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第十一話 「風の継承」

第十一話 「風の継承」


カジカ率いるスルト軍に対し、カシムとニールは互角以上に奮闘していた。

元々国境への道は幅が狭く大軍が押し寄せるには無理があった。

カシムはそれを見越した上で必要な戦力だけを割いていたのであった。

カシムの予想以上の反撃にカジカは憤りを隠しきれずにいた。

「ええい、何をしておるか!?」

「カジカ様、かような地では数にものを言わすような力押しでは効果的な打撃は与えられませぬ。」

参謀は作戦の練り直しを進めた。

「馬鹿を申すな!!たかが数百の兵に手こずる筈はない!!騎馬隊を前面に推したて強行突破せよ!!」

戦を知らぬカジカはあくまでも戦力差にものをいわせた戦いを強行した。


一方、カシムとニールは持ちこたえることはできてもその圧倒的な戦力差に押し返すことができずにいた。

「カシム殿!!このままでは埒が明きませぬ!!」

「うむ・・・。ニール、馬を一頭用だててくれぬか?」

「馬ですと?」

カシムは頷いた。

「私が中央に穴を穿つ。貴公は楔の陣にて後攻めを頼む。」

「心得ました。」

ニールは部下に馬を引いてこさせるとカシムに渡した。

カシムは馬に跨るとニールに頷いてみせた。

ニールもその頷きに応えてみせた。

「スルトが赤き風、カシム・スエン!!・・・まいる!!」

カシムは馬を蹴ると一目散に敵陣へと向かっていった。

「我らも遅れをとるな!続け!!」

ニールは歩兵に激を飛ばすとカシムの後を追った。

カシムは元来騎士である。

現役時代は卓越した馬術を駆使し、敵陣深くに攻め入り後攻めの突破口を開く戦術を好んで使っていた。

レドムをして「師」と仰ぐ所以はここにあった。

カシムの突撃は凄まじいものであった。

瞬く間に敵陣中央にまで斬り込むと馬の足を止め後攻めが来るまでの間、その注意を自分に向けさせた。

四方から切りかかる兵を物ともせずカシムはその剣を振るい続けた。

その修羅のごとき剣を止める事ができる者はスルト軍にはいなかった。

カシムに気を取られたスルト軍はニールの突撃に対して遅れをとり散尻に敗走した。

一時的にせよ戦線を後退させる事に成功したカシムとニールはその場に陣を敷き一休みした。

「カシム殿、流石でございました。」

ニールはカシムを労った。

「いや、お主の後攻めがあってこその戦果だ。よくやってくれた。」

ニールは謙遜しながらもカシムの言葉をよろこんでいた。

「しかし・・・」

カシムは撤退したスルト軍の方角を見ながら呟いた。

「次はこうはいくまい。」

「・・・ですな。こちらの手の内を見せた以上むやみに突進してくることはないでしょう。」

「いよいよ・・・正念場だな。」

カシムは立ち上がると国境の丘を見つめた。

「アドル・・・サラ・・・生き延びてくれよ。」

カシムはその胸中をもらした。


撤退を余儀なくされたカジカは激昂していた。

見かねた参謀がカジカに耳打ちをする。

「カジカ様・・・これ以上は士気に触ります。ご安心を・・・私に策がございます。」

「策だと?」

「先ほどのカシムの戦術は二度は使えません。奴らはすでに切り札を使ってしまった状態です。」

カジカはそこまで聞くと参謀の意図することを踏んだ。

「弓・・・か?」

参謀は頷くと陣立てを説明した。

「カジカ様、この地は幅員が狭く大軍が行くには適しておりませぬ。」

参謀は地図に配置を記しながら続けた。

「ですから騎馬隊を先陣に配しその後ろから歩兵は幅員一杯に広がりながら行軍します。更に後方に強弩隊を配します。」

「弓でけん制しながら騎馬を進める・・・か?」

カジカは感心しきりであった。

「それだけではありません。」

参謀は地図に矢印を引いた。

「騎馬隊はそのまま敵陣を突破し後方に回り込みます。」

「なるほど・・・その後に歩兵とで挟み撃ちにするわけか。」

「左様です。」

カジカは納得したように大きく頷いた。

「よかろう、貴公の策を以って見事カシムを討ち取って見せよ!」

参謀は一礼すると全軍に指示を伝えた。


その頃、後の決戦に備えてカシムは兵たちに食事をとらせ、自らも腹ごしらえをしていた。

「ニールよ・・・」

「はっ・・・」

「レドムらはスベルナニアに抜けたと思うか?」

木陰で座り込んでいたカシムはいつになく弱気な発言をした。

「カシム殿・・・胸中はお察し申します。・・・が、スルトの白き風と黒き風は無敵でございます。」

ニールは己に言い聞かせるように言った。

それを聞いたカシムは意を決したように頷いた。

そして立ち上がると兵たちを集めた。

「よいか、これより最後の命をくだす!異議申し立てはならん!!」

