虎と馬②
彼女と決定的に距離が離れて、私は解放された気分だった。
クラスメイトたちはぎこちなかったが、私はそもそも、彼らに期待はしていなかったし、助けて欲しかった訳じゃない。
幼馴染みはあれから少しの間過保護になったが、気遣い上手なのですぐにまた私の負担にならない距離感を掴んでくれて、とても助かった。
私はそのまま中学を卒業し、高校生になった。
一年の時に留学を希望して、日本を飛び出した。
知らない土地、助けてくれる幼馴染みもいない、知らない人々に囲まれての生活。集団生活が好きじゃなかった私自身の中で何か変わったような、そんな感覚があったのは確かだ。
我慢せずに言いたい事は言う。それで例え喧嘩になったとして、とことん言い合って、それで納得が出来るなら、お互い後腐れのない関係になれる。合わなければ無理に合わせない。
そういう生活はとても楽だった。
そんな風に満喫して帰って来て、早々に見知らぬ先輩から謎の言いがかりをつけられた時は腹を立てたが、お陰で、クラスに馴染むのは早かった気がする。幼馴染みは、留学前まで大人しかった私が突拍子もない言動をしているように見えてハラハラしていたようだ。
自由な校風での高校生活は楽しくて、私は大学もその調子で卒業し、そして社会人になってしばらくした頃、海外への長期出張をする事になった。
やりがいのありそうな仕事で、私は楽しみにしていた。
空港で、彼女に会うまでは。
最初は、誰だか分からなかった。あんなに綺麗だった黒髪はボロボロで、頬や手足の肉は削げ落ち、正常とは思えない異様な目付き。
中学卒業以来、再会するこの瞬間まで彼女の事を思い出した事があったかと言えば、まるで無い。けれど、美人で努力家の彼女なら、私が隣にいなくてもやっていけるだろうと勝手に思っていた。
だが、実際はどうだろう。
彼女は、一体どんな生活を送っていたのだろうか。
何も、分からなかった。
「……呪ってやる……わたしを置いて……幸せになんて……」
彼女はそれだけを呟くと、足を引き摺るようにして去っていった。
恐ろしかった。
見送りに来たがっていた幼馴染みに、彼女と空港で会った事、もう搭乗手続きを始めるから見送りはいらないとメールだけして、私は足早にカウンターへ向かう。
せっかくだから空港内も観光しようと早めに来ていたけど、そんな気分ではなかった。
一刻も早く日本を離れたかった。
安定飛行していたはずの飛行機が、突如酷く揺れたのは覚えている。
次に目を開けた時、私はこの異世界に、アルマ・フェルトンとして生まれていた。
私が話を終えると、サラは目と鼻と口からとめどなく液体を垂れ流していた。
私の前世なんて、そんなに泣く話じゃないだろうに。というか口は何故だ、閉じろ。
ここはサラが使っている寮の部屋だ。防音効果のある結界を張り、ベッドに腰かけて二人で話していた。
「そんな、そんなの、逆恨みだよ……!」
「別に実際に呪われて死んだ訳じゃない。おそらくあのまま飛行機は堕ちたんだろうが、事故だろう」
「でも、でも、あまりにもタイミングがむきゅ!」
サラはまだ何か言っていたが、私が鼻水を拭くためにちり紙を押し付けたのでよく聞こえない。
ちょうど前世についての話を聞かれ、私も思い出した所だったので話したが、サラには少し刺激が強かったのかもしれない。
彼女はほとんど病床から出られずに亡くなったと聞いている。刺激して彼女の前世の辛かった事までたくさん思い出させるのは酷な気がした。もっとも、ゲームのシナリオを思い出させようとこれまでガンガン刺激したので今更だろうが。
「……アルマがキースに強く出れないのは、その……彼女のせい?」
「キースの行動があれを思い出すきっかけだったのは確かだな」
彼女を思い出した事で、あまり覚えていなかった最後の瞬間まで芋づる式で蘇った。
「そっか……」
頷くと、サラが恐る恐るといった様子ですり寄ってくる。抱きつこうとしたようだが、先程の話を聞いて前世の彼女の二の舞になるのではと思ったのだろう。
彼女とサラは全然違うのに、変な所で気を使うやつだ。
「サラ」
「は、はい」
「ん」
腕を広げれば、サラが顔を輝かせて抱きついてくる。
「重い話をして悪かった」
「ううん、私が聞いたんだもの」
「……聞いてくれたからか、少し楽になった」
「本当?」
「うん」
サラが、私の顔を見てハッと目をみはる。何だろうと思っているうちに、私の頭は彼女の胸に押し付けられていた。
ちょっと顔を離そうとしたらサラの制服が濡れていて、私は遅まきながら自分が泣いている事に気がつく。
私は今、悲しいのだろうか。それとも、悔しい?
