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望郷の風~スルトの風~ 第四話 「手紙」

第四話 「手紙」


平伏するサーシャ達を唖然と見つめるケンの背後から馬の蹄の音がした。

ケンが見るとそこには数騎の騎馬兵が駆けてきていた。

騒ぎに気付いたウィンザード砦の兵である。

兵達はケンの間近に馬を止めた。

ケンは自ら歩み寄ると兵達に問いかけた。

「ウィンザードの兵ですね?」

ケンの只ならぬ風貌に兵達は馬を下り、片膝をついて平伏した。

「はっ、この辺りでヨルドの兵を見かけたとの通報があり・・・」

ケンはそこまで聞くと話しを遮るように口を開いた。

「その件は私が全責任を以って司令にご報告いたします。」

「い・・・いや、しかしそれでは・・・・」

ケンの一方的な発言に兵達は戸惑っている。

「ご安心なさい。私は本日付でこちらに赴任することになりました、ケン・ハモンドです。」

兵達は顔を見合わせると改めて平伏した。

「顔をお上げなさい。取り急ぎこの方達の手当てをお願いいたします。私は先に行って司令にご挨拶を済ませます。」

ケンは兵達に指示を言い渡すとサーシャの下に歩み寄った。

「とりあえずは手当てをお受けください。くわしいお話しは後で伺います。」

サーシャは無言で頷いた。

ケンは笑顔で応えると馬に跨り砦へと向かっていった。

ケンが砦に着くとデニスは待ちわびたように出迎えた。

デニスは透き通るような青い鎧に身を包み毅然と立つその風貌に満足そうに頷いた。

「よく来てくれた。スルトの青き風よ・・・」

デニスが差し出した手を握りながらケンは笑顔で応えた。

「司令・・・ご挨拶ついでと言っては何ですが、ご報告しなければならぬことがございます。」

ケンはそう言いながら辺りに目を配った。

そんなケンの仕草に気付いたデニスは参謀を呼びつけた。

「すまんが人払いを頼む。」

「承知致しました。」

ケンは二人のやり取りを見て口を挟んだ。

「貴方にはご同席いただけますか?」

ケンは参謀に向かって聞いた。

参謀はデニスの方を見た。

デニスの頷きを確認した参謀はケンに応えた。

「畏まりました。」

人払いが済んだ広間でデニスはケンと参謀を席に着かせた。

「・・・して、いかような用件か聞こうか?」

デニスは背もたれにもたれかけながら聞いた。

「実は・・・」

ケンは今朝の出来事を詳細に話した。

ケンの話を聞き終えたデニスは大きくため息を付いた。

「不安が・・・的中したな。」

ケンはデニスの言葉の真意が見えなかった。

「どういうことです?」

ケンの問いかけに参謀が応えた。

「司令は一昨日からしきりに胸騒ぎがするとおっしゃられていたのです。昨日も物見の兵を増員したばかりでした。」

「何か予兆があったのですか?」

ケンの質問にデニスは呟くように答えた。

「ヨルド領内に我が国とヨルドの不干渉地域があるのは知っているな?」

「サラト自治区のことですね?」

デニスはケンの答えに無言で頷いた。

サラト自治区とはヨルド北西部のスベルナニアとの国境付近に位置し、もともとはサラトニアという独立した国家であった。

かつてのサラトニアは宗教色の強い国家で主にサーラ教そしてダガ教が信仰されていた。

そしてこのサラトニアにはサーラ教、ダガ教それぞれの聖地でもあった。

融和と安寧を説くサーラ教に対し、ダガ教は他教を「邪教」と称し唯一無二の神を崇めることを説いていた。

このダガ教の狂信的な信者が多いヨルドはかねてからこのサラトニアを自国の領土と主張していた。

サーラ教を国教とするスベルナニアはこのヨルドの姿勢に反発し、両国はサラトニアの覇権をめぐり武力衝突を繰り返してきたのである。

争いの絶えないこの国は結果的に国家としては成し得ない状態になっていき、125年前この国は事実上滅びてしまう。

