に布陣すると読むか?」

「恐らくは130ミル下流の草原地帯ではなかろうかと・・・」

「うむ・・・常套手段であればそうだろうな。」

「いくらヨルドが大軍を動かそうともナリス河を盾にそびえる我が砦を正面から襲撃するとは思えません。」

デニスは大きく頷くと参謀に指示を出した。

「ここから50ミル下流の丘の上に1000の強弩兵を伏せさせろ。その麓に500の歩兵を左右に展開させて布陣せよ。」

「かしこまりました。」

「お主は5000の兵を連れ城門から10ミル下流の川岸に陣を敷け。」

「それではこの砦と上流への備えが手薄になるのでは?」

「構わぬ。大軍を相手に手薄も何もあるまい。それにケンも勝算があるが故に手勢のみで出陣したのだろう。」

デニスは不敵な笑みを浮かべながら続けた。

「案ずるな、地の利はこちらにある。そもそも専守防衛とは機先を制することに他ならん。」

参謀は大きく頷くと敬礼を交わし出陣するべく指揮所を後にした。


一方、上流に向かったケンは300の手勢の兵を率いて小高い丘の頂に陣を構えていた。

そこからは次々と上陸するヨルド軍の動きが手に取るように見えていた。

「やはり・・・そうきますか。」

川岸沿いの街道を行軍すると確信したケンは隊を三つに分けた。

そして丘の麓に先回りしたケンは街道の左右に兵を伏せさせた。

この場所は街道の幅が狭く、大軍が行くには不向きな地形である。

自らは街道を塞ぐように楔の陣形を敷いて待ち構えた。

やがてヨルド兵が長蛇の陣を敷きながら行軍する姿が見えた。

ケンは陣の先頭に馬を進め、行軍するヨルド兵の手前で馬を止めた。

ケンの姿を見たヨルド軍は一時足を止めた。

暫くすると陣中から馬に跨った一人の将が出てきた。

見れば重厚な鎧を身にまとい、その肩には猛々しい赤竜が飾られていた。

その姿は見るものに神々しささえ与えていた。

「我はヨルドが五竜騎の一人、赤竜のリザル!!スベルナニアの将に告ぐ、道を空けよ!!」

ケンは笑みを浮かべた。

「貴公が噂に聞くヨルドの赤き竜ですか・・・」

不敵な笑みを浮かべるケンを更に威圧すべくリザルは続けた。

「ほう・・・私を知るか・・・ならば無駄に命を散らす愚行は止めよ。我が名に畏怖するは恥じることではない。」

ケンはそれを聞くと声も高らかに笑った。

「赤き竜が戯言を言いますか・・・?」

『戯言』と聞いたリザルは心中穏やかではなかった。

ケンは更に追い討ちをかけるように挑発した。

「戯言を口にする将に道を譲る道理はありません。リザル殿こそわが名を土産に国に戻られよ!!」

それを挑発と悟ったリザルは努めて冷静に返事を返した。

「貴公の名にどれほどの価値があろうと引くことはできぬ・・・が、私に挑むその勇は称えよう。」

リザルは腰の剣を抜くと刃を剣に向けた。

「貴公・・・名は?」

ケンは腰の鞘から細身の剣を抜き、斜めに切り払いながら答えた。

「我が名はケン・ハモンド!!貴国の暴挙を断つ刃なり!!」

ケンはそう言い放つと馬を蹴った。

リザルは不適な笑みを浮かべながら呟いた。

「ケン・ハモンド・・・はて・・・聞き覚えはあるが・・・」

リザルは片手を挙げ、突撃するケンに向かってその手を下ろした。

と、同時にヨルド軍は一斉に突撃を開始した。

ケンは敵が動いたのを見ると口元に笑みを浮かべながら呟いた。

「その傲慢さが命取りですよ。」

ケンは馬を蹴ると更に速度をあげ、単騎で敵陣に突入した。

ケンは細身の剣を巧みに操り、的確に敵兵の急所を突きながら敵陣深くまで切り込んでいく。

その神速の突撃はリザルを大いに驚かせた。

ケンは敵陣の中で馬を止めると近づく兵を次々と蹴散らしていった。

そして敵兵の目がケンに集中したその背後から楔となた後続が突撃を開始した。

一気に混乱に陥るヨルド軍。

リザルはこの状況を目の当たりにして初めて気づいた。

「こ・・・この戦い方・・・まさか・・・スルトの?」

リザルは戦況が不利なことを悟ると撤退を指示した。

それを見たケンは剣を天にかざす。

それを合図に左右に伏せさせていた兵が突撃を開始した。

退路を断たれたヨルド兵は散り散りになり、リザルが見ると3000の兵は瞬く間にそのほとんどを失っていた。

