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望郷の風~スルトの風~ 第二話 「父」

第二話 「父」


アドルの道場には15名の生徒がいる。

生徒達は下は5歳から上は17歳と年齢層にかなりの幅があった。

そのため10歳以下をサラが、それ以上の生徒はアドルが教えていた。

クリスは15歳なのでアドルの下についていた。

「今日はここまで!!」

アドルの号令に生徒達は手を止め横一列に並んだ。

「ありがとうございました!!」

生徒達は挨拶を済ますと各々帰り支度をしていた。

「クリス、ちょっといいか?」

アドルは帰り支度をするクリスを呼び止めた。

「はい、なんでしょう?」

「来月うちの道場を代表して大会に出てもらおうと思ってるんだけど・・・いいかな?」

「私が?」

アドルは無言で頷いた。

クリスは暫らく俯くと呟くように答えた。

「・・・うれしいんですけど・・・」

クリスは煮え切らない表情を浮かべた。

「どうかしたのか?」

「師匠は・・・出ないんですか?」

「え・・・?」

困惑するアドルを尻目にクリスは続けた。

「師匠がでないなら・・・私も出ません!!」

クリスの反応はアドルにとっては意外であった。

「クリス、僕は大会とかに出て自分の技量を試したいとか思わないんだ。だから・・・」

「違う違う!!」

クリスは激しく首を振った。

「師匠ほどの人がこんな片田舎で道場をしているなんておかしいわ!」

「おいおい・・・」

「だって・・・だって・・・」

クリスはもどかしさを露わにしていた。

そんなクリスをアドルは困ったように見ていた。

「クリス、心配しなくてもアドルは出るわよ。」

サラであった。

「サラ・・・?」

サラはアドルに手をかざすとクリスに諭すように言った。

「アドルはね、今はいろいろと悩んでることがあるの。でも、きっと乗り越えて大会にでるわ。」

「何を・・・悩んでるんですか?」

クリスは至極当然な質問を返した。

サラは口元で人差し指を立てると優しく微笑みながら答えた。

「それは聞いちゃだめよ。誰でも一つは人に言えない悩みがあるんだから。」

「サラさんは知ってるんですか?」

「大体・・・わね。」

アドルを横目で見ながらサラは答えた。

「師匠!!私、お父さんと同じくらい師匠を尊敬してます。だから・・・」

クリスは自分なりにアドルを励まそうとした。

アドルはそんなクリスを見ると口元に笑みを浮かべ、大きく息を吐きながら答えた。

「ありがとう。クリスがそこまでいうなら出るよ、大会に。」

クリスは満面の笑みを浮かべるとアドルの手を取った。

「本当!?本当に出てくれるんですね!?」

「あぁ、約束するよ。」

クリスは小躍りで喜んでいた。

「じゃぁ私も出ようかな?」

サラであった。

「げ。」

アドルは口元を押さえた。

「何よ?」

サラの冷ややかな流し目にアドルは目線を逸らした。

「私がんばります!!3人とも優勝できると良いですね!?」

アドルとサラははしゃぐクリスを優しく見つめていた。

帰宅するクリスを見送るアドルにサラが声をかけた。

「どうして急に出ることにしたの?」

クリスの背を見ながらアドルは呟いた。

「お父さんと同じくらい尊敬してます・・・か・・・」

「嫌なの?」

アドルはサラの頭に手を載せながら言った。

「誰かさんが重なったんだよ。」

サラはアドルの手を払いのけながら言った。

「もう、茶化さないでよ。」

「茶化してないさ。サラ・・・」

「何よ?」

「・・・ありがとう。」

アドルはそう告げると家に向かっていった。

ありがとうの意味が分からないサラは呆然とアドルの背を見つめていた。


クリスの家はアドルの道場から歩いて15分程の場所にある。

取り立てて裕福ではないがそれでも中流以上の家庭である。

クリスの父は軍人である。

名をデニス・モーリスという。

スベルナニア南東部、ヨルドとの国境を守備するウィンザード砦の司令官を務めていた。

デニスはその武勇もさることながら知略にも長けておりヨルドが国境を越えれずに手を拱いているのも

