妖怪金潰し小僧~本当にあった怖くない話~
私には霊感がない。
いや、霊感がないというよりかは、信じていない、と言った方が正しいかもしれない。
そもそもが霊というものが存在しないのだから、霊感もクソもないのでは? とさえ思っている。
なので、恥ずかし気もなく「私には霊感があるから分かる。あそこは嫌な感じがする」だとか、「近くに霊がいるから気分が悪くなった」などと宣う人に対して、
「そんな嘘をついてまで関心を得たいのか? 恥ずかしいやつ」
と、滑稽に思ってしまうのである。
では、そこまで言うのであれば、曰く付きの心霊スポットに深夜に一人で行ってみろ! と、言われればどうか?
答えは勿論NOである!
理由は、無駄なことはしたくないだとか、眠いから嫌だとか、面倒くさいから、などではなく――
「……だって、怖いんだもん♡」――という、漠然とした恐れからくるものである。
……なんだかんだ口では強気なことを言っておきながら、情けない限りである。生意気言って申し訳ない。
結局怖いということは、心の片隅では信じてしまっているのかもしれない。
私はそんな中途半端な人間だ。
この度は、そんな霊感ゼロ人間の私でも、体験することができた心霊現象? を紹介したいと思い、筆をとった次第である。
―――
突然の質問ではあるが、皆さんは『金潰し小僧』という妖怪をご存知だろうか?
明け方の微睡みに現れ、金縛りにした男性の金を鷲掴み、ゆっくりじっくり握り潰していくという、世にも恐ろしい妖怪のことだ。
え? 聞いたことがない?
当然である。
私が今、適当に考えた妖怪なのだから……。
「おい、馬鹿にしているのか!?」
いや、勿論馬鹿にしているわけではなく、そのような妖怪が存在するかどうかはともかく、私が金縛りからの『金潰し』を経験したことは事実であり、その事象を『金潰し小僧』と喩えているだけの話なので、どうかご容赦いただきたい。
……うん、余計なことをつらつらと語ってしまった気がしないでもないが、そろそろ本題に入りたいと思う。
―――
――あれは私がまだ中学生だった頃――
ふと目が醒めると、視界に飛び込んできたのは、見慣れた絨毯の色と目覚まし時計。壁紙の模様も家具の配置もいつも通り。
隣の布団では、当時小学生だった弟が寝息を立てており、ここは紛れもなく私達の寝室だということが分かった。
時刻を確認すると4時くらいだったので、安心して二度寝しようと瞼を閉じる。
そのまま暫くうとうとしていると、突然急所に鈍い痛みを覚えたので再び目を開いた。
(うわっ、なんだこいつ!?)
驚くべきことに、そこには悍しい人型のナニカが、私の『金』を鷲掴みにしている姿が確認できた。心なしか、その容貌は弟に似ている気がする。
いったい何の冗談か!?
しかも、慌てて抵抗しようとするも、指一本動かせない金縛り状態。
徐々に鈍い痛みが鋭い痛みへと変化してくる。
これはナニカの能力か? 弟の悪ふざけか?
いずれにせよ、絶体絶命のピンチなことに変わりはない。
訳の分からない状況と痛みも相まって、私の気は動転するばかりであった。
――いままで金縛りに遭ったことはあるにはあったのだが――
そのことを私は、美女の霊が馬乗りになっている――などという嬉しい状況ではなく、単純に脳が覚醒して体は寝たまま、という現象だと解釈していた。
知識の浅い私ではあるが、身体が疲れている時にそういった現象が起こる、ということくらいは知っていたのだ。
だが、今の状況はどうだ?
内的要因のみで成立する金縛りのはずが、外的要因が文字通り私の命を握っているではないか!
これは夢なのか? しかしこの痛みは現実だ!
どうせなら、何故美女ではなく野郎なのか?
ふざけているのか!?
――などと、益体のないことを考えながらも、鋭い痛みが形容し難い痛みに進化し、なりふり構ってられない私は、死力を尽くして、やっと声を発することができた。
「痛い痛い痛い! ちょっと! 何やってんの? やめて! 痛いって! お願いだからやめて!!」
私の必死の訴えにも、金潰し小僧はニタニタと下卑た笑みを浮かべるのみであり、金を握る力を緩めるどころか、徐々に力を強めていく。
「本当お願いだからやめてってば! 痛い! やめ……アッーーーーーー♡」
――耐え難い痛みと、焦りと渾然となった恐怖が臨界点を超え、ようやく身体に自由を取り戻した時、私はうつ伏せの体勢で寝ていたことに気が付いた。
何時の間にか、私を恐怖のどん底に追い込んだ『金潰し小僧』は忽然と姿を消しており、隣では何ごともなかったかのように寝息を立てる弟の姿。
……あれはいったい何だったのか? やはり夢だったのだろうか?
しかし、解放された金に残る鈍い痛みが――あれは紛れもない事実だった――と物語っていた……。
―――
なんか、『本当にあった怖い話』風(そうでもない?)に書いてしまったが、なんのことはない。
話中で説明があったように、身体が覚醒していない状態で起こる金縛り、寝惚けた脳、隣りで寝ていた弟――という要因が絡み合って見た夢だった――と私は結論付けている。
では、実際に感じた金の痛みは何だったのか?
単純に、身動き取れない金縛り状態で、うつ伏せで寝ていたため、金と地面の当たりが悪くても、対処できなかっただけの話かと……。
――結論――
『金潰し小僧』などという妖怪は存在しないが、『金潰し小僧現象』は起こりうることなので、男性諸君は気を付けていただきたい。
勿論、幽霊、妖怪などの怪異を信じるも信じないも個人の自由。
自分で否定しておいて「何を馬鹿な」と思われるかもしれないが、『金潰し小僧』を信じてくださる方がいたら、嬉しく思う私は、やはり中途半端な人間だと思う。
……ひょっとしたら……今晩、貴方の枕元に現れるかもしれない……。
……あれ? 金が一つ足りないような?