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望郷の風~スルトの風~ 第一話 「スベルナニア」

第1話 「スベルナニア」


スベルナニア・・・正式名称は「スベルナニア王国」という。

人口は1億3千万を数え、広大な国土は大陸の実に3分の1を占める。

全ての産業が高い水準を誇り、その強大な国力は大陸でも随一である。

現国王デスター・バレッタは親スルト派で通っており、先のスルト・ヨルド間の停戦協定にも一役買って出ていた。

今回のスルト国王暗殺事件を憂慮したデスター王はアドルたちの亡命を快く迎えたのであった。

あの忌まわしき事件から2ヶ月が経った。

アドルたちは便宜上スベルナニアの国籍を与えられ、軍に残る者、去る者を問わず最低限の生活が保証された。

レドム・ギエン・ケン・ニールの4将軍はスルトでの実績を評価されスベルナニア軍でも相応の地位が与えられた。

アドルとサラも実績こそなかったがレドムらの推挙もありかなりの厚遇を約束されていた。

しかし、アドルは軍への仕官を辞退した。

「しばらく戦を忘れたい。」

アドルは己の中に例えようの無い葛藤が芽生えていた。

それが何なのか分からないまま軍に居続けることに疑問を感じていたのだった。

そんなアドルを見たサラも軍を抜けてアドルと生活を共にすることを選んだ。

各々が心に傷を負いながら新しい生活を送ることを余儀なくされたのである。


アドルとサラは王都テアズから北西に500ミル(1ミル=1Km)ほど離れたニスクという街に居を構えていた。

ニスクは人口10万人ほどの地方都市である。

この街は「武の聖地」といわれるほどいくつもの武術道場がある。

事実、スベルナニア軍の上級仕官はこの街出身の者が多い。

アドルはこの地でで子供たちを対象に小さな道場を開いてそれを生業としていた。

「アドル・・・アドル!!」

サラはアドルの部屋の扉を激しく叩いた。

「な、なんだよ?」

アドルは眠気眼をこすりながら部屋の扉を開けた。

アドルの目の前ではサラが腰に手を当て呆れ顔で立っていた。

「『なんだよ』じゃないわよ!そろそろ支度しないと子供達がくるわよ?」

「え?もうそんな時間なのか・・・」

サラはアドルの背中をポンと叩くとため息をついた。

「もぅ・・・こういうところはこっちに来ても変わらないのね?」

「そんな簡単に変われないよ・・・」

アドルはあくびをしながら答えた。

「はいはい・・・早く顔を洗ってらっしゃい。朝食用意できてるから。」

アドルは無言で頷くと玄関の扉を開け外にでた。

外は眩いばかりの朝日に包まれていた。

アドルは目を細めて手をかざした。

「ん・・・」

アドルは大きく背伸びをすると深呼吸をした。

スルトとは違う少し埃っぽい空気だった。

アドルはスルトを懐かしく思う自分に苦笑いしながら井戸水で顔を洗った。

家に戻ると食卓にはサラが用意した朝食が並んでいた。

「目は覚めた?」

カップにおコーヒーみたいなものを注ぎながらサラが問いかけた。

「あぁ、おかげさまで。」

アドルはサラからカップを受け取ると一口だけ含んだ。

「ねぇ、そういえばもうすぐ大会があるんでしょ?」

ニコと呼ばれるこの地方独特のパンをちぎりながらサラが聞いた。

「ん?たしか来月の頭だったかな・・・?」

「アドルは出ないの?」

「・・・・どうしようか迷ってる。」

サラは黙々と食べるアドルにため息を一つついた。

「アドル・・・お父さんのことまだ気にしてるの?」

サラの言葉に黙ったまま、アドルは口に運びかけたニコを置いた。

「村長のこともそうだけど・・・」

サラはアドルの手をそっと握ると呟くように言った。

「あなたは悪くない・・・誰も貴方を責めていないわ。」

「わかってるよ。だけど・・・」

アドルは自分が何も知らず、何もできずにここにいることを恥じていたのだった。

サラはそんなアドルを見抜いていた。

迷いに満ちたアドルにかつての覇気はなかった。

そんなアドルを支えようとサラは必死だったのだ。

「ねぇアドル!?」

サラはその場の雰囲気を変えようと話題を変えた。

「な・・・なんだよ?」

「今回の大会にはうちの生徒もでるんでしょ?」

「ん?あぁ・・・一人だけどね。」

「やっぱり彼女?」

サラは意地悪そうに聞いた。

アドルはそんなサラを尻目に淡々と答えた。

「そうだよ。」

「ふーん。アドルのお気に入りってとこね?」

「なんだよそれ?違うよ。」

「なにが違うのよ?」

アドルは手に持っていたニコを口に頬張るとひとしきり噛んでから飲み込んだ。

そしてカップを両手で持つとテーブルに肘をつきながら言った。

「彼女には何て言って良いか解らないけど・・・力があるんだ。」