この事態を重く見た国際世論が両国を激しく非難したことを受け、両国はこの地を不干渉地域と認定したのである。

そしてヨルドが主張する領有権をスベルナニアが認める代わりにこの地の自治権をヨルドが了承することで現在の状況ができたのである。

「三日程前からサラト自治区の商人が姿を見せておらぬ。」

ケンはそこまで聞くと事の重大さを認識した。

「まさか・・・!?」

デニスは頷いた。

「ヨルドがサラト自治区に何らかの圧力をかけたか・・・」

「制圧した・・・?」

ケンの言葉にデニスは無言で頷いた。

「不干渉地域に何らかの圧力をかけることはわが国に対する宣戦布告に等しきことですな。」

参謀の言葉を受けてデニスは立ち上がった。

「急ぎ国王に知らせよ!兵たちにはヨルドの監視を厳にせよと伝えよ!」

参謀はデニスの命を受け席を立った。

「それと青き風よ・・・」

「ケンで構いません・・・なんでしょう?」

デニスは改めて席に着くとケンを見上げるようにして聞いた。

「貴公が助けた女性・・・名を何と言ったか?」

「姉がサーシャ・カルサス、妹がナタリー・カルサスと申しておりましたが・・・何か?」

「やはり、そうか・・・」

デニスは目頭を押さえながら上を向いた。

「ケン・・・貴公が助けた姉妹はサラト自治区の長の娘だ。」

「まさか・・・!?」

ケンは耳を疑った。

「カルサス家は代々サラト自治区を治めている。その娘たちが亡命する事態・・・」

「サラト自治区は・・・すでに?」

「そう考えるのが妥当だろう。」

ケンは頭の中で一連の出来事を整理した。

すると一つの仮説が浮かび上がった。

サーシャの言った一言・・・

『私達のせいで・・・』

彼女の言葉はスルト国王暗殺とサラト自治区との間に何らかの因果関係があることを示唆していたのではないか?

ケンはデニスに自分の考えを伝えた。

「・・・サラト自治区とスルトか・・・」

デニスはしばらく考え込むとケンにサーシャ姉妹からもっと情報を聞き出すように指示を出した。

ケンは一礼するとサーシャ達と面会すべくその場から離れた。


その夜・・・

デニスは自室で手紙をしたためていた。

溺愛する娘、そうクリスに宛てた手紙であった。

最後の一文字を書き終えたデニスは娘の住むニスクを見つめた。

「クリス・・・父を許せよ・・・」

デニスは書き終えた手紙を筒に入れるとミゲルを自室に呼び寄せた。

しばらくするとドア越しにミゲルの声がした。

「司令、ミゲル・エバンスです。」

「入れ。」

ミゲルは部屋に入るとデニスに向い敬礼をした。

「突然で悪いが・・・ミゲル、お前に異動を命ずる。」

「異動・・・でありますか?」

「ここは直に戦場となる。」

「なのに・・・なぜですか!?私も戦えます!!」

食い下がるミゲルの肩に手を置きながらデニスは諭すように言った。

「お前に頼みがある。」

「頼み?司令が・・・私にですか?」

デニスは静かに頷いた。

「これを私の娘に渡して欲しい。」

デニスは先ほど書き終えた手紙の入った筒をミゲルに手渡した。

「これは・・・?」

ミゲルは手渡された筒を見ながら呟いた。

デニスはミゲルの筒を持った手を握りながら続けた。

「ミゲル、これからの時代を創っていくのはお前たちだ。過去のくだらぬ遺恨に付き合う必要は無い。」

「司令・・・」

デニスはミゲルの頭を軽く叩きながらからかうように言った。

「案ずる事は無い。この砦は抜かせはせんよ。」

「・・・はい!」

ミゲルは力強く頷いた。

デニスは微笑んで答えると表情を引き締めて言った。

「では・・・改めて命ずる。ミゲル・エバンス、貴殿は明日をもってニスク地方守備隊への転属とする。」

「はっ!」

ミゲルは敬礼を返しデニスに背を向けた。

部屋を出たミゲルの背を見送りながらデニスは密かに涙を流していた。


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