デニスが守るウィンザード砦が立ちはだかっているからであった。

クリスはそんな偉大な父を心から尊敬していた。

クリスが武術に没頭するのもそんな父に近づきたいと願う一心からであった。

クリスは自宅に戻ると母を大声で呼んだ。

「あら、クリスお帰りなさい。どうしたの?そんなにはしゃいで・・・」

「聞いて聞いて!!」

クリスは興奮冷め止まぬまま母に詰め寄った。

「どうしたの?」

「私、来月の大会に道場の代表で出場することになったの!!」

「まぁ!おめでとう。」

母はうれしそうにするクリスをなだめるように答えた。

「それとね、その大会には師匠とサラさんも出るんだよ?」

「じゃぁ、応援に行かないと行けないわね?」

「お父さんも来れるかな?」

「来月の頭は確か非番で帰宅するって言ってたから・・・」

「本当!?」

クリスの興奮は更に高まった。

「ほらほら・・・汗をかいてるんだからすぐに水浴びなさい。じきに夕飯よ?」

「はーい!!」

クリスは返事を返すと自室に行った。

そんなクリスを母はにこやかに見つめていた。


その頃・・

ウィンザード砦ではデニスが机に座り一通の手紙を読んでいた。

一ヶ月前に届いたその手紙にはクリスが新しい道場に通う旨が書かれていた。

デニスは何度もその手紙を読み返していた。

単身赴任が続く自分を慕ってくれる娘をデニスは溺愛していた。

「デニス司令・・・」

ドア越しにデニスを呼ぶ声がした。

「ん・・・?入れ。」

デニスは手に持った手紙もそのままにその者を中に招きいれた。

「失礼します。」

入ってきたのは華奢な体格の若者であった。

「ミゲルか・・・どうした?」

ミゲルと呼ばれた青年は姿勢を正すと敬礼をしながら答えた。

「はっ・・・定時連絡にあがりました。」

「伝えよ。」

「はっ・・・今回の定時巡回にて異常は見当たりませんでした。」

「そうか・・・わかった。ゆっくりと休め。」

ミゲルは敬礼すると部屋を出ようとした。

「ミゲル・・・」

デニスはミゲルを呼び止めた。

「何か?」

「年はいくつになる?」

「来月16になります。」

「そうか・・・・」

デニスは手に持った手紙を引き出しにしまうとミゲルの側に寄った。

そしてミゲルの肩に手を置きながら言った。

「私の娘も同い年でな・・・。いつか紹介しよう。」

「お嬢様・・・ですか?」

デニスは笑みを浮かべながら答えた。

「おてんばでな、武芸に目が無いのだ。」

「司令のお嬢様ならさぞ武芸の腕も達者でいらっしゃるでしょう?」

デニスは首を横に軽く振りながら答えた。

「それが問題でな・・・すぐに道場を変えてしまうのだ。」

「では・・・そのお手紙にも?」

「うむ・・・また道場を変えたとある。」

「それはまた大変でございますね?」

ミゲルはデニスの表情が楽しそうなことに気づいていた。

実際デニスは困ったといいながらその内は喜んでいたのであった。

「司令、今回の道場はどういったところなのです?」

「うむ、どうも例のスルト事変の関係者が開いた道場らしいのだがな・・・」

「スルト・・・ですか?」

デニスは頷いた。

「興味深いのは師範のアドルとか言う青年だ。」

「何か特別なことでも?」

「私も噂程度にしか知らぬがヨルドのガズ・ヴォルフと互角に戦ったという青年がいてな・・・」

ミゲルはそこまで聴くと思い出したように言った。

「私も聴き覚えがあります。なんでもあの白き風の弟だとか・・・」

「その者かどうかは判らぬが・・・一度会ってみようと思ってな。」

「そういえば司令はもうすぐ非番ですね?」

デニスはミゲルに笑みを浮かべて見せた。

「あぁ、しかし・・・」

「いかがされました?」

デニスは一瞬険しい表情を浮かべていた。

「いや・・・なんでもない。無駄話につき合わせて悪かった。ゆっくり休んでくれ。」

「はっ、失礼します。」

ミゲルを見送ったデニスは窓からヨルドの方角を見つめていた。

「私の思い過ごしなら良いのだが・・・何やら嫌な予感がする。」


デニスの予感は翌日、思いもかけない形で現実となった。


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