ニールをはじめ、兵達は表情を強張らせた。

カシムは国境の丘を指差した。

そして・・・

「これよりニールの指揮の下、皆は全速力で国境を目指せ!!」

これにはそばで聞いていたニールまでもが驚いていた。

「カ・・・カシム殿!?」

ニールが詰め寄ろうとした矢先、カシムは剣を抜きその刃先をニールに突きつけた。

「ニール、貴公といえど異議申し立ては聞かぬ。」

ニールはカシムの威圧感の前に何も言えずにいた。

カシムはそのままの姿勢で皆に告げた。

「これ以上の同士討ちはあってはならぬ。カジカの下にいる者もまたスルトを愛するが故に戦っておるのだ。」

カシムはニールに向けた刃先を下ろした。

「ニール、後は宜しく頼む。」

ニールは号泣した。

ニールほどの男が号泣する・・・それはこの場にいる者全ての悲しみの表れでもあった。

「悲しむことはない。この老兵の命ひとつで多くの命が救えるのであれば安いものよ・・・」

カシムは馬に跨ると呟くようにニールに告げた。

「ニールよ、サラに伝えて欲しい・・・赤き風は心に宿る・・・とな。」

「カシム殿・・・」

カシムは微笑みで応えた。

ニールはカシムの覚悟を受け取ると万感の思いを乗せ告げた。

「御武運を・・・」

カシムは頷くと馬を蹴った。

ニールは敢えてその姿に背を向けて皆に号令をかけた。

「よいか、これより我らは国境を目指す!!決して振り返るでない!ひたすら前を見よ!!ひたすら駈けよ!!そして・・・必ず生き延びよ!!」

ニールの号令と共に兵達は一斉に駆け出した。

皆、カシムを想い決別の泪を浮かべていた。


一方、カジカ率いるスルト軍は異様な光景にその行軍を止めていた。

一人の兵が参謀に報告にきた。

参謀は報告を聞くや否や驚きの声をあげた。

「そ・・・そんな馬鹿な!?」

「どうしたか?」

カジカの問いに参謀は答える術を持たなかった。

カジカは直接その兵に問い正した。

「何があった?申してみよ。」

その兵は平伏しながら答えた。

「申し上げます!我が軍前方に赤い風が現れました。」

「それがどうした?判っていたことではないか?」

「そ・・・それが・・・たった一騎でして・・・」

カジカはそれを聞くと大いに笑い、そして罵った。

「馬鹿め!!たった一騎で時間を稼ごうなどとは片腹痛いわ!!構わぬ、赤い風は捨て置き逃げた者どもを追え!!」

「そ・・・それが恐れ多いことながら、赤き風の前に騎馬隊がことごとく撃破され先に進めぬ状況でして・・・」

カジカは大いに怒るとその場を立ち、前線の見える位置まで出向いていった。

カジカが見ると、馬に跨り真っ赤な鎧をまとった修羅がそこにいた。

その壮絶な姿は離れているカジカにも十分な恐怖を植えつけた。

カジカは恐れおののきその場に立ち竦んでいた。

カシムは馬を縦横無尽に走らせていた。

少しでも混乱を招く為であった。

そんな折、カシムは兵たちの影に隠れてこちらを見つめるカジカの姿を見つけたのであった。

「カジカァァァァ!!」

カシムの怒号に腰を抜かしたカジカは周りにいる兵たちを楯にしながら逃げ惑った。

「ひ・・・ひぃぃぃぃ・・・」

カジカは必死に逃げた。

カシムは馬を下り、鬼の形相でカジカを追った。

カジカは必死で参謀の下にたどり着くと参謀に強弩兵に弓を放つように命令した。

「カジカ様、それはなりません。奴の周りには多くの味方の兵がおります!」

カジカは必死に食い下がる参謀を殴りつけた。

「わ・・・私の言うことを聞け!!や・・・矢を放て!!今すぐ矢を放つのだ!!」

カジカに脅された兵達は矢を一斉に放った。

矢は豪雨のようにカシムの頭上に降り注いだ。

カシムの体に一本、また一本と矢が突き刺さった。

カシムは致命傷を避けるため頭と胸を守りながら耐えていた。

一人・・・また一人と倒れゆくスルト兵たち・・・

今は敵とはいえ、かつては同胞だった兵たちの無残な死に様を目前にしてカシムの怒りは頂点に達した。

カシムは雄たけびを上げると全身に矢を浴びながらカジカを目指して走り出した。

カジカは迫り来るカシムの形相に全身から生気は抜け髪は瞬時に真っ白になった。

しかし・・・

カシムがカジカの下に辿り着く事はなかった。

カシムは力尽き、その場に両の膝をついた。

倒れそうな体を必死に剣で支えながら、その目はカジカを睨み続けていた。

カジカは止めを刺せと懸命に指示を出した。

しかし誰もその指示に従わなかった。

カジカは誰も動かぬことを見て取ると一人の兵から強弩を奪い取りカシムに狙いを定めた。

カジカが矢を放とうとした時、参謀はカジカの手を押さえて首を横に振った。

「カジカ様・・・奴はもう息絶えております。」

「な・・・なんと・・・」

