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望郷の風~スルトの風~ 第三話 「ヨルドからの逃亡者」

第三話 「ヨルドからの逃亡者」


朝・・・

ウィンザード砦は朝霧に包まれていた。

一人の兵が監視棟から国境を見つめている。

砦からはナリス川を挟んでかすかにヨルドが見えていた。

「異常は無いか?」

兵の後ろから不意に声をかける人物がいた。

デニスである。

「指令!?」

兵は慌てて礼を返した。

デニスは手をかざして答えると目を細めながら対岸のヨルドを見つめていた。

「異常はございません。」

兵はデニスと同じように対岸を見ながら答えた。

「そうか・・・」

デニスはそう答えると兵に伝えた。

「本日から暫らくの間、物見の兵を増やせ。」

「はっ!」

デニスは監視棟を後にすると自室に戻った。

昨夜から続く胸騒ぎをデニスは不快に感じていた。


その日の昼過ぎ・・・

城門に一人の兵が馬に跨り駆けてきた。

その兵は門兵にむかって敬礼すると自分が国王からの伝令だと告げた。

門兵はその兵が持つ指示書を封印する書簡が本物であることを確認するとデニスに伝えるべく兵を使わした。

その時、デニスは自室にいた。

机に両肘をつき口元で両の手を合わせ何やら考えこんでいた。

「指令・・・」

デニスは呼ぶ声を聞くと姿勢を正し、その者を中に入れた。

「どうした?」

敬礼をしながら兵は答えた。

「国王からの伝令が参っております。」

「・・・わかった。行こう。」

デニスは席を立つと兵に先導されながら広間に向かった。

デニスは広間に着くと中央に設けられた椅子に腰掛けた。

すかさず一人の兵が肩膝をついて書簡をデニスに差し出した。

デニスはそれを受け取ると中の指示書に目を通した。

「ほぉ・・・」

デニスは感嘆の声をあげた。

「伝令の任、ご苦労であった。」

デニスは伝令の兵に労いの言葉をかけると参謀を呼び寄せた。

「王は何と?」

デニスは書簡を懐にしまいながら答えた。

「お主はスルトの青き風を知っておるか?」

「青き風・・・スルトでも屈指の知将でしたな?」

「その者がこの砦に赴任するそうだ。」

「これは心強い。」

参謀は手放しで喜んだ。

デニスも先の不安が薄れるほど喜んだ。

「スルトの将には興味が尽きなくてな・・・」

「いつおいでになられるので?」

デニスは席を立ちながら答えた。

「明日だそうだ。」

「では早速宴の準備をさせねばなりませぬな?」

デニスは口元に笑みを浮かべながら答えた。

「そうだな・・・。」

そういうとデニスは自室に戻っていった。


時同じくして・・・

二人の女性が息を切らせながら走っていた。

藪を掻き分け着衣の乱れも気にせず、一心不乱に走っている。

その様は何かに怯え、逃げ惑っているかのようであった。

二人は岩陰を見つけると転がり込むように身を隠した。

「ヨルド兵は・・・追いかけて・・・来てないみたいね?」

二人のうち、髪を束ねた女性が走ってきた方角を覗き込むように見ながら言った。

「ここは・・・どの辺りかしら?」

もう片方の女性は胸元から地図を取り出すとその場に広げた。

「私達の村から北西に向かって来たから・・・」

「直にスベルナニアに入るわね。」

そういうと髪を束ねた女性は自らの着衣を正した。

「お姉さん・・・私達、これからどうするの?」

「スベルナニアに助けを求めましょう。」

「助けて・・・くれるかしら?」

「信じるしかないわ。大丈夫よ、心配しないでナタリー。」 

ナタリーと呼ばれた女性はか細く頷いた。

「とにかく、あと少しだわ。がんばって。」

二人は辺りを見渡して人気が無いことを確認するとまた駆け出していった。

二人は途中幾度か休憩をとりながら夜通し走り続けた。

靴は擦り切れ着衣もおよそ女性が身にまとうものとは思えないほど傷んでいた。

夜が明け始めた頃には二人の目の前に国境のナリス川が見えた。

「ここを越えればスベルナニアよ。」

姉の言葉に無言で頷くナタリー。

ナタリーはもはや声を出すことが苦になるほど疲弊していた。

二人は川を渡るべく船を捜して川岸を歩いていた。

一時間ほど歩いた時、ナタリーが何かを見つけて声をあげた。

「お姉さん、あれを見て!!」

ナタリーが指差した先には一艘のくたびれた小船が無造作に横たわっていた。

二人は小船に近づき使えそうであることを確認した。

そしてふたりは顔を見合わせて頷きあうと船を川に浮かべた。

「ここまでくればもう大丈夫ね・・・」

姉の女性はヨルド側の川岸を振り返りながら呟いた。

ようやく得た安らぎの時間に二人は寄り添うようにして体を休めていた。