何故泣いているのかよく分からなかった。
「……アルマ。私は絶対にいつだってアルマの味方でいたい。友達、だから……」
「うん……」
「あとね、前世で出来なかったたくさんの楽しい事も、一緒にいっぱいやってみたい。私一人じゃ再現できないから、アルマにも手伝ってほしい」
「……友達だから?」
「……ダメ?」
もしかして慰めてくれるのかと思ったが、違うようだ。突然のお願いに、私は思わず笑ってしまって、それを堪えるのに震えたのがくすぐったかったのか、サラも笑いを堪える気配がする。
そのまま二人して、座っていたベッドに寝転がった。
部屋の中はそんなに広くない。白い天井をぼんやり眺め、一呼吸した。
「はぁ……まったく、締まらないな」
サラのせいで涙はすっかり引っ込んでしまった。
「えへ☆ 私にシリアスを求めちゃダメだよ!」
「それで、何がしたいんだ?」
「えっとね、まずカップラーメンを食べる!」
「普通のラーメンではなく?」
「お湯を注いで三分で出来るやつが良いの!」
「となるとあのチキンスープを作らないといけないな」
「鶏ってこっちにも居るんだっけ?」
「似たのは居る。うちの屋敷で飼ってるだろう」
「ああ、毎朝卵産んでくれるあの……」
私とサラは、それからも延々としゃべり続ける。気づけば、ノートを取り出して図まで描いて白熱した話し合いをしていた。
前世では、こんな風に話し合える友人は居なかった。何かあれば幼馴染みが駆け付けたが、今思い返すと、かなり一方的に世話を焼かれていたような気がする。当時はずっとそれが当たり前だったので良く分からなかったが。
前世の私は自由で自立した人間だと思っていた。けれど、察しが悪く、人付き合いの悪い、薄っぺらい人間だった。
そんな私の事をいつも気にかけてくれた幼馴染みは、あの後どうなったのだろう。いつかの同窓会で出会った、クラスメイトたち、そして、彼女は。
考えてもしょうがない事だ。今となっては、答えなど解りようがない。
私は今、この世界を生きている。
始めは嫌々学園に来て、何故か生徒会役員に選ばれ、そこで、思いがけず得られた人との繋がり。
私は、昔も今も、とても恵まれている人間だと思う。
前世では、気づかないままだった色々なものを大切にしていこうと、最近ようやく思うようになった。
その為にどうすれば良いかは、まだはっきりとは分かっていない。だが、一人で考えるのも止めようと決めたのだ。
だって、使えるものは使うべきだ。
相手が心配してくれているのなら、尚更。
「……あ。窓に鳥が」
気づいたサラが窓を開けると、銀の翼を持つ伝書鳩がそこに降りてくる。魔法で出来た鳥で、纏う魔力の色ですぐに相手が分かる。
「殿下のだな……引き伸ばすのが限界なのかもしれない」
「え、じゃあ……」
途端に不安そうな顔になったサラに笑みを返し、私はベッドから降りて立ち上がる。
「城に行ってくる」
先に召集に応じた生徒会の仲間たちが、舞台を調えて待ってくれている。
私は、最後の仕上げに向かうだけだ。
そう思ってしまえば、足取りはそう重く感じなかった。