「力?」

「あぁ、勿論単純に腕力って意味じゃない。何か・・・こう特別なものを感じるんだ。」

「ふーん・・・。なんか妬けちゃうな。」

サラはアドルの目の前の皿を片しながら呟いた。

「なにが焼けるんだ?」

「・・・・ばか。」

ふてるサラの心情が読めないアドルは基本的に鈍感であった。


サラが食器を洗っている間にアドルは軽い準備運動をはじめていた。

木製の棒を手に取り頭上で数回振り回し、構えの姿勢をとった。

アドルが棒を降り始めるとやがて辺りに風が舞うような音が鳴り始めた。

アドルは無心で棒を振り続けていた。

流麗で力強い動きはまさしく「舞」と呼ぶにふさわしいものであった。

そんなアドルの姿を黙って見つめる一人の少女がいた。

少女はアドルの「舞」を瞬きせずに見つめていた。

「あら?クリス、早いわね?」

サラの問いかけにクリスと呼ばれた少女は笑顔で答えた。

「あ、サラさん!おはようございます!」

「まだ皆来てないわよ?」

クリスはアドルの方に目を向けながら答えた。

「いいの。師匠の演舞ってこの時間じゃないと見れないんだもん。」

「師匠・・・?」

クリスは頷くと自慢げに答えた。

「学校なら先生、道場なら師匠って言うのが普通でしょ?」

「アドルが・・・師匠ねぇ・・・」

アドルの普段を知るサラには合点のいかない言葉であった。

ひとしきり型をやり終えたアドルは額の汗を拭きながら大きく深呼吸をした。

そんなアドルをクリスは拍手で称えていた。

「クリス?やけに早いね。」

クリスを見かけたアドルが声をかけた。

「アドルの演舞が見たかったんだって。」

サラがクリスの背後から答えた。

「演舞?」

アドルは首をかしげた。

「師匠の棒術は芸術よ!!まさに舞だわ!!」

「あはは、ありがとう。でも舞はちょっと褒めすぎだよ?」

「ううん。私、いろんな道場でたくさん見てきたけど師匠の棒術は別格よ!?」

アドルの演舞を見て高揚するクリスをサラがなだめるように言った。

「はいはい・・・分かったから。クリスも準備運動なさい。」

「はい!!」

クリスは元気よく返事を返すとアドル達から少し離れた場所で棒を振り始めた。

「ねぇ、あの子の何処が特別なの?そりゃぁ人にも増して武術に興味があるのは認めるけど・・・」

サラの問いかけにアドルはクリスの動きを見ながら答えた。

「彼女の動きを見てれば分かるよ。」

サラがクリスを見ると驚いた表情を浮かべた。

「な・・・何よあれ?」

「僕もはじめは疑ったさ。」

クリスは先ほどのアドルの動きをほぼ完璧に模写していた。

アドルの棒術は自己流で類似する流派は皆無である。

そんなアドルの動きを一度見ただけでほぼ完璧に模写することなど不可能である。

しかし、クリスはいとも簡単にやってのけていた。

「天賦の才・・・だな。」

サラは無言でいることでそれを肯定した。

「彼女はまるで砂漠の砂のように僕の動きを自分の物にしている。」

「ただの真似じゃないってこと?」

「あぁ、実際自分の癖まで表現されるとね・・・認めざるを得ないよ。」

「癖・・・?」

アドルはサラに分かりやすいように棒を構えて見せた。

「いいかい?普通下段から上段に棒の先を上げる際、利き手で引き上げるようにするんだ。こうやってね。」

アドルは言葉通りに棒を跳ね上げた。

「そうね、その方が隙も少なそうだし・・・」

「でもね、僕は違うんだ。」

アドルは改めて下段に構えると自らの振り方をして見せた。

「違いが分かったかい?」

「利き手じゃない手で押し出してるの?」

アドルはサラの言葉に無言で頷いた。

「僕は本来左効きなんだ。」

「え!?そうだったの?」

「気付かなかったろ?」

アドルは改めてクリスの方を見て言った。

「クリスは僕の動きを単に真似してるだけじゃない。彼女は僕が左利きだということを見抜いているんだ。」

「で、でも・・・それだったら左右反対の動きになるんじゃないの?」

「クリスはね・・・左利きなんだよ。」

「え!?」

驚くサラをよそにアドルは続けた。

「左利きの利点を生かすために僕は普段、わざと右利きの窮屈な型をとってるんだ。」

美しく舞うように棒を振り続けるクリスを見ながらアドルは言った。

「彼女は・・・それも分かっている。」

「アドル・・・彼女は一体?」

サラの至極当然の質問にアドルは一言だけ呟いた。

「僕は・・・彼女と出会う為にここに来たのかもしれない。」

アドルの言葉はサラの心を締め付けた。

「アドル・・・」


この天才少女との出会いがアドルを新たな戦いに導くことを誰も知らなかった。


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