そうしている間に船はゆっくりと対岸に近づいていた。


やがて対岸の景色がはっきりと見えた時、二人の顔は凍りついた。

そこにはいるはずの無いヨルド兵が待ち受けていたのである。

「お姉さん、引き返しましょう!?」

ナタリーは姉の袖口を引っ張りながら必死に訴えた。

「無理よ・・・見なさい。彼らは早船で先回りしていたのよ。」

「そんな・・・じゃあ私たちは泳がされていたの?」

ナタリーの悲痛な問いに姉の女性は返す言葉を失っていた。

ヨルド兵は二人の船が近づいた事を見て取ると早船を出した。

瞬く間に近づくその速さに二人は絶望を覚えた。

「ナタリー・・・ごめんなさい。あなたを巻き込んで。」

「お姉さん・・・」

姉の女性は懐から短剣を取り出した。

「私が合図したら川に飛び込みなさい。」

「え?」

「貴方だけでもスベルナニアに行って!!」

「そんな・・・嫌よ!?」

二人のやり取りをあざ笑うかのようにその距離を縮める早船・・・

それを横目で確認した姉の女性はナタリーをかばうようにして短剣を構えた。

「小娘が!!手間をかけさせやがって!!」

一人のヨルド兵が剣を片手に舳先へと向かっていった。

そして一跨ぎで届く距離まで早船は近づいた。

「ナタリー、今よ!!早く行って!!」

「でも・・・」

戸惑うナタリーを見た姉の女性に一瞬の隙ができた。

それを見逃さず飛び掛るヨルド兵・・・

その手の剣が二人に向かって無情に振り下ろされた。

「うっ!」

兵の振り下ろした剣は姉の肩先をかすめた。

薄っすらと血が滲む。

「お姉さん!?」

負傷した姉を気遣うナタリーをよそに姉の女性は妹をかばうべく真一文字に剣を薙ぎ払った。

「ちっ!」

兵がその一撃をのけぞってよけ、体制を崩したことを見た姉はナタリーの肩を強く押した。

小船の後方に倒れこむナタリー。

姉の女性は再び剣を構え兵と対峙した。

「ナタリー、私達がここまできた訳を考えて!!」

姉の言葉にナタリーは我に返った。

「お姉さん・・・私・・・」

意を決して川に飛び込もうとした時であった。

「ぐあっ!!」

兵士の唸り声とともにその手に持つ剣が床に落ちた。

兵士の腕には一本の矢が刺さっていた。

唖然とする二人をよそに声が聞こえた。

「ここはスベルナニアの領地です!!引きなさい!!」

二人が見るとそこには弓矢を番えた一人の男性がいた。

男は透き通るように鮮やかな真っ青な鎧にその身を包んでいた。

そしてその毅然とした立ち振る舞いはヨルド兵に十分な威圧感を与えていた。

「それとも、この私を相手に一戦交えますか?」

男は弓を放り投げると腰に差した鞘から剣を抜いた。

そんな男を見たヨルド兵の一人が思い出したように言った。

「あ・・・あの鎧は?」

「知っているのか?」

仲間の兵が聞いた。

「ま・・・間違いない。スルトの青き風だ!!」

「スルトの・・・まさか?」

「いや・・・俺は間近で見たんだ。間違いない!!」

「ではやはり亡命したとの噂は本当だったのか?」

そんな兵達のやり取りを見た男は言った。

「そこのヨルド兵よ。この地で我らが一戦を交えることの意味・・・分からない訳ではないでしょう?」

男は剣先を突きつけながら問いかけた。

ヨルド兵達は一様に顔を見合わせた。

「引くぞ!!」

ヨルド兵達は逃げ帰るように早船に乗り込み去っていった。

残された二人はゆっくりと船を岸に寄せた。

「大丈夫ですか?」

男は姉の女性に手を差し伸べた。

「危ないところを・・・ありがとうございました。」

男の手を取りながら姉の女性は感謝した。

「いえ・・・たまたま通りかかったので。」

「あの・・・私、サーシャ・・・サーシャ・カルサスと申します。」

そして妹を見ながら続けた。

「この娘は妹のナタリーです。」

ナタリーは男に手を差し伸べた。

「ナタリーです。本当にありがとうございました。」

男はナタリーの手を握り返すと笑顔で答えた。

「私はケン。ケン・ハモンドと申します。」

「ケン・ハモンド?・・・あの・・・スルトの青き風と謳われた?」

サーシャの問いにケンは無言で頷いた。

そんなケンを見た二人はケンから少し離れるといきなり平伏した。

「すいません!!私達のせいで・・・・スルトは・・・・!!」

そんな二人を見たケンは慌てて二人に近寄った。

「何を誤ることがあるのです?ヨルドのスルト侵攻はあなた方のせいではありませんよ?」

そんなケンの言葉を聞いたサーシャは激しく泣いた。

「私達が・・・私達がいなければ・・・」

激しく泣くサーシャを前にケンはただ立ち尽くすしかなかった。


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