必死に軍の統制を図ろうとするリザルの前にケンが馬を止めた。

「勝敗は決しました。大人しく投降なされよ。」

ケンは剣先をリザルに突きつけた。

「まさか貴公がスルトの青き風であったとはな・・・抜かったわ。」

リザルは退路がないことを悟るとその手に持った剣を逆にケンに突きつけた。

「青き風よ、貴公の智略は認めよう。が、戦は智のみでならず!」

「愚かな・・・」

ケンは馬を降りると剣を構えた。

「良いでしょう。ならば私も武を以って応えましょう。」

「一騎打ちか・・・望むところよ。」

リザルは内心喜んだ。

スルトの青き風の噂はよく聞き及んでいた。

神算の如き智謀を持つ将・・・しかし、こと武力に於いてはスルトの風を冠する将の中で最も虚弱であると言われていたのである。

将を失えば形勢を逆転できるとリザルは高をくくったのである。

「では・・・まいる!!」

リザルは馬から降りると獲物の剣を振りかざしながらケンに襲い掛かった。

ケンは構えを崩さずにリザルが近づくのをじっと待っている。

リザルはケンの左肩口にめがけ剣を振り下ろした。

ケンは右足を一歩踏み出すと同時に剣を伸ばす。

リザルの剣は空を切り、ケンの刃先は前のめりになったリザルの肩当を弾き飛ばした。

肩当にはリザルの誇りとも言うべき赤き竜が飾られていた。

「ぬぅっ!?」

リザルは己が誇りを弾き飛ばされ歯軋りをした。

「青き風は伊達じゃありませんよ?。」

構えを取り直し正対するケンを、下から見上げる自分が許せないリザルは大いに怒った。

「我が誇りを傷つけたその罪・・・死を以って償うべし!!」

リザルは渾身の力を込めて剣を振り下ろした。

ケンはその軌道をあらかじめ予測していたかの如く体をかわす。

続けざまに縦横無尽にその剣を振るうリザルであったがその刃はことごとく空を切った。

「どうしました?ヨルドの赤き竜・・・その牙は弱者を喰らうためだけにあるのですか?」

「我が剣を愚弄するか!?」

怒りに任せ一層激しく剣を振り続けるリザルであった。

しかし、虚しく空を斬り続けるその剣は次第に勢いがなくなっていった。

気がつくとリザルは両の肩で息をし、立っていることがやっとの状態まで疲弊していた。

ここに至って、リザルは力量の差を認めざるを得なかった。

「我が刃では風を切れぬか・・・」

がっくりと膝を付いたリザルは剣を手放した。

「私の負けだ。斬れ・・・」

ケンはゆっくりとリザルに近づいた。

その手には赤き竜の肩当があった。

ケンは肩当を差し出しながら言った。

「その潔さと力・・・暴君の為でなく、民草の為に振るってはいただけませんか?」

リザルは驚いたようにケンを見上げた。

「私に国を捨てよと申すか?」

ケンは首を振った。

「貴国もこの国もありません。この戦によって無駄に散らす命を救って頂きたいのです。」

リザルは黙ったままだった。

「見なさい。この剣を・・・」

リザルは言われるがままに剣を見た。

「私は愚かにもこの智力を以って貴国の兵を駆逐しました。その結果がこれです。」

ケンの刃には血のりが付いていた。

そしてケンはその刃先を河に向けた。

「今、このナリス河はこの血の色に染まっています。本来ならば朱に染まりし河などありはしません。」

リザルがケンを見ると、その目は深い悲しみに満ちていた。

ケンはリザルに肩当を手渡した。

「私は砦に戻ります。残った兵をまとめ国に帰られるがよいでしょう。」

リザルはケンから肩当を受け取ると呟くように言った。

「己が戦果を愚行と言うか・・・」

ケンはリザルに背を向け、夜空を見つめながら答えた。

「天は一つです。そして地も水も・・・それらを別つは人の業・・・それを愚と言わずに何といいましょう?」

リザルは己が肩当を見ながら呟いた。

「人の・・・業・・・か・・・」

ケンは馬に跨るとリザルに一別した。

そして馬を蹴ると砦に向かって駆けて行った。

その後姿が行く先の夜空が赤く燃えている。

リザルはその光景を見つめながら呆然と立ち尽くしていた。


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