カジカは恐る恐るカシムを見た。

カシムは目を見開きながら身動きをしなかった。

「ふ・・・ふはははは・・・!!勝った!!私は勝ったんだ!!」

ひとり喜ぶカジカをその場にいた者たちは一様に見下した。

参謀はカジカをよそに兵たちに撤収を命じた。

カジカは気が触れたように笑い続け、そしてしばらくすると気を失った。

倒れたカジカの髪は全て抜け落ちていた。

そんなカジカをみた参謀は撤収する兵たちの前でひとりカシムに向かい敬礼をした。


そして・・・

アドルたちは立ち尽くした。

夕日に染まる大地に両膝を付いたまま動かぬカシムがそこにいた。

誰も・・・何も言えなかった。

ひとり、サラがカシムの下に歩み寄っていく。

そっとカシムの手から剣を離し、その場に寝かせていた。

そして見開いた目をそっと閉じた。

「お父さん・・・」

サラは流れる泪を拭くこともなくひたすらに父の頬を撫でていた。

「私が不甲斐ないばかりに・・・」

サラを見つめながら自分を責めるニールにギエンが肩に手を置きながら言った。

「カシム殿はお前だから兵を任せたのだ。悔いる事はない。」

ニールはその場に崩れ落ち激しく泣いた。

サラにかける言葉を見出せないアドルにレドムが言った。

「アドル・・・今は彼女の傍にいてやれ。」

「兄さん・・・」

レドムは頷いてみせた。

アドルはゆっくりとサラのもとに向かった。

「サラ・・・」

アドルの声にサラはゆっくりと顔を向けた。

「アドル・・・お父さん、動かないの・・・」

アドルはその一言でカシムの死を自覚した。

「お父さん・・・何で・・・」

アドルは声を殺して泣くサラを抱きしめることしかできなかった。

サラはアドルの胸に額を押し付けると初めて声を上げて泣いた。

アドルもそんなサラを抱きしめながら悔し涙を流した。


辺りが暗くなり始めた頃・・・

アドルたちはカシムの亡骸とともに国境近くの丘に来ていた。

スベルナニア軍がスルト・ヨルド両軍をけん制してくれたおかげで道中は何事もなく移動することができた。

そして・・・丘の頂上に差し掛かった時、皆はここにカシムを埋葬することにした。

ここからはスルトが一望できた。

カーン砦と・・・サロの大風車までも見えた。

「ここからならカシム殿も寂しくはあるまい。」

ギエンは眼下に広がる景色を見ながら呟いた。

「村長・・・」

カシムの墓を前にアドルは小さく呟いた。

「アドル、さっきはありがとう。」

サラが俯くアドルに声をかけた。

「サラ・・・ごめん。僕は・・・無力だった。」

サラはそんなアドルの手をとると首を横に振った。

「今ね、風が吹いたの・・・・」

「風・・・?」

アドルが顔をあげると一陣の風が頬を撫でた。

暖かく・・・優しさに満ちた風であった。

「不思議よね・・・お父さんを感じるの。」

サラは細く微笑んだ。

「赤き風は心に宿る・・・」

アドルとサラが振り向くとニールがいた。

「分かれる間際・・・カシム殿がサラさんに伝えて欲しいと。」

サラはその言葉をかみ締めるように呟いた。

「赤き風は・・・心に・・・宿る・・・」

「どういう・・・意味でしょう?」

アドルはニールに聞いた。

「私にも・・・」

首をかしげる二人にケンが後ろから声をかけた。

「継承・・・ですね。」

「継承?」

アドルの問いにケンは頷いて見せた。

「私たち、「風」を冠する者は自らが名乗るわけではありません。」

ケンは空を見上げながら続けた。

「その者がもつ特徴や特性が人々の心に風を吹かせ・・・色となす。」

「心に・・・風を吹かせる・・・」

ケンの言葉をかみ締めるように復唱するサラ。

「カシム殿は間違いなくサラさんの心にいらっしゃいます。」

「お父さんが・・・私の心に・・・」

サラは両の手を胸元で合わせ祈るように呟いた。

「お父さん・・・」

「赤き風がいままさに貴方の心に宿りました。ですから・・・前をお向きなさい。」

サラはケンの言葉に無言で頷いた。


この後、アドル達は国境を越えスベルナニアへの亡命を果たした。

カーン砦から脱出した2000名の兵のうち、スベルナニアに亡命できた者は1200名であった。

この事件は物語の序章に過ぎなかった。

スルトをとりまく運命の風はスベルナニアに亡命したアドルを新たな戦いへと誘っていく。


「アドル・・・行きましょう。」

国境からスルトをみつめるアドルにサラが声をかけた。

アドルはゆっくりと振り向くと一言だけ呟いた。

「いつか・・・必ず!!」

アドルは握り締めた拳を見つめ、そしてスベルナニアの地へと足を踏み入れた。


-第一部